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第42話「特訓開始!」

 二ヶ月は長いようで短い。その与えられた期間で、イーリスを戦える水準にまで引き上げてやる、とイルネスは意気込んだ。ある種の無謀とも言える話だが、彼女の持つ魔力の量や才能を考えれば、二ヶ月で事足りるだろう、と。


 イルネスも全盛期ほどの強さを持たないが、ぎりぎりとはいえデミゴッドと呼ばれる領域からは出ていない。特訓相手としては十分すぎる。


「良い相手だ、イーリス。少々荒っぽい奴ではあるが」


 勧められて、たしかに、と思う。イルネス・ヴァーミリオンはかつて魔王として君臨し、世界を破滅へ追いやろうとした最強の敵だ。ヒルデガルドも本気で戦った相手が、自分の特訓相手になってくれるなど、そんな機会がこの先あるのか、と考えた。


「うん、わかった。お願いできるかな?」


「ウムウム! 儂に任せよ、すぐにでも始めよう!」


 草原は広く、少し派手なことをしても問題はない。ヒルデガルドも、この機会に実力を見ておこう、と眺める姿勢だ。


 そうして二人の勝負は始まった。先手はイーリス。大きな杖を両手に持ち、白いローブを風になびかせながら、きりっとした表情で、間合いを取り、イルネス・ヴァーミリオンを目標に、炎の魔法を放つ。


「──〝ファイア・ストライク〟!」


 大きな火球がイルネス目掛けて放たれる。油断も加減もない。全力で放つ一撃が草原を焼き払いながら突き進んでいく。


 しかし、彼女は一歩も退かない。ぎゅっと拳を固く握り締め、火球目掛けて拳を振りぬく。接触した火球は爆発を起こしたが、傷ひとつ与えられていなかった。


「ぬるい炎よのう、汗ひとつ掻けぬわ」


 高く掲げた手を空に広げ、ゆっくり下ろす。その静かな動作ひとつで、直後にイーリスの周辺に無数の魔法陣が生成される。ひとつひとつが強烈な紅い輝きを放った。瞬間で理解できる、絶大な魔力。とても普通の魔導師では、いや、大魔導師でさえ、彼女の相手にはならない。はっきり感覚として全身に伝わり、ぞくりとさせられた。


「イーリス、水の保護魔法だ。壁を張って身を守れ」


 ハッとする。言葉を交わすこともなく、咄嗟にイーリスは足下に杖の石突を強く叩きつけ、瞬時に水のドームをつくって身を守る。周囲の紅い魔法陣は、強烈な爆発を巻き起こして広範囲を吹き飛ばすが、彼女はなんとか無傷で済んだ。


「ぬう……。威力を抑えめにしていたのがバレたか。ヒルデガルドめ、やはり、その冷静な判断力がムカつくのう。負けたときのことを思い出して仕方ない」


 頭を掻きながら、当時の苦い記憶にしかめっ面をする。かつて同じ手段でヒルデガルドを消し飛ばそうとして防がれているのだ、当然といえば当然だが。


「まあ良いわ。休む暇なぞないぞ、イーリス!」


 次から次へと炎の魔法を使って追い詰めようとするイルネスを見ながら、アーネストが不思議そうに隣で座って寛ぐヒルデガルドに尋ねた。


「なぜ魔物なのにあそこまで魔法が使えるんだ。彼女はドラゴンだろう」


 ドラゴンはロード級にいたるまで、魔法を使えない代わりに、高い魔力を体内で炎に変えて吐きだすことができる。だから彼女が魔法を正確に操れるのが不思議で仕方ない。だがヒルデガルドはあっさりと短く答えた。


「デミゴッドは普通じゃないからな」


 大きなあくびをしながら、適宜イーリスに指示を送りつつ。


「奴らデミゴッドは私たちの常識であてはめられるような連中ではない。あいつは元々、炎系統の魔法を私と同等以上(・・・・・・)に操れる。だからイーリスの特訓相手として、私を除けば、あいつほど適任なのはいないだろう」


 何度も防御しては衝撃だけでも吹き飛ばされて転がり、立ち上がってまた保護魔法で耐えるの繰り返しをさせられているイーリスを見て、ヒルデガルドは面白がっていた。とことん手加減をされ、魔力が限界を迎えるまで、彼女は耐えるしかない。だが、それが成長のカギでもあった。


「アーネスト、君には分かるか。彼女は徐々に魔法陣を生成する速度をあげている。最初以上に、どうやったら耐えられるか、どれだけの魔力を消耗すればいいのか。瞬時に判断して、魔法陣に適切な放出を行っているんだ」


「なるほど。確かに、見れば早くなっている気も……だが、」


 既に息切れを始め、全身に汗を掻いているイーリスは限界が近い。想像よりもずっと激しく厳しい戦闘に、立ち上がるのも困難になっている。だが、イルネスは攻撃の手を緩めない。


「君の考えている通りだな。そろそろ頃合いだろう」


 立ち上がったヒルデガルドは、傍にいたアーネストが瞬きをするよりも早く、風のように一瞬でイーリスの前に立ち、イルネスの火炎の一撃を杖のひと振りだけで簡単に吹き飛ばす。


「初日から無理をさせるな。まだ時間はある」


「……む。そうじゃのう、すまぬ、急ぎ過ぎた」


 イルネスはつい熱が入ってしまったのを反省した。思った以上に才能のある人間を前にして、魔物として、魔王としての本能が疼いたのが原因で、ヒルデガルドが割って入ったことで、その熱はゆっくり冷めていった。


「では、せっかくじゃ。ぬしが儂の相手をしてみぬか」


「それはイーリスとアーネストに見せる意味でか?」


「うむ。経験とは何も身に受けるばかりではなかろう」


 それもそうだ、とヒルデガルドは頷いて──。


「よし、イーリス。ポーションを飲んで歩く元気が出たら、アーネストの近くで簡単に結界でも張っていてくれ。──イルネス相手では加減ができないんでな」

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