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第40話「夢魔」

 シャロムがクレイから逃げられなかったのは、他のデミゴッドが割って入ったからだ。目が合った瞬間に彼は『まずい』と思ったが、しかし、身動きが取れなくなり、その隙にクレイが剣を振るい、危うく死ぬところだった。


 彼は即座に自らを仮死状態にして二人の目を欺いた。どのみち死ぬくらいなら、誰かが助けてくれるか、あるいは奇跡的な回復を祈ってみるか、と。


「女のデミゴッドというのは知っている奴か?」


 クレイと二人がかりだったとはいえ、シャロムが全身をズタズタにされるほどなのだから、よほど強いのだろうと尋ねてみると、答えたのはイルネスだった。


「そやつ、ディオナじゃな。あのクソアマ、まだおったのか」


 つばを吐き捨てたくなるほど毛嫌いしているイルネスは、その名を口にするだけでも嫌そうに眉間にしわを寄せた。


「ディオナ……イルネス、君はそいつに詳しいみたいだな」


「詳しいも何も、昔、殺し損ねた夢魔じゃ」


 どすんと座り込んで荷物を下ろし、イルネスは語った。


「よいか、デミゴッドにも序列はある。儂を頂点に、何体かのデミゴッドがおったが、そのうち儂に逆らった連中を何匹か捻り潰したことがあってのう。しかし、特殊能力とは、ときに厄介なものでの。ディオナはデミゴッドの中でも脅威としては下から数えたほうが早いが、奴は夢魔という性質上、目の合った相手を操ることに特化しておる。たしか『魅惑の瞳(チャーム)』とか言っておったかのう」


 シャロムが動けなくなったのは、クレイの傍にいたディオナと目があったのが原因で、強くはないものの存在自体は非常に厄介だ。イルネスも過去に戦ったことがあり、その際には一瞬の隙を突かれて逃げられ、仕留め損なっていた。


「なんでまた勇者と夢魔が一緒におるのかは分からぬ。操られるほど耐性がないわけでもなかろう。しかし、これで敵が増えたことは明白──おえっ」


 大量の血を吐き出す。思いのほか早かったので、ヒルデガルドも今度はイルネスの傍へ駆け寄って「大丈夫か?」と心配そうに背中をさすった。


「ううむ、やはり昨日の今日だとあんまり回復しとらんのう」


「だから言ったじゃないか……。アーネスト、彼女を連れて森の外で待ってくれないか? 私たちはもう少しシャロムと話してから帰ろう」


 ポータルが大きめに開かれる。顔の青白くなったイルネスを肩に抱え、弁当箱の包みを手に持つ。鍛えているだけあって頼りになる、とヒルデガルドはしきりに頷く。


 それから、少しだけシャロムの呼吸が落ち着くのを待って、話は再開された。夢魔のデミゴッドについて、彼はあまり関わりがなく、よく知らなかった。しかし、その能力については、既に一度会ったおかげで理解できている。


『おまえが飛空艇で無数のワイバーンやコボルトに襲われたのは、おそらく夢魔の影響だ。奴はあらゆる生命体を虜にする瞳を持つ。洗脳までは行かずとも、俺のように目を離せなくなることもあるだろう。ただ、イルネスの言っていた通り、奴がデミゴッドと呼ばれる者たちの中でも力のない種なのは確かだ』


 夢魔の得意とする瞳による誘惑は、直接目が合う以外での効力は殆どない。しかしデミゴッド級の夢魔にもなると、ほんの一瞬でも隙を晒すだけで身動きが取れなくなる。決して油断はしてはならないと忠告を受けた。


『俺は連中から情報を引き出そうとして目を合わせてしまったゆえ、奴の罠に掛かったようだ。だが、彼らは俺の能力を知らなかった。それは助かった』


「なぜ彼らは君のことに気付いたんだ?」


 シャロムも首を傾げて不思議そうにする。


『君を見張っていたようだ、あの夢魔が。俺が、おまえの味方をすると思って、計画の邪魔だと考えたらしい。最初から森に違和感があったから、ずっと姿を隠していたんだが、今はなんの気配もない。仕留めた気でいるんだろう』


 ヒルデガルドは、それもそうだ、と気付く。飛空艇にはアバドンともうひとり別の誰かがいたのだ。それがもし、夢魔であったのなら、当然のように森で監視されていたのも納得がいく。申し訳なさに謝罪の言葉が出た。


「あの、ボクもひとつ聞いてもいいかな」


『構わないとも、イーリス。言ってみなさい』


「二か月後に首都を襲撃するって本当なの?」


 シャロムは深く頷いて、ため息を吐く。


『間違いない。俺がクレイから読み取った過去は、時間が短くて断片的でしかないが、二か月後に首都を襲撃するつもりだ。ヒルデガルド、どうやらおまえに思うところがあるようだな。今回の襲撃は、おそらく試験的な意味もあったんだろう。……それまでに、どうすべきか考えなくてはならない』


 いっそ姿を隠して戦わないまま逃げるという手もある。シャロムがそうやって生きてきたように。


 だが、ヒルデガルドはそんな選択をしない。自分以外の大勢を見捨てて、平然と過ごせるほど図太く生きるのは無理だ。答えは最初からひとつしかない。


「そこで必ず決着をつけてみせる。誰が何を言おうとも──私はクレイ・アルニムを始末しよう。大賢者の最後の仕事として」

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