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第39話「新たなる脅威」

 翌日の朝、また同じ場所で、今度はアーネストの魔力を操る猛特訓が始まった。シャロムに再び会いに行くまで、少し支度があると言ったイルネスを待つあいだ、ヒルデガルドは彼が懸命になっているのを、頬杖をつきながらニコニコ眺めた。


「ねえ、ヒルデガルド。ずっと見てるけど何も言わないの?」


「なーんにも。分からなければ聞いてくるだろう」


 魔力を操るのは、魔導師でもないかぎり、最初は難しいものだ。集中して自分の身体の中にある魔力の流れを、はっきりと感覚として掴めるまでは、繰り返して意識を研ぎ澄ませる訓練をしなくてはならない。魔法を使うのは、それが完璧に行えるようになって初めて移行する段階である。


 アーネストに魔法の才能はない。残念だが事実だ。しかし、努力を重ねれば、今よりも伸びるのも確かなことで、彼がこれから体得するであろう魔法は、クレイグ・ウォールのように身体強化に特化したものになる。


 だが、それで十分だ。得意分野を伸ばせるのだから。


「すまんの~、遅れてしもうた」


 ようやくイルネスがやってきた。彼女は布に包まれた大きな箱を担いでいる。ミモネから持たされたお弁当で、森を歩き回るのなら絶対にお腹が空くはずだ、と全員分を用意したのだ。


 既にいい香りが漂っていて、腹が空きそうだった。


「君はシャブランの森に入って大丈夫なのか?」


 ふと彼女が血を大量に吐いていたのを思い出して尋ねるも、イルネスはからから笑って「平気じゃ、平気」と言ってみせた。実際、数時間の長居をすることで体調不良を起こす程度──といっても人間なら失血死してもおかしくない量の吐血──なので、シャロム捜索に大した影響はないと見立てていた。


「ではポータルを開いて、さっそくシャロムを探しに行こうか。アーネスト、君も訓練はあとにして、こっちを手伝ってくれるか」


「ああ、わかった。すぐ行こう」


 今回は四人での出発だ。アベルにはアッシュをみていてもらい、ミモネに預ける。探すのはコボルトのデミゴッドなので会わせてみたくもあったが、怖がらせてはいけない、と諦めることにした。


 森はいつも通り静かで、鳥のさえずりが聞こえてくるほど穏やかな空気が流れている。湖のほとりで鹿が何匹か集まってゆっくり水を飲んでいるのをみつけて、イーリスが少しだけはしゃぐ。あまり野生動物を見る機会はない。ほとんどが魔物を避けて暮らすため、基本的には警戒心が強く姿を隠している。


 シャブランの森ならではの光景だった。


「さて……シャロムの気配はやはりないな」


「姿を現してくれるとは思えんしの、探してみるか」


「探せるのか、今の君に」


「まあ、分からん。やってみないことにはのう」


 神経を研ぎ澄ませ、イルネスは森にある気配をくまなく探る。ヒルデガルドのように魔力の網を張って捜索するのではなく、彼女はただ集中するだけで、あらゆる魔物の存在を感知できる。魔物とは基本的にそうではあったが、特にドラゴンという種は気配感知において秀でていた。


「ううむ……ぼんやりと、なんとなく……分かるような」


 いまいちはっきりしないのは、今のイルネスの限界だ。ぼんやりと感じるほうへ彼女が歩きだして、ヒルデガルドたちもそのあとをついて行く。


 十数分を歩き続け、そこでイルネスの足はとまった。


「どうした、やはり見つかりそうにないか?」


「いいや。見つけはしたが、ぬしらには分からぬか」


 彼女が指差した先。木々の向こう側に何かがあるのか、と目を凝らす。ヒルデガルドだけが、険しい表情を浮かべた。


「……血の臭い。急いで案内してくれ、イルネス」


「うむ。どうやら何かあったようじゃの」


 急いで駆け付けた先は、血の海だった。そのど真ん中にシャロムは横たわっている。酷いけがをしていて、ぴくりとも動かないが、イルネスは彼がまだ生きていると分かり、ヒルデガルドに「傷の手当はできるかのう」と頼んだ。


「念のため、治療のポーションは持ってきているが……」


「急げ。出血は多いが、デミゴッドじゃ。そう簡単には死なぬ」


 汚れることも厭わず、シャロムの口の中にポーションを流し込む。僅かに舌が動いて飲み込むと、瞬く間に傷は塞がったが、元通りにはならなかった。それでも目を覚ますには十分な効き目を持っていた。


『う……おお~。なんともはや、俺は生きているのか』


 ゆっくり開いた目で、傍にいる者たちの顔を確かめる。ヒルデガルドやイーリスと見知った顔に加えて、アーネスト、それからイルネスを見つけ、おもむろに巨体を起こして、ひとつ深い呼吸をする。


『すまぬ、ヒルデガルド。俺としたことが油断した』


 何があったのかと聞かれたシャロムは、ふらふらと立ち上がって近くの巨木に体をもたれさせて、ひと息ついてから話を始めた。


『おまえたちが去ってしばらくしたあと、ここへ奴が来た。いや、奴らと言うべきか。クレイ・アルニム……あいつは、俺がおまえの味方だと思って襲ってきたようだ。だが、それだけならば十分逃げおおせることも出来たんだ』


 思い出すのも忌々しい、とシャロムは牙を剥く。


「……君をここまで追い詰めたのはなんだ?」


 彼は大きな瞳にヒルデガルドを映し、やんわり目を細めた。


『二か月後、首都陥落を目指す鐘が鳴る。俺の能力で見通すことが出来たのはそれだけだ。情報が少なくてすまないが、ひとつ忠告だ。──奴はデミゴッドを従えている。アバドンではない、別の、人間の女の姿をしたデミゴッドだった』

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