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大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚  作者: 智慧砂猫
第2部

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第23話「においを手掛かりに」

 自信たっぷりに説得されては、エイドルも止めきれず、彼女たち三人が森の調査を進める運びとなった。出発するはずだった冒険者たちにはダンケンからすぐに通達があり、彼ら向けにと用意された食糧などの詰まったカバンがヒルデガルドたちに託される。かなり無理やり詰め込んで、冒険者というよりは探検家だ。


 大勢に見送られながら、三人はシャブランの森の調査に乗りだす。実際にはデミゴッド・シャロムの捜索を行うのだが。


 見目にはただの白い狼。ただし規格外の巨大な身体を持ち、熊だろうと丸呑みできる。いわゆる獣臭はなく、非常に気配を消すのが上手いので、見つけられるかどうかで言えば、非常に可能性は低い。


 ただし、シャブランの森に魔物がいないことを考えれば、デミゴッドが拠点とするには最適な餌場になりうる。人間もあまり出入りしない場所なので見つけられにくい。静かに生きていくのなら、この場所をおいて他にないと言ってもいい。


「ヒルデガルド、良かったらシャロムって狼の話を聞かせてよ」


 森を歩きながら、イーリスがわくわくした瞳をみせた。耳にしたこともないデミゴッドと呼ばれる魔物が、いったいどれほどの存在なのか。聞けば聞くほど恐ろしくもあり、神秘的でもある、まさに神の領域に近い者たち。


 興味が湧かないはずもなく、それはティオネもだった。


「……別に、大した理由じゃないんだ。私たちが道に迷っていたとき、偶然にも出会った傷だらけの巨大な狼。それがシャロムだった。手当をしたら、仲良くなってな。戦いに力は貸してくれなかったが、向かうべき場所の近くまで案内してくれたよ。色々な話を聞かせてもらったおかげで、デミゴッドについても知ることができた」


 驚異的な力を持つ彼らの中にも序列は存在するという話。また、デミゴッド級の魔物は互いに不可侵を守るのが暗黙の了解となっており、何があろうとも手を組んだりすることはない。それが思想において利害の一致があったとしても。


「連中、いがみ合うこともあったらしいが、その結果が互いの生死に関わるからという理由で干渉をやめたんだとか。……シャロムはそもそも平和主義を掲げた温厚なデミゴッドだったから、諍いとは無縁だったそうだ」


 枯れ葉を踏んで、土の柔らかさに思い出す。


 雨の降る中を血まみれの姿で倒れていたシャロム。見るからに危険で、ヒルデガルドは勇者の『助けてる余裕はない』という言葉に耳も貸さず、自分たちの置かれた状況よりも治療を優先した。大きな瞳に敵意がなかったから。


「シャロムは良い奴だった。命を助けた礼だと、方向感覚を見失うような森の中を背に乗せて駆け抜けてくれた。おかげで私たちも、当時は水も食糧も失って飢える寸前だったのを救われたよ」


 ヒルデガルドが友として認める数少ない存在。魔物でありながら、シャロムはまさしく尊く気高い精神の持ち主だ。また会いたい、そう思える仲間でもあった。


「そんな意思疎通の出来る魔物がいるんですのね」


「たぶん、デミゴッドにもなると話が違うんだろう」


 通常、ロード級の魔物たちは、多少の会話は成り立つものの、ほとんどが敵対的だ。コボルトのように通常種からでも友好的で言語を理解する珍しい種類もいるが、基本的には不可能と言っていい。


 意思疎通という点では、デミゴッドほど可能な存在はいない。それだけに、ヒルデガルドが連れ歩くアベルはかなり特殊な部類のコボルトだった。ほぼ通常種のメイジでありながら言語を理解しているだけでなく、最近では徐々に安定した発声も行えるのだから。


「会えるといいね、そのシャロムって魔物に」


「ああ。私も少し楽しみになってきた」


 シャブランの森は広く、虱潰しに探すことになるとしても、今のヒルデガルドなら寝ずに歩き続けることができる活力に満ちている。


「しかし、何か探す手がかりのひとつくらい欲しくなるな」


 気配を隠すだけでなく、そもそもシャロムはコボルトの究極系(デミゴッド)でありながら、いっさい魔力を持たないため、ヒルデガルドでも痕跡を探すことは不可能だ。足跡のひとつでもあれば、と周囲を見渡してみる。


「うーん、あんまり目立つものはないね」


「ああ。臭いなんか追えるわけもないし」


 頭を悩ませる二人の前に、ひょこっとティオネが顔を出す。ニコニコと何か言いたげにして、二人に『聞いてくれてもいいんですのよ』と、二人の言葉を待っている。


「……はあ、分かったよ。何か策でもあるのか?」


「よくぞ聞いて頂きました!」


 手をぱんと叩いて、ティオネはとても嬉しそうに。


「わたくし、とても鼻が利くんですのよ。ほんの少しでも臭いがあれば辿れますわ! もしかしたら見つけられるかもしれません、ここはわたくしに任せてください!」


 自信たっぷりなティオネがどんっと胸を張る。


「わかった、君が言うのなら頼むよ」


 やれやれと笑む。とはいえ信頼はできる話だ。焦げ臭い動力室の中から香水の匂いをかぎ分けられるほどなのだから、森の中にある獣の臭いであれば、もっと楽だろう。


「必ず見つけてみせますわ。ヒルデガルド様のために!」

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