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大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚  作者: 智慧砂猫
第2部

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第21話「アバドンの正体」

 ほんの小さな可能性も取りこぼさないよう、ヒルデガルドはすぐに行動に移した。


 今となっては使い物にならない飛空艇の動力室は、見るも無残な姿で部品を床に散乱させ、部屋を真っ黒に焼け焦がしている。魔水晶を置く台座は、もはや形さえ残っていない。誰もがひと目見て、酷い有様と言うほかない状態だ。


 三人が何者かの痕跡を確かめるために足を運んだ動力室は煤のにおいに満たされていて、とても香水の匂いなど嗅ぎ分けられそうもない。時間が経ち、もうティオネ自身も嗅ぎ分けたところで微かに感じる程度まで失われていた。


「……ふむ。では、少し状況を見てみるとしようか」


 竜翡翠の杖を手に、軽く魔力を放って満たす。深碧色の輝きが部屋の中にふわっと広がったあと、彼女たちの前には、クレイグとイーリスの姿──クリスタルスライムと戦っていたときの状況が魔力によって再現された。


「これ、ボクたちが動力室に着いたときの……」


「魔力の痕跡から過去を見る魔法だ。辛いだろうが我慢してくれ」


 立派に戦い抜いたクレイグ・ウォールの姿を見て辛いのはヒルデガルドも同じだ。魔力によって再現されるのは、その光景のみで音は聞こえてこない。必要なことだと言っても、込みあげてくる寂しさは抑えられなかった。


「このあとだな。私がデッキで魔物と戦っていた途中で、動力室は爆破された。このあとで第三者が何かの目的をもってやってきたんだとしたら、そろそろ映してくれるはずなんだが……。ハハ、うるさい奴も静かになるものだな」


 見えたのは、突然部屋の中に渦巻いた黒い霧から現れたアバドンだ。彼は爆破された動力室で、入り口のほうを見て誰かを待っている。ほどなくして何かを話し始めたのか、口がカチカチと動いた。


 誰と話しているのか、もう少しで見えそうな瞬間──。


『あらら、ダメダメ。ここから先は有料で~す。ハイ終了!』


 突然、声が聞こえて、部屋を満たしていた魔力が消滅した。


「……ちっ。なんなんだ、私に喧嘩を売ってるのか? よし、いったん調べものは終わってアイツから消そう。まずはそこから──」


「落ち着いて、ヒルデガルド。そっちは後回し、深呼吸して」


 飛空艇の撃墜に留まらず、いなくなってからも邪魔をしてくるアバドンに、熱を帯びた大きなストレスを抱えさせられてうんざりしつつも、イーリスに宥められて深呼吸をして落ち着く。とてつもなくどろどろした不快感だった。


「なんですの、今の骸骨は魔物ですか?」


「アバドンという名だそうだ。うるさくて鬱陶しい」


「ハハ、ずいぶん嫌いなんだね……」


 あの騒がしさときたら云々と、ヒルデガルドは珍しく苛立っている。想像を大きくこえてアバドンが厄介な魔物であるがゆえだ。


「くそっ、なんであんな奴に邪魔をされなきゃならんのだ。そもそも、あれは……あれは……そうだ。あいつは(・・・・)リッチロード(・・・・・・)なんかじゃない(・・・・・・・)


 魔力の痕跡を失って仕方なく杖をしまったとき、ヒルデガルドは固まった。あれほど強い魔物が、ただのロード級であるはずがない。ではいったいなんなのか、ずっと曇っていた空が突然晴れたような気付きだった。


「どういうこと、ヒルデガルド。あれはリッチロードじゃない?」


「ああ。連中(・・)について調べられないから確証はないが」


 おそらく、というより、ほぼ確定には近かった。ヒルデガルドが感じたアバドンの強さは〝倒せる〟というより〝戦える〟の範囲だ。どちらが最後に立っているかと尋ねられれば、即答はできない。そんな相手だった。


「……どういう存在なのです、ヒルデガルド様。今映った骸骨がロード級の魔物ではないとしたら、もっと危険な存在なのですか?」


「私の予想が正しければ、おそらくはそうだ」


 厄介なことになったと思い、手で顔を覆った。


「昔、まだ私が旅をしていた頃に、ある一体の魔物と会ったことがある。魔王とは違う、だが奴に匹敵する強さを持った巨大な狼だった。そいつは自分をシャロムと名乗った。今はどこにいるか知らんが……」


 シャロムは大きな魔力こそ持たず、見目にはただ大きな狼だった。しかし、恐ろしく素早く、強靭なあごは岩をも果実のように砕き、牙は木々を紙の如く切り裂いた。幸いだったのは、その魔物には敵意がなかったこと。


「お待ちください。魔王に匹敵する狼の魔物がいたと言うのですか? だとしたら、世界はまだ脅威に晒されているということではありませんか」


 慌てるティオネは、顔を引きつらせた。にわかには信じられない話だ。世の中に魔王と同等の力を持つ魔物が複数いる可能性を示唆されては当然の反応と言える。ヒルデガルドも、あながち間違いではないと頷く。


「私は、彼の話から色々と古い文献も漁って調査を進めたが、具体的なことは分からずじまいだった。しかし、過去に似たような遭遇があった報告が一件だけあって、記載には〝角の生えた人間のような魔物〟だったとある。それに……」


 アバドンが名乗ったときのことを思い出す。


『人間は私を〝ロード〟と呼んでましたねえ』


 彼はけっして自らをロードと定義付けて名乗ったわけではなく、そう呼ばれていると答えただけに過ぎない。彼がヒルデガルドにさえ自らの実力を隠しているのだとしたら。そう考えただけで背筋が凍りつきそうな気分だった。


「奴らのような強さを持った者を、シャロムは〝神の領域に近づいた者たち〟と言っていた。もし、アバドンがそこに類する魔物なのだとしたら──奴の正体はロード級を超越した存在。デミゴッド(・・・・・)と定義している魔物の一柱だ」

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