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第12話「気が休まらない」

 デッキは大勢の負傷した冒険者や魔導師たちが隅に集まって傷を癒し、群れのリーダーを失ったコボルトたちは戦う意思を失っている。ワイバーンの姿も既になく、飛空艇は安定した速度で元の航路をゆっくり進んだ。


 少し離れたところ、誰も傍に寄り付かせないアベルの足下では、アッシュが横たわったままぴくりとも動かない。


「アベル、よく頑張ったな」


 ヒルデガルドが近寄ると、アベルは耳を垂れさせた。


「アッシュ、起きない。どうすればいい?」


 背中に大きな傷を負い、大量の出血をしたアッシュの意識は戻っていない。ヒルデガルドがそっと優しく抱き上げると、短く浅い呼吸が小さく繰り返されていた。奇跡的に生きてはいるが、もはや虫の息だ。いつ死んでもおかしくなかった。


「私の治癒のポーションを飲ませて傷を塞ぐ。イーリス、君の作った疲労回復のポーションはあるか? 少しでもアッシュの体調を良くしたい」


「うん、持ってるよ。役に立つといいけど……」


 意識のないアッシュの口にポーションを注ぐのはリスクだったが、このまま放っておけば死なせてしまうだけだと賭けに出る。幸運なことに、彼は口の中に注がれた液体に口をわずかに動かし、ごくりと少量を飲んだ。


「しばらくこれで様子を見るしかない。アベル、君もひどい怪我をしているだろう。これが最後のポーションだ、飲んでおけ」


 誰もが疲労困憊ではあるが、飛空艇の安全が確保されて、長時間の戦いも終わった。あとからやってきたダンケンの指示のもと、負傷者は飛空艇の中へ運び込まれ、体力の余った者も中で休みつつ改めて警備の任に就く。


 デッキに残ったのは、ほんの数名だけだった。


「わりいなあ、大賢者様よう。こんな老兵が生き残っちまって、やっぱり俺があのとき残っておくべきだったかもしれん」


 ダンケンの表情は暗く、顔色も良くない。クレイグの死が胸に棘となって痛ましく突き刺さっているのだ。悔やんでも悔やみきれない現実が彼に重く圧し掛かっている。責任者として、こんなはずではなかった、と。


「誰が死んでも良くないことだ、ダンケン。泣くべきは我々ではない。……私も油断していた。ここまで規模の大きい襲撃を受けるとは」


 月明かりを見上げて、ヒルデガルドも落ちこんだ様子を見せる。


「慢心……だったと思う。こんなことにはならないと、誰も命を落とすことはないだろうと、私自身が驕ってさえいなければ良かった。すまない、ダンケン。君の大切な仲間を失わせてしまったのは、この私に他ならない」


 彼は慌てて、そんなことはないと否定した。


「あんたがいてくれなきゃあ、飛空艇はとっくに落ちてた。これ以上ないほど救われたよ、大勢の命が。あのコボルトロードだけでも、雇われた冒険者だけじゃ、どれだけ被害が出たか……。クリスタルスライムにやられちまった連中のことを想うとやりきれなくはあるが、決して大賢者様のせいじゃねえ」


 沈黙が風に乗って流れた。ヒルデガルドの悔しさが、ダンケンの言葉で少しだけ和らぎ、いつにも増して寒い夜でも心は穏やかになる。


「さて、と。俺も少し休むとすっかねえ」


「ご苦労だった。イーリスたちをよろしく頼むよ」


 彼が戻っていくのを見届けて、ヒルデガルドはデッキにぽつんと残り、その場に腰を下ろしてため息を吐く。自分よりも、犠牲になった者たちの尽力があってこその結末だ。本当に守りたかった者たちを自分は守れなかった、と。


「よう、お嬢ちゃん。元気がないな」


 外の風に当たりにきた船長の男が落ち込んでいるヒルデガルドを見つけて、いくらか陽気に振舞って声を掛けた。


「……ええっと、なんと呼べば?」


「エイドルだ。この飛空艇の船長を務めてる」


「それは知ってる。エイドル、私に何か用でも」


「別に何も。ただ暗い顔して独りでいたもんだからよ」


 どっかりと横に座り込んで、エイドルも月を見上げた。


「まあ、そうくよくよするなよ。昔に比べりゃあ、死人の数もずいぶん少ないし、あんたらのおかげで乗客は全員が無事だ。俺たちはこれ以上ないくらい感謝してるぜ。あんたの結界も見事だった、完璧がすぎるくらいな」


 はは、と苦笑いで返して立ち上がり、ローブについた埃を払う。感謝してくれる人々がいるのは、ありがたいことだ。大賢者となる以前、世界を救う旅をしていたときから、どれほど多くの言葉に救われてきたか分からない。


「君の船員は無事だったのか、エイドル?」


「ああ、まあな。ただ、ひとつ困ったことが」


 エイドルが頬をぼりぼり掻いて、苛立ち混じりに言った。


「連れてきた専属魔導師が見当たらねえんだ。部下に探させたんだが、どうやら飛空艇の中にもいねえらしい。あんた、探せねえか?」


「ふむ……。分かった、探してみよう」


 デッキにある魔水晶の杭に触れる。もともとは専属魔導師たちが結界を張っていたことから、魔力の残滓があるはずだと確かめる。そこから、魔力の持ち主がどこへ行ったかを辿っていけばいい。ヒルデガルドには朝飯前だ。


「それで分かんのかい? 魔導師ってのは凄いもんだな」


「フッ、面白いだろう。さあ、魔力の光を辿ってみようか」


 杭から伸びる青白い輝きが魔力の持ち主のいる場所までのみちしるべになる。見つけたら今までなぜ隠れていたのかを問いたださねばならない、と光を追う。──その先で、ヒルデガルドは言葉を失った。


 辿り着いたのは、操舵室のすぐ近くにある倉庫室だ。乗組員たちの荷物なども放り込まれていて、本来は鍵がかかっているはずの硬く閉ざされた扉の隙間からは血が垂れた痕跡があり、顔をしかめたくなる臭いがした。


「エイドル、ここを最後に開けたのは?」


「飛空艇が飛ぶ前に俺たちの荷物を入れたくらいだ」


 扉の鍵は開いていて、彼女は目を瞑って息を吐く。


「……やれやれ、気が休まらないな」


 意を決して押し開ける。見つけたのは、魔導師二名の無惨な死体だった。

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