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第8話「乾坤一擲」

 クレイグがイーリスを優しく降ろす。もはや一刻の猶予はない。時間を掛ければ掛けるほど、クリスタルスライムは圧倒的な強さをもって二人を取り込む態勢を整えるだろう。短期決戦。素早く攻めて、素早く倒す。いくら頑丈とはいえ弱点が分かっているのなら、絶対に勝利が掴めると信じて、二人は顔合わせて頷く。


 砕けた腕が液体化した瞬間、イーリスは「本体をお願い!」と杖を構えて指示を出す。彼はあっという間に懐に飛び込み、了解の返事をしたときには拳を本体に向かって突き出していた。付き合いは短いなれど、冒険者同士の連携は的確だ。


「くっ、硬い……! 流石に本体の装甲は分厚いな……!」


 殴ったクレイグが、腕に響いてくる衝撃に鈍い言葉を転がす。


 だが、確かにクリスタルスライムは防衛本能に従って自身の核が壊されないように防御を優先し、液体化させた腕を戻すのを中断する。その好機をイーリスは決して逃がさない。魔力をたっぷり込めた《フレイムボール》を直撃させて、一瞬で焼き尽くす。見事な連携によって、クリスタルスライムはクレイグから距離を取ると、自身の本体から腕を創り出した。


「ほう、これは大正解みたいですね。身体が小さくなった」


「っ……はあっ……! け、けど、結構キツいね……!」


 イーリスの魔力はヒルデガルドにも劣らない量だ。才能の塊と言えば確かだったが、しかし本人はそれを操るのに肉体的な疲労を伴い、既に顔をうっすら青くして、肩で息をしている。クレイグは彼女を心配しながらも、眼前の敵を見て──。


「すみません。無茶を言うようですが、もう一度お願いできますか」


 次に撃てば倒れてもおかしくない。それでもやってもらわなければ、二人共ここで死ぬと分かり切っている。イーリスはふらふらしながらも強気に笑って「任せてよ、次もばっちり消し飛ばす!」と声を張る。


「では、お願いします。……次の一回で、俺が核を破壊を試みます」


 再びクリスタルスライムが襲い掛かってくるのを、やはりクレイグは容易く振り払い、ひと蹴りで砕いてみせる。腕が床に転がって、また元に戻ろうと蕩けた瞬間に本体へ殴り掛かり、再生を妨害した。その隙にイーリスが渾身の気持ちを込めて、再び《フレイムボール》を放ち、さきほどよりも小さめの火球にはなったが、十分な威力で吹き飛ばし、核を守る鉄壁の身体は再び小さくなる。


「流石です、イーリスさん。あとは俺の仕事だ」


 クリスタルスライムの攻撃を真正面から掻い潜り、魔核を捉えて正確に拳を放つ。今度は踏み込んだ一撃ではなく、鉄壁の身体に触れるように当てて、すうっと息を吸い込んで、全神経を使って拳にのみ魔力を集中させた突きを繰り出す。


 衝撃が分厚い水晶の壁を突き抜けていく。クリスタルスライムの魔力に依存した鉄壁の防御は、彼の拳ひとつで崩壊。逃げ場のない魔核が伝わってきた勢いに耐え切れず、ひび割れて、ついにその機能を失い、鉄壁が瓦解した。


「……ふう。流石に、俺も結構限界だな」


 ヒルデガルドが倒したと聞いたとき、おそらく単独でやったのだろうと理解して、世界の広さに肩をすくめるしかなかった。まるで大賢者のような人間が、この世の中にはまだまだいるのかもしれない、と。


「イーリスさん、ご無事ですか。すみません、無理をさせて」


「だ、大丈夫……。急ごう、早く戻らないと」


 既に安全になった動力室で休んでいる暇はない。まだデッキではヒルデガルドたちが戦っているはずだと、二人共気持ちが急いていた。


「俺が背負います、さあ乗って」


「ありがとう。戻る頃には呼吸を整えておくから」


「ええ。皆さんも、きっと心配しています」


 部屋を出て行こうとしたとき、ごそ、と音がして振り返る。身を引きずる誰かの姿に、クレイグはハッとした。


「ダンケンさん?」


「おう。悪いな、ボウズ共」


 なんとか立ち上がった男が、片腕をあげる。頭から流れた血で顔を汚していて、彼はへらへら笑いながらも少し苦しそうだった。


「運よく生きてたみたいでよ。俺が出ちゃあ迷惑かと思って隠れてたんだが、いつまでも寝てらんねえだろ? お前も疲れてんだ、俺が手伝うよ」


「……はは、これは頼もしい」


 一人でも生き残っていたのを喜びつつ、イーリスをダンケンが背負って、三人でデッキを目指して歩きだす。それぞれ疲労から、走りたくても走れなかった。クリスタルスライムという怪物を倒せたことさえ奇跡に近かったのだ。


「しかし、なぜ魔物が動力室にいたんです?」


「分からん。俺がサボってねえか見に来たときには交戦中だった。二人いたうち、一人はもう死んでて、俺も咄嗟に加勢に加わったんだが、このザマよ」


 ダンケンはデッキでの騒ぎを聞いてすぐに動力室へやってきて、万が一にも制圧されてはならないと守りを固めるよう指示を出しにきたところだった。その後はしばらく気を失っていて、気付いたときにはイーリスとクレイグがいた。


「おかげで命拾いしたが……。老兵よりも若いガキ共が先に逝っちまったと思うと、悔しくてやりきれねえや……。デッキの状況はどうなってる?」


「ワイバーンやコボルトなど多様な魔物の襲撃を受けているようです。現在はヒルデガルドさんと、あの大陸の大槍が加勢してくれています」


 ダンケンはホッとした。アーネストがいるのなら、これ以上ない心強い加勢だ。今頃は制圧が済んでいるに違いない、と。──その直後、飛空艇が大きな揺れに包まれて転げそうになる。


「……何かあったみたいですね。急ぎましょう」

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