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第46話「全ては繋がっている」

 見張りの魔導師が、堂々とやってきたヒルデガルドたちを訝しげに見て「待て、ここは立ち入り禁止だ」と手で制した。大賢者の間は他の誰も入れてはならないとウルゼンが指示しており、立場が自分たちよりも上であるカトリナに対しても、やや見下したような態度で「お引き取り下さい」と、小馬鹿にして鼻で笑う。


 もはや魔塔はヒルデガルドの勝手知ったる場所とは違った。


「耳障りだ、少し大人しくていてくれ」


 ぱちんと音が鳴り、途端に眠気に襲われた見張りが膝から崩れて床に倒れ、ぐうぐうと寝てしまった。彼らに時間を取られている場合ではない、とヒルデガルドはさっさと扉を開ける。一見するとなんの変哲もない書斎だが、彼女はそれが部屋に仕掛けられた幻覚魔法の一種であると即座に見抜いた。


「下らない仕掛けだな、見ていて虫唾が走る」


 小さな足踏みひとつで蒼白い魔力の波が部屋全体をふわりと奔り、瞬時に幻覚は消えて本来の大賢者の間が姿を現す。古ぼけた本棚からはいくつも乱雑に扱われた魔導書が床に転がり、羊皮紙の束が机の上に積まれている典型的な魔導師によくある研究室に見えたが、本来はもっと整頓された美しい部屋だった。


「はあ、整理できないヤツって困りものね」


「……よし、急いで目的のものを探そう」


「あら? もしかしてあなたって、」


「今はゆっくり話している場合ではないだろう」


 明らかに話を逸らされて、はいはい、とカトリナは呆れた。傍にいたイーリスにわざとらしく、耳に入ってしまうような小声で「あなたは部屋を綺麗にしときなさいね」と助言をして、証拠探しに加わる。


 ヒルデガルドは少し不満げだったが、返す言葉はなかった。


「こうも研究資料が多いと探すに時間が掛かるな……」


「ま、腕だけは確かだもの。だから困ってたのよ」


 いくら探しても、中々に魔物を使った実験についての資料が見つからない。実験は別の場所で行うとしても、資料の管理は大賢者の間のよう

な部外者が絶対に立ち入らない場所が最も適切だ。必ずどこかにあるはず、と時間との勝負は続く。


「あっ。見て、二人共。これじゃないかな?」


 イーリスが本棚から見つけた分厚い紙の束は、魔力による封印がされているのか、文字がぼやけていて読めない。ヒルデガルドが簡単に指で触れれば、文字は途端にくっきりして、研究資料の内容を明らかにする。


「よくやった、イーリス。魔物の制御実験に関する資料のようだ」


「制御実験……まさか、魔物を意図的に操るってこと!?」


 目を滑らせながら、ヒルデガルドは頷いて──。


「これを読んだ限りなら、ゴブリンやコボルトのような抵抗力の低い魔物を使って、魔法薬の投与実験も繰り返し行われていたみたいだな。行動を制御するのには、まず相手の肉体に自分の魔力を同調させる必要があるんだ。かつて行われていた〝禁忌〟と呼ばれる魔法で、開発した当時の大魔導師でさえも〝危険な技術〟として扱うのをやめたのだと記録で見たことがある。この開発中の薬品は相手の魔力に対する抵抗力を下げるためのものだろう。失敗すれば、かなりの苦痛を伴うとも書いている」


 めくっていくうち、ヒルデガルドの手が止まった。


「どうしたの、ヒルデガルド。何が書いて……」


 覗き込んだイーリスも愕然とする。


 書かれているのは、実験の経過観察についてだ。


『洞窟のゴブリンたちを操り、巣へ返してみた。こちらの簡単な指令に従える程度の知能あり。同族への攻撃的な思考の変化も可能と判明した。今後はさらに複数のゴブリンに指令を与えてみる。──追記、ホブゴブリンを使った実験を行ったが失敗。通常種と共に近隣の村を襲撃させようと試みるも、居合わせた冒険者によって討伐されたとの報告。予備のゴブリンは魔力同調に耐え切れず死亡。プラン『A』を廃棄』


 ヒルデガルドとイーリスの脳裏には、出会ったばかりの頃がよみがえる。時折見られるゴブリンたちの決起集会とも呼べる行動は作為的なものであり、それがウルゼン・マリスの実験だったと知って言葉を失った。


「……カトリナ。見張りを起こしてこい」


「はっ!? いきなり何言ってるのよ!」


「いいから。すぐにウルゼンを呼びに行かせろ」


 ひどく冷たい声。カトリナはびくっとして無言で見張りを起こしに行く。ヒルデガルドは冷静に怒りを抑えていたが、資料を掴む手にぎゅっと力が籠った。さらにめくった先で、彼女の怒りは限界を迎えていたのだ。


『かねてより捕らえていたコボルトロードでの実験を開始。温厚で仲間意識の強い個体の凶暴化、意図的な同族捕食を確認。かつての群れは崩壊、イルフォード近隣に現れた迷宮洞窟を拠点に食糧として備蓄を始めた。実に良い傾向で、ゴブリンに比べても知能が高く、行動に関する制御もさらに高度な水準へ──』


 そこでヒルデガルドは読むのを中断し、イーリスに預けた。


「証拠として持っていろ。もう見たくもない、そんなゴミは」


 腹立たしいという言葉では物足りない。胸の内から湧き上がる溶岩のように熱い怒りが、ウルゼン・マリスを絶対に許してはならないと叫んだ。


「──もはや許容の余地はない。ここで始末をつけてやる」

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