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第43話「由々しき事態」

 魔塔で行われる研究は、それぞれが適切な予算を割り振られている。管理は大賢者か、あるいはそれに準ずる立場の者だけであり、実質的にすべての権限をウルゼン・マリスが持っている状況だ。ヒルデガルドは霊薬の研究に没頭していたので、報告書を受け取って確認する程度に済ませていたので、詳しい状況がまったく分かっていなかった。


「あなたへ送られた報告書は、たぶんアイツの息が掛かった誰かにすり替えられたのね。あなたが魔塔を去ってから、ウルゼンはどういうわけか、アタシたちを目の敵にするみたいに審査を厳しくして、予算を減らしてる」


 魔塔からヒルデガルドへ送られる報告書は、本来は研究チームのリーダーであるカトリナが仕上げて提出したものだが、そこには研究の進行具合や審査が厳しくなった現状などを踏まえて協力を仰ぎたい旨の内容があったと話す。


 削られた予算は他の研究チームに分配されたと言うが、肝心な資料については確認させてもらえず、ヒルデガルドが死亡したとプリスコット卿

の手の者によって公表されて以来、なおさらに厳しく咎められるようになってしまった。


 そのため、予算は大幅に削られ、大賢者が望んだ豊かな大地をつくる計画が、このままでは衰退して葬られてしまう可能性が高いことを危惧したカトリナは、自分が冒険者としてギルドに所属しているのを利用して、闘技場のファイトマネーで少しでも補填しようと考えたのだ。


「アタシ、パパが研究者をやってた頃は魔塔になんか興味もなかったから冒険者ギルドに所属してたの。腕には自信があったし、さっきの試合も見てくれてたんでしょ? これで少しでも稼げれば、チームのみんなも安心するかと思って」


 大賢者の発案であった天候を操る魔導器の研究は、誰からみても魅力的なものだった。どれだけ無限に見える資源でも、いつかは自分たちが使い潰してしまうだろう。ただ消費するだけでなく、創り出す技術があれば。夢のような話に魅力を感じたカトリナの中には強い熱意があった。なのに、それをウルゼンという壁に阻まれている。


「アタシはパパが死んだことであなたを憎んだりしない。だけど、ウルゼンみたいな奴を野放しにして自分のやりたいことしてるあなたは許せない。すぐにでも魔塔に戻ってきて、みんなを説得して。魔塔の派閥はほとんどがアイツに傾いてるけど、今あなたが現れて演説のひとつでもしてくれれば……」


 魔塔の中だけでも、大賢者が生きていると分かれば、以前のように魔導師たちが前を向いて正しい未来を歩いて行けるはずだとカトリナは希望を抱くも、ヒルデガルドはあっさりとその提案を断った。


「すまないが、それはできない」


「でも、このままじゃあ魔塔は……!」


 魔塔が大賢者以外の誰かのものになってしまえば、これまでのような研究は不可能になるかもしれない。魔塔の存在意義を問う事態になってしまったら。カトリナが不安を抱くのも無理はないだろう。


 話を黙って聞いていたイーリスが「大丈夫だよ」と返した。


「ボクたちはウルゼンが奴隷商と繋がっている事実を掴んでる。このまま野放しにはしないよ、絶対に。だから大丈夫、ボクたちに任せてよ」


 カトリナの視線は、彼女たちの後ろで何の話か分からないと同族同士で話をして時間を潰している二匹のコボルトに移った。


「最近、魔塔の近くでコボルトやゴブリンの死骸を見掛けることがあったわ。体毛や骨格が、そっちの二匹によく似てたのを覚えてる」


 ぴくっ、とヒルデガルドの身体が揺れる。


「アベル。そういえば聞いていなかったが、君たちの群れは?」


 勝手な思い込みで彼らは奴隷商に運悪く捕まったと決めつけていた。実際に彼らに聞いたわけでもないので、改めて尋ねてみる。二匹共が耳を垂れさせた。


「わからない。でも、群れのボス、強くて優しかった」


 聞かされたのは、彼らの群れにはコボルトロードが存在していたこと。そして仲間を守ろうと戦うタイプであったこと。しかし、ある非突然に、彼らの生活は脅かされた。誰かも分からない魔導師数名によって次々と倒れ、やがて群れを統率していたロードでさえも捕まってしまった。その後、どうなったのかはよく覚えていないが、彼ら二匹だけが奴隷商に引き渡されてしまったのだと言う。


「ひどい話だね……。これがウルゼンの仕業だったとしたら、彼らはコボルトたちで実験をするために、敵性のない穏やかなコボルトを狙って捕まえてるってことでしょ。あんまりだよ、そんなの」


 魔塔の抱えた現実に、イーリスは愕然とする。魔導師ならば誰もが目指す場所で、目を背けたくなる実験が繰り返されていることに悲しくなった。


「敵対的だったとしても実験に使っていいわけじゃない。これは由々しき事態だ、徹底的に芽を摘む必要があるだろうな」


 久しぶりに誰かが憎いと思った瞬間だった。これまで騙されたとしても、自分のことであればさほど気に留めたりもせず、適度に解決できればいい、と深く関わりもしなかったが、今回はアベルたちに大きく関わっている。


「──よし、決めた。今日の夜にはすべて終わらせるぞ」

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