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第40話「闘技場」

 初めて向かう闘技場にワクワクしているのは、コボルトたちだけではない。ヒルデガルドも、どんな者たちが切磋琢磨しているのだろう? と興味が湧いていたし、イーリスも皆と一緒に観戦ができるなら絶対楽しい、と期待した。


 家からは少々離れていたので、馬車を使って移動する。荷台から顔を出してはしゃぐコボルトたちの無邪気さに、町の人々もときどき手を振って見送った。


「あ、見て。あれが闘技場だよ」


 指差したのは円形の大きな建物だ。腕自慢たちの大舞台。観る者も惹き込まれる熱気の満ちた戦いが行われる場所には、たくさんの人々が訪れている。冒険者からそうでない者まで多く、入場許可証のメダルを持っていると選手用のフロアで観戦できるらしく、一般用のフロアで肉料理などを注文して、二階の選手用のフロアへ移動する。


「へえ、見下ろせるようになってるんだな。ガラスの壁だが、魔力を通してあるから衝撃にも強いし安全性が抜群だ。作ったのが誰か気になるな。ただでさえ割れやすい素材を使っているのに、ここまで徹底的に耐久性を高めているのは素晴らしい」


「ハハハ。ヒルデガルドったら、試合より気になる?」


 言われてハッとすると、頬を少し紅くして口先を尖らせた。


「い、いや……なんとなく気になっただけだ」


 安全性を考えた日常に普及する技術の中には、ヒルデガルドも目を引くような発想を見つけるときがある。ガラスのような脆い素材を使いながら、耐久度を限界まであげて試合観戦をより良いものにしようと追求しているのに感心して、ついつい早口になってしまったのが恥ずかしくなった。


「ほら、とりあえず席に座ろうよ。あっち、空いてるよ」


 選手用のフロアというのもあってか、それなりに席は空いていて、四人で並んで座るくらいの余裕があった。運よく試合開始前というのもあって前列は埋まっていたが、料理が冷めないうちから観れそうだと喜んだ。


「ところで今日の対戦カードはどんな感じなんだ? さっき入り口のボードに張り出されてたみたいなんだが、人混みに押されて見逃してしまったんだ」


 こんがり揚がったチキンを食べながら、イーリスが「ゴールドランク同士の試合だって片方が魔導師で、片方が騎士だったと思う」と指についた食べクズをプレートのうえに落とした。熱々で、ぴりりな刺激のこしょう味だ。


「美味いな、これ。あとで買って帰ろうか」


「こういう香辛料って、コボルトは平気なのかな」


 一見、狼のような姿をしているので心配したイーリスだったが、ヒルデガルドは「魔物だから気にしなくてもいい。彼らは基本、なんでも食べる」と、横で物欲しそうに見てくるアッシュに自分のチキンを一本だけ渡す。


「ともかく、誰が戦うかは知らんが、別にいいか。どうせ詳しいわけじゃないし……さっき購買で闘技場の選手名鑑みたいなのが売ってたから、帰りに買ってみよう」


「いいね、それ。色んな選手がいるだろうし、面白そう。これから遊びに来るときにも知識があったほうが楽しいかもね」


 頻繁に訪れる気はなかったが、知らないよりは知っているほうが気分も盛り上がるだろう。たまにはアベルたちも連れてきてやれば喜んでくれるはずだ。ヒルデガルドは、またチキンを一本──今度はアベルに──渡して、入場する選手に視線を向ける。


 向かい合って立っているのは甲冑に身を包んだ大柄な騎士と、少し背の低い、青いローブに身を包んだ魔導師。ぱっと見れば屈強な騎士に勝ちの目がありそうだが、ヒルデガルドの予想は魔導師の勝利だ。


「あの魔導師、腕が立つようだ。魔力が通常より少し大きいぞ」


「そうなの? あっちの騎士さんなんかベテランって感じなのに」


「うむ……たしかにそっちも強そうではあるんだが」


 注目する魔導師の強さは、その魔力を見せびらかさない、隠している状態にある。闘技場にいる観客たちの中でヒルデガルドだけが、青いローブの魔導師が持つ本来の実力に気付いていた。


「さてさて、どうやって戦うのか見物だな」


 そう思って眺めていた直後──。


『豪傑騎士のアバルはゴールドランクの大ベテラン。数々の依頼をこなし、闘技場でも一流の選手として知られています。対するは魔塔からの使者カトリナ・セルキア! 大魔導師確実と言われている女性魔導師ですが、闘技場は初めてのゴールドランクの冒険者だそうです! それでは本日の第三試合! レディ──』


 もう、喧騒は耳に入らなかった。ヒルデガルドの認めた青いローブの魔導師、カトリナ・セルキアの名前を聞いた途端、彼女は石のように固まって目を見開く。本来、そこにいるのが信じられない魔導師の存在に。


「なんでセルキアの娘がこんなところに?」


 かつてコボルトロードによって亡くなったマックス・セルキア──ヒルデガルドの友人の、大切なひとり娘。カトリナ・セルキアを見つめるのに、イーリスが「知ってるひと?」と尋ねると、彼女は表情を暗くして答えた。


「……ああ、よく知ってる。彼女にはとても恨まれてるだろうな」

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