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第39話「たまには息抜きでも」

 日程はヒルデガルドたちに任せるということだったので、アディクは「では夜に魔塔へ行ってみてください」と、ポータルロックの場所を示す地図を渡す。


 魔塔へ赴くのは数年ぶりで、ヒルデガルドは少しだけ緊張した。自分のことがバレやしないか。彼らは大魔導師だから、見抜く人間が一人くらいいても不思議ではない。少々気が重くなるが、それでもウルゼンを放置する気はさらさらなかった。


 そのあと、いったん家路に就き、嬉しさも大人しくさせてしまうほどの苛立ちを胸の中に湧かせて歩いた。


「ねえ、ヒルデガルド。ウルゼンってどんな人?」


「自分以外を認められない哀れな奴だ」


 いつでも自分が他者より優れていると信じて疑わない。もちろん、そういう精神を持つことは大切だ。研究において他者より劣っていると思った段階で、歩みを止めてしまう者は多い。彼はその点、決して前に進むことをやめなかったが、まるで当然かのように周囲を蹴落とすのも平気な人間だった。目的のためなら猫を被るのも平気で、内心ではいつだって他人を見下している。だからヒルデガルドは嫌いだった。どうしようもなく、心からの嫌悪感を示す唯一の相手と言ってもいいほどに。


「あ……えっと、もしかして何かあったの?」


「いろいろとな。動物実験について君はどう考えてる?」


 尋ねられて、うーんと彼女は顎に指を添えた。


「今はヒルデガルドの創ったダミー人形が、魔法の研究における動物実験の代替品として結果を残してるよね。昔は必要だったのかもしれないけど、今の動物実験に見られる有用性はないんじゃない。命の無駄遣いになるって言えばいいのかな」


 大体同じ意見だ、とヒルデガルドは頷く。


「ウルゼン・マリスは、その逆だ。生きているからこそ実験に意味はあると言う。ダミー人形の性能が確立したあとも、どうやら奴は密かに魔物を捕えて実験を行っていたらしい。使えないと判断されれば、奴隷市場に流されるようだ」


 イーリスが、えっ、と固まった。魔塔は大魔導師ならば誰もが目指す、人々の役に立つため、生活をより良くしていくための場所。そこで行われている非情な話が喉を詰まらせる。あっていいはずがない、理解のできない話だった。


「それって本当の話? 奴隷市場と繋がりがあるなんて、大魔導師としても、人間としてもありえない」


「残念ながら君が抱いた幻想は木っ端みじんだな」


 怒りを通り越して呆れが湧いてくる。ウルゼンは厄介者でありながら、口が上手く、周囲の人間を取り込むのが上手い。特に自分より立場が下の者に関しては、優しく接し、諭し、味方にしてしまう。


 だから、まさか誰もが奴隷市場と繋がりがあるとは思わないだろう。


「調べは既にプリスコット卿が済ませてくれている。だが証拠がない。奴の研究室に潜り込むのがいちばん手っ取り早いんだが……」


 接触を許したのは、そのためだ。顔を合わせるのさえ避けたいような相手でも、これ以上、自身の代理として座に就いている男が魔塔の名を貶めるにとどまらず、イーリスの言う命の無駄遣いをさせるわけにはいかない。


「何か問題があるの?」


「ああ。私が魔塔にいない、ってことだ」


 魔塔のほぼ全ての権限を持つ大賢者。その代理として就いている以上、容易に研究室の中にある物的証拠を浚うのは難しい。入る許可をもらうのも不可能だろう。ウルゼンほどの人間が、簡単に証拠を晒す真似をするはずがないのだ。


「とはいえ私の存在を明かして魔塔に入るのも、できれば最終的な手段にしたい。急ぎたい気持ちはあるが、いちど会ってみて、計画を立てるのはそれからでもいい。まずは偵察しよう、奴がどうやって魔塔を管理しているのか」


 家に着き、庭で仕事を終えて遊んでいるアベルたちを見て、胸がちくりとする。自らの知識の共有が招いた事態でもあり、必要だと思って纏めたものが悪用されている現実に辟易とさせられた。


「おかえり、ヒルデガルド! おかえり!」


「ああ、ただいま。だけどまた出かけようかと」


 途端に彼らの顔が残念そうになり、ぶんぶん振り回されていた尻尾がゆっくりと降ろされて垂れる。遊んでもらえると思っていたのか、持っていたゴムのボールをごろんと落として、悲しそうに「くうん」と鳴いた。


「はは、悪い悪い。だが君たちにも悪い話じゃないぞ。夜には留守を任せることになるが……せっかくだから、みんなで闘技場でも行ってみよう」


 再び尻尾がふわっと持ち上がる。外出というだけでかなり上機嫌だ。


「イーリスは闘技場のことは知ってるのか?」


「多少はね。縁がなかったし、試合観戦は興味がなくて」


「じゃあ食事できる場所は?」


「中にあるよ。食べながら試合が観られるはず」


「では決まりだ。たまには外食も良いだろう」


 いつも森にひきこもって研究に没頭していたヒルデガルドは、独り身であるのも加わって外食をするという習慣がなく、買ってきたパンやスープなどで手軽に済ませてしまうことが多かった。今は新たな同居人──あるいは家族と思っている──もいるので、外で食べるのも気分が違うはずだと、少し楽しみにしている。


「せっかくだ、少し気合を入れる意味で息抜きでもしよう」

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