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第35話「声は届いてる」

 慌ただしい昇級試験も終わりを迎え、洞窟の外では生存者の発見が大いに喜ばれると同時に、ヒルデガルドとイーリスがコボルトロードを討伐したのに加えて最深部まで辿り着いたと耳にした者たちの歓声で満ち溢れる。


 昇級試験は各地にある未踏査地域と呼ばれる場所の調査が基本で、今回のように低級魔物の多い洞窟などではブロンズからシルバーランク向けに冒険者たちへ依頼が回されることも多い。とはいえコボルトロードまで現れていたので、最深部まで行ける冒険者はいないだろうと予想されていた分、二人がブロンズランクであるのも加わって、称える声が次々に湧いた。


 そうして帰り支度をする前に試験官たちの計らいで食事をしてから帰ろう、と料理の腕に自信のある冒険者たちが手伝って盛大に振舞われた。話の種はもちろん試験のことだ。ヒルデガルドとイーリスは、その話題の中心になる。


「それにしても、まさか最深部まで辿り着くだけでなく、コボルトロードまで討伐していたとは驚きました。規定違反の冒険者も何人か捕まえられましたので、お二人には頭があがりません。本当に腕が立つんですね」


 クレイグの言葉に他の試験官たちもしきりに頷く。


「自分でも驚いているよ、運が良かったんだな」


「ボクたち、これでシルバーランク確実だったり?」


 わざわざ結果を待つまでもなくそうだろうと言いたかったが、クレイグは「規定は規定ですから、ギルドの掲示板に張り出される合格者一覧で確認してください。そのほうが合格していたときの嬉しさもひとしおなので」と微笑んだ。


 彼らも冒険者としてのランクをあげる度に喜び、仲間と肩を組んでは嬉しさを分かち合ったものだ。その感情の味わい深さを二人にも知ってほしかった。


「しかし冒険者としてはこれからですよ。シルバーにしろゴールドにしろ、我々冒険者は、この危険な世の中を少しでもあるべき姿に戻していくのが本分です。いずれ魔物が完全にいなくなる日まで、俺たちは命を懸けていくことになります。特にランクが高くなれば高くなるほど。だからプラチナの冒険者は数えるほどしかいないんです」


 プラチナランクになれば、それこそドラゴンと呼ばれる自然に生きる魔物の中でも最強格の存在を相手にすることもある。過去数年の間に、それで何人が命を落としたか? とクレイグはスプーンを握る手に力がこもった。


「制度を変え、なんとか国家の認定もあって初めてプラチナランクのバッジを与えられますが、今のところは四人パーティで組んでいる者たちだけです。ですが、最近は敷居を少し低くしようという動きがあるとか」


 あまりに数が少ないのに加え、少々の危険を顧みない人材を得ようと国家とギルドが連携して動いている案件で、冒険者たちの間でもうわさになりつつある。ここ数日でヒルデガルドたちもよく耳に入れた話だ。


「しかし、そんなことをしたところで冒険者たちの腕が良くなるわけじゃないだろ? 命を落とす人間が増えるだけじゃないのか?」


 聞いていた大勢の冒険者たちもざわつき、同意する者ばかりだ。しかしクレイグは首を横にふって、がっかりした。


「最近になって魔物の動きが活発になっているという魔塔の調査報告があったそうなんです。要するに冒険者は、その本分を利用して捨て駒にしようというわけでしょう。生活を守ってくれる魔導師たちを戦場に出すわけにはいかないので」


 ヒルデガルドはムッとする。魔導師は戦う能力だけでもブロンズの冒険者たち以上の実力を発揮できるだろう。大魔導師ともなれば、なおさらに。だが彼らが魔塔から出ようとせず、立場を利用して保守的になっているのが気に入らなかった。


「プラチナのパーティによる直談判もあったとか。でも、国は聞き入れては下さいませんでした。そこには『大賢者の死』という大きな理由があるらしくて」


 目尻のヒクつくような話にヒルデガルドが苦笑いを浮かべた。大賢者様が死んだと公表されてから、魔物への対抗策など『何かあれば頼ればいい都合の良い相手』を失った者たちが大慌てなのだと言う。


 クレイグは現状を酷く憂い、また自分の実力がプラチナに届くには遠すぎる、と悔しさを声に滲ませた。


「勇者様であるアルニム様はどこへいらっしゃるのか……。所在さえ分かっておらず、大賢者の死亡についての声明もありません。どちらかだけでもいれば、俺たちも命なんて捨てる覚悟で戦えるんですがね」


 自分たちが死んでも、その意志が誰かに引き継がれて確実に達成される──その最もたる存在が勇者と大賢者の二人だ。彼らなくして士気を高めることはできない。多くの人間が──職種に関わらず──そう言うだろう。


「……大賢者様が亡くなったのがいつなのかも明確にされてないですし、勇者様の不在も含めて困ったことばかりです。これから世の中はどうなっていくのか、俺たちも明るくは振舞ってますが、それも限界に近いかもしれない」


 死亡の号外が広がったあと、何度かデマ説が浮上した。それはアーネストが流したもので、もともと大賢者は人前に姿を現さないことから、民の不安を少しでも取り払うことが目的だった。そのため彼女が死亡したかどうか、いまだに怪しんだり、生存を信じて『時が来たら必ず救ってくださる』と周囲を説得する者もいる。


 そうして日常が守られていると知って、ヒルデガルドは安心した。


「それならば大丈夫だ。こうしてうわさになっているんだから、大賢者もどこかで耳にしているかもしれない。時が来たら、かならず人々の助けになると誓う……こほん。誓ってくれるはずさ、我々が期待しなくてもね」

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