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第32話「一難去って、また」

 どこから尾行されていたかは分からない。少なくともヒルデガルドは、相手がイーリスの近くに最初からいたのだろうと考える。最深部へついてくるだけでは飽き足らず、明らかに向けられた敵意に肌がひりつく。


「出て来い。今なら手荒な真似はしないでやろう」


 ヒルデガルドの言葉に何者かがため息を吐く。暗がりから現れたのは同じ冒険者だ。銀色のバッジを身に着けている。


「こりゃあすまんね。シルバーランクが昇級するためには最深部までくる必要があったんだが、おたくらがいいもんを見つけてくれたおかげで良い稼ぎにもなりそうだ。手荒な真似をしたくないのは俺も一緒だよ、お嬢さんたち」


 ゴールドを目指そうというだけあって、その体格はずっしり重たく、鍛え上げられている。鎧などは身に着けておらず簡素な装備のみではあるが、拳に嵌めたナックルから漂う魔力に納得させられる。彼は肉体ひとつで今まで冒険者をしてきたのだろう。へらへらしているが冷静で、警戒心を強く持っているのが瞳を見れば分かった。


「なるほど、君は金が稼げれば良いと?」


「そんなところだ。シルバーじゃまだ知れた稼ぎなもんでよ」


 天井にある魔水晶を見上げて男は口端を吊り上げた。


「あれをギルドに持ちこめば、しばらくは遊んで暮らせる。分かるだろ、誰だって欲しいもんさ。……だが新米にゃ分不相応な額だと思わねえか? 町にゃごろつきもいる。大金持って命を狙われちまうよりは、ここで俺に渡してくれりゃ、多少は分け前って奴も用意してやらんでもない。悪くない話だ、違うか?」


 男の話は、まったく理に適っていない。ただ自分の利益を都合よく弱い者から搾取しようとしているだけで、彼自身がまさにごろつきと呼ぶに相応しいだろう。ヒルデガルドはうんざりした顔で睨み、杖で肩をとんとん叩く。


「お断りだ。別にそうまでして独占したいようなものではないが、君たちにくれてやるほど寛大でもない。今すぐ黙って試験官が来るのを待つか、それともここで私に挑んで後悔するか。好きなほうを選ばせてやろう」


 杖が地面をとんと叩く。水晶の部屋には強烈な風が渦巻き始め、イーリスは屈んで転ばないようにするのが精いっぱいだ。男は堂々としたものだが、わずかに腰を低くして踏ん張る体勢を取っている。


「な、なんだあ、このガキ……! ただの魔導師じゃねえのか!?」


「ただの魔導師だよ。ちょっと強いだけのな」


 驚く男を見つめる彼女の瞳は冷ややかだ。強盗を捕え、コボルトロードと戦い、やっと落ち着いたかと思えば、また振り出しに戻ったかの如く手柄を横取りしようとする者が現れたのだから。


「ちっ。生意気なことぬかしやがって! 目の前にお宝ぶら下げられて、そのまま引き返せるかい! こうなったら怪我じゃ済まねえぞ、ガキ共!」


 冒険者全体がそうでないと分かっていても、心底気に食わなかった。冒険者とはこういうのが当たり前なのか? と考えたくなるほどに。


「イーリス、そのまま動くなよ」


 突っ込んできた男の身体が、足下から殴りつけるように吹いた風によって持ち上げられ、そのまま落下する。水晶で出来た部屋の床は洞窟内の冷たい岩よりも硬く、男を拒絶。コボルトロードよりも遥かに脆い身体はあっという間に沈黙した。


「ふん、死んではいないが骨の一本くらいは折れたかもな」


「うわあ、痛そう……。放置しておいて死んだりしない?」


「大丈夫だ、自分の鍛えた体に感謝することになるさ」


 気絶した男を後ろ手に魔力を使った光の縄で縛り、身動きを取れなくして、ひと息。それからヒルデガルドは「魔水晶はギルドに提供するか」とイーリスに提案した。これから冒険者として稼ぐ機会も増えるし、急を要することもない。ギルドに提供して、宿や酒場の老朽化した部分の修繕費などに充ててもらえれば、と。


「魔道具もある程度は買い揃えたし、今回の試験に出る報酬に加えて多少の取り分があれば、もうそれで充分だと思うんだが」


「いい考えだね、ボクも賛成! じゃあさっそく……」


 天井を見上げたイーリスが首を傾げる。


「あれ? 魔水晶はどこ?」


「何を言っているんだ、さっき天井の真ん中に──」


 ヒルデガルドは、異変に気付いた。あったはずの魔水晶が天井にはなく、壁を移動している。その光源とも言える魔水晶の正体を彼女はいち早く察して、イーリスのローブを引っ掴むと自分の後ろに下がらせた。


「マズいな。誰かが来る前にあれを片付けられるかどうか」


 魔水晶が壁からはがれ、ごろりと床に落ちる。イーリスはぞわっとした。その魔水晶は決して鉱物などではない。硬い水晶だったそれ(・・)は、どろりとした粘性の液体のように形を柔軟に変えた。液体の中央にある石ころには強い魔力が宿っており、うねる二本の柔らかな腕を操っている。


「ヒルデガルド、あいつもしかして……!」


「私も久しぶりに見つけたよ。まさか擬態だったとは」


 杖を構え、深呼吸をする。相手はさきほど彼女が倒したコボルトロードでさえ片手間に捻りつぶす自然から生み出された凶悪な存在。調査もほとんど進んでいない奇妙な生命体。──クリスタルスライム、と名付けられた魔物だ。


 魔核と呼ばれる石ころのような本体が魔力で結晶を液状化、硬化を行い、自分の身体のように操る。スライムと呼ばれる粘性の身体を持った魔物の上位種として知られるが、ヒルデガルドでさえ詳しい生態は分かっていない。はっきりと言えるのは〝明確な弱点が存在しない〟ことだ。冒険者ではあまりに荷が重い相手。もし取り込まれれば、魔核によって全身を粒子状の細かな栄養に変えられる。


 現状、戦えるのはヒルデガルドだけだった。


「なぜこんな場所に棲みついているのか調べたいところだが、そう悠長なことも言ってられなさそうだ。──さっさと片付けて安全を確保するとしよう!」

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