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第25話「君たちに名前を」

 歩き回ってみれば、使える部屋はいくつもあった。寝室として家具が入っている部屋は四つあり、何も入っていない──倉庫代わりになっていたと思われる──部屋が三つ。そのうちひとつは広く、窓からの陽射しも良かったので、ヒルデガルドは「ここをイーリスが使うに工房しよう」と決めた。


 シャワールームは程よく広い。バスタブも軽く足を伸ばしてゆったりできる大きさだ。数人で暮らしていくのに不便があるとしたら、寝室からいささか遠く感じられることくらいだろう。


「うむ……私は浴室に近い部屋にしよう」


「じゃあボクは陽当たりの良い部屋にするね」


 大きな窓のある部屋は二階の工房に決めた部屋のすぐ隣だ。一階の浴室まで距離はあるが、その程度の不便をイーリスはどうとも思わなかった。


「では決まりだな。一番広い寝室はコボルトたちに与えてあげよう。もともと大きな群れで暮らす魔物だから、二匹一緒の方が安心できるだろう」


「たしかに。もう住める状態だし、ボクが迎えに行こうか?」


 少し考えてから「そうだな、頼むよ」と返事をした。イーリスに迎えに行ってもらう間、家の中に誰かが入って来たときに、すぐ気付けるよう結界を張っておこうと決めて自分は残り、あちこちの目立たない場所を探す。


 家の中は広く、廊下や各部屋の窓、扉の傍に小さく陣を描くだけでも時間がかかる。彼女は動物ばかりを使い魔にしているため、手伝わせることもできない。隅々まで漏れなく済ませ、もし無理やりこじ開けようものなら即座に魔法陣から魔力の縄が飛び出して捕らえ、ヒルデガルドが知ることになる。


 いかなる腕であってもヒルデガルドに気付かれれば逃げることは不可能だ。靴跡ひとつでも残せば猟犬よりも確実に──そして素早く──辿って見つけ出す。運が悪かったと諦めるほかない。


「……ふうっ、これくらいでいいか!」


 魔力で描かれた陣は壁に沁みていくように消える。目に見えないので視界の邪魔にならず、必要なときだけ現れる仕組みだ。ただし常にヒルデガルドが一定以上の魔力を保有していることが、魔法陣を維持する条件であった。


 ひと仕事終えてダイニングに戻り、椅子に座って深呼吸をする。古ぼけた新居の空気は、どこか懐かしくすら感じられた。


「ただいま~……って、どうしたの、大丈夫?」


 玄関を開けてすぐ目に飛び込んできた疲れ気味のヒルデガルドにイーリスが慌てて駆け寄る。彼女は「問題ない」と手をひらひら振った。


「防犯の準備に忙しくてね。今しがた終わったばかりで帰ってくるのを待ってたんだ」


 言葉も出てこないほど目を輝かせて驚くコボルトたちに微笑む。


「君たちにも部屋を用意してある。気に入ってくれたらいいんだが」


 奴隷としてでなくとも破格の待遇だ。コボルトたちは大きな尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうにばしばしと手を叩く。


「うんうん。ではこちらへおいで」


 コボルトたちを案内した部屋は二階でいちばん大きく、ベッドもふたつある。窓も広く陽射しは温かい。彼らが尻尾を大きく振って部屋の中をばたばたと歩き回る。かなり気に入ってくれたのでヒルデガルドも嬉しくなった。


「さて、ここで生活していくのに君たちをペットのように飼うつもりはない。そこで名前をつけようと思うんだが……」


 尋ねられてコボルトたちが顔を見合わせる。彼らは理性的に言語を理解できたり会話も多少成り立つが、必要がないためか名前など持つ習慣がないので、不思議に思いつつも人間の文化に触れられるからか、嬉しそうだった。「なまえ、ほしい。なまえくれる?」と返されて、ヒルデガルドはうーんと首を捻った。


「……うーん、私に名付けのセンスは期待できんが」


 使い魔の名付け親はすべて師匠であるアレクシアの命名だ。そもそもが引き継いでいるだけなので、いざ名前をつけるとなると、何も思い浮かばない。大賢者といえどいくら頭で考えても不得意なことはある。


 悩んでいるとイーリスが少し照れくさそうに自分を指差す。


「あの、ボクが考えてもいいかな?」


「ん? ああ、別に構わない。彼らが気に入るなら」


「だってさ。いいかな、君たち」


 イーリスの言葉に彼らは頷く。ヒルデガルドはもちろん、彼女が連れ歩くイーリスにも特に懐いているので、名前をもらえると分かって尻尾を振り回す。


「じゃあ、メイジの君がボブで普通の子はゴンザレスに──」


「やっぱり待て、イーリス」


 コボルトたちにはわからないだろうが、ヒルデガルドは『その名前で呼びたくない』と思ってしまい、咄嗟に彼女が名前を付けてしまう前に止めた。


「あ、もしかしてやっぱりつけたくなった?」


「ああ、すごく付けたくなった。譲りたくないくらい」


「あはっ。じゃあヒルデガルドに任せるよ!」


 ホッとひと安心だ。しかし、いざ自分が名付けるとなると、どうしたものかとまた首をひねる。ペットのような名前を付けたくはなかった。


「うーん、そうだな。ではまずメイジの君は……アベル。そっちの君はアッシュだ。どうだろう、そんなに悪くはないと思うんだが」


 呼びやすく覚えやすいよう意識して、それぞれを指差して言う。彼らが喜んでまた尻尾を振る。イーリスも「ヒルデガルドってすごく良い名前つけるんだね!」と感動していた。極めて普通では? とヒルデガルドは苦笑いだったが。

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