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第24話「新たな拠点」

────翌日の昼。


 コボルト二匹がアディクやイアンにも懐いたので、いったんギルドに預けておき、森での事件について憲兵とのやり取りも済ませたら、イーリスを連れて約束の時刻に合わせる形で商館へ向かった。ローブの中には大量の金貨が詰まった袋を持ち、揺れる馬車の御者台でしっかり抱えた。


 朝から小さい商館といえども忙しく、男たちの交わす言葉が活き活きとしている。フィルはそんな彼らに指示を出しながらヒルデガルドたちの到着を門前で待っていて、見つけるなりニコニコと大きく手を振った。


「おはようございます、ヒルデガルドさん。お待ちしておりました」


「おはよう。私も昨夜から楽しみにしていたんだ」


 硬い握手を交わす。隣でイーリスも一礼した。


「さっそく取引の件を進めたいんだが」


 金貨の詰まった袋を差し出そうとすると「ああ、まだお待ちください」とフィルは慌ててしまわせた。本当に気に入るかどうか、まずは実際に家を見てもらってからにしたいと彼は言う。互いに気持ちの良い取引をするために。


「なら私の借りた馬車で行こう。案内してくれるか」


「もちろんですとも。さあさ、行きましょう!」


 商館での仕事の多くはフィルの指示がなくとも慣れている者たちだけで十分だ。さっそく彼を御者にして出発した。町の景色は相変わらずごろつきの町と言われてもおかしくないほど強面な者たちばかりで、荒んでいるようだが町は綺麗そのもの。治安はよく守られているのだろうと見るだけで分かる。


「……良い町だな。みんな楽しそうだ」


「昔に比べて治安がよくなりましたからなあ」


 魔物たちによる襲撃が激しかった頃、イルフォードは今と変わらない冒険者の町ではあったが、治安は最悪だった。強い人間こそがルールとばかりに格差は開き、弱い者は囮にさえ使われた。少しでも魔物を減らすためだ、と。


 しかし、大賢者によって魔王が討伐された報せを受けてから、少しずつ治安は取り戻されるようになる。以前のままではいけないと横暴を許さない環境が創られ始めたのだ。フィルはもともと商売人だったのもあり、周囲の環境に適応して生きてはきたが、やはり心地良いものではなかったと話す。


「皆、生きるために必死でした。ほとんどが自分より弱い者を棒で叩くような真似こそ進んでしなかったものの、自分より強い者には逆らえない。世も末だと思ったもんです。今じゃ自由に商売ができるようになって、大賢者様のおかげですわい」


 ふと荷台を振り返り、そういえば、と彼が言った。


「今日はコボルトが一緒ではないんですね」


「ギルドに預けてる。人懐っこくて手間の掛からない子たちだ」


「なるほど。たしかに大人しい子たちでしたな」


 フィルが大きな家を指差す。低めの柵が囲む広い庭付きだ。


「なら、あの家はきっと広々として快適です。庭もあって、コボルトたちがいるだけで泥棒に入る者もいないはずです。大人しいなら庭を荒らす心配もないでしょうし、勝手に逃げ出す雰囲気の子たちでもないようですから」


 買うと言った家の大きさ。庭の広さ。どちらをとってもイルフォードでは随一で、豪邸と呼ぶにはいささかくたびれた木造ではあるが、ヒルデガルドの思い描く生活を送るには丁度いい、あるいは少し過剰なくらいだった。


「おお。資料で見たよりずっと大きく感じる」


「ハハハ、お気に召しましたかな」


「とても気に入った。いささか古臭い見た目なのも良い」


 森にあった自分の家と同じ匂いを感じて、恋しくすら思えた。もうずっと遠い昔のような温かい記憶。師と二人で過ごした時間。今では自分が弟子を持つ側に立ち、共に暮らそうというのだから不思議なものだと笑いがこぼれる。


「ここにしよう。いや、ここがいい」


「中はご覧にならなくてもよろしいんですか?」


「好きなようにするさ。ほら、受け取ってくれ」


 金貨の詰まった袋を受け取るも、フィルは戸惑うばかりだ。彼のイチオシの家でもあるので──金額は馬鹿にならないが──喜んでもらえて満足だったが、あとで「やはり嫌だ」と言われでもしたらどうしようか、と不安もあった。


「あ、言い忘れるところでした。中には既に家具も揃えてありますが、もし気に入らなければ撤去などもうちで引き受けております。もちろんサービスですので、必要であれば一ヶ月以内にお伝えください」


 言われてヒルデガルドが玄関を開けてみると、すぐにキッチンとダイニングルームが広がっている。大きな長テーブルには椅子が八つ並んでいて、過去には一時的な宿泊の利用もあったのだと話す。


「なるほど。まあ、壊れそうにもないのなら家具に拘りはない。それよりも、君の商館では冒険者とか鍛冶屋向けに武器や素材の売買を行っているんだろ。魔法薬の研究に使えそうな道具も置いてないかな?」


 尋ねられて彼はうーんと顎をさすった。


「うちでは取り扱ってないんです。あまり手広くやっても従業員の負担が増えるばかりで、それほど儲けも出ませんからね。すみません、他に出来ることがあるなら仰っていただければ、それなりにご用意はできるんですが」


 ヒルデガルドとしては道具が一番欲しいところだったが、無理を言って困らせるような趣味もない。


「ではひとつだけ。──ここを借りていることにしてくれないか? 金はあっても新米の冒険者でね。いくらコボルトがいてくれても『ブロンズの冒険者が住んでる』なんてうわさになったら、やはり誰かが侵入するかもしれないだろう?」


 女性二人とコボルトだけ。たしかに危険だ、と彼は深く頷く。


「わかりました。誰かに何か聞かれても、そのように説明します」


「ありがとう、頼りになる人で助かるよ」


「いえいえ、わたくしどもがお役に立てるのでしたら嬉しい限りです」


 握手を交わし、取引が済んだらフィルは他にやらなければならないことがあると言って二人を残し、徒歩で帰路に就く。気前の良い男の背中が小さくなるまで見送ったら、イーリスと二人で家の中に入った。


「よし。ではまず、自分の気に入った部屋を確保するとしようか」

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