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第21話「新居探し」

 あまり良くないとは思いつつも馬を急がせ、遅くならないうちにギルドへ戻り、受付で依頼書を渡して事情を伝えることができた。トラブル続きのヒルデガルドの表情には疲れが浮かんでいたが、それ以上に待っていたアディクの蒼白い顔ときたら、彼がどれほど心労に苛まれて気が気でなかったかがうかがえる。


 しかし、せいぜいできることは彼に対する労いの言葉を掛けるくらいなもので、ヒルデガルドは余計な首を突っ込みたくないがゆえにギルドに一任して注目が集まる前にギルド本館からさっさとイーリスとコボルトたちを連れて立ち去った。


「コボルトたちのこともすんなり申請が通せて良かったね。明日、また同じ話を憲兵の人たちに聞かせるのは少し面倒だけど」


「すぐ済む話さ。それより今から家は探せるのか?」


 イーリスはすぐに頷いた。夜暗くなってから家探しとは、そんな突飛な話を受け入れてくれる者などそうはいないだろう。だが彼女は「問題ないよ、起きてさえいれば」とあっさり答えたのだった。


 向かった先は町の小さな商館だ。冒険者の町で武具の売買を仲介しており、鍛冶屋向けの質のいい鉄などを仕入れていることも多い。商館長であるフィルという男は不動産も多く所有し、賃貸しや売却なども行っていた。


 彼が部下に任せて眠っていることもあれば、夜遅くまでロビーで仕事に勤しんでいることもあるらしく、彼の気分次第だとイーリスは話す。


「なぜ商館は小さいんだ? 売り上げもあるだろうに」


「忙しくなるのが嫌いだからだってさ」


 そう言えども、小ぢんまりした商館は、その大きさのわりには忙しそうだ。手広くやればやるほど全部に気が回らなくなってしまってトラブルが起きるくらいなら、在庫管理のしやすい仕事量に絞りたいからと、あえて小さくしてあっても取引は多いらしい。


「……あ、起きてるみたい。運が良いね」


 商館の受付カウンターの前で部下と談笑しているフィルを見つける。小太りで、髭をたっぷり蓄えた気の良さそうな男がイーリスを見つけると優しく微笑む。


「イーリスじゃないか。どうしたんだね、こんな時間に」


「おじさま。実はボクたち、家を探していまして」 


 彼の瞳はすぐに商売人のものへと変わった。


「それならいくつか良い家が。希望はあるかい?」


 イーリスに視線を送られて、ヒルデガルドが答える。


「魔法の研究に使える工房が欲しいから広い間取りが良い。住むのは私とイーリス、それからこっちのコボルトたちの計四名だ。騒音などは起きないから場所は選ばない。予算はいくらでも。必要なら言い値で買おう、用意できるか?」


 明確な条件を出され、そのうえ「前金だ」と差し出された小さな布袋に詰まった中身が、全て金貨であるのを見れば断る理由はない。フィルは部下に「しばらく席を外してくれ」と場を離れさせた。


「改めてご挨拶しましょう。ワシはフィル・ストーンウィークです」


「ヒルデガルド・ベルリオーズだ」


 軽い握手を交わす。フィルは「へえ」と驚いた。


「大賢者様と同じ名前をお持ちとは。それに、どこか……以前違う町で見かけたことがあるのですが、雰囲気もそっくりですね。名家の方ですか?」


 遠まわしに探りを入れているのだろう、ヒルデガルドにはまったく通じるものではない。彼女は首を横に振って、わざとらしく残念そうな表情をつくった。


「そのように褒められるのは悪い気がしないが、私は大した身分じゃなくてね。家をひとつ買うくらいの財産は残っていても、他には何も」


 なにひとつ嘘を言っているつもりはなかった。大賢者だと言えば良い身分なのかもしれないが、ヒルデガルドにとっては興味がない人間と同じくらい価値を感じなかったし、家ひとつ買う財産以外はすべて燃やして何も残っていない。


「そうですか……お若いのに苦労なさっているようだ」


「まあ、それなりにな。で、用意はしてもらえるか」


 フィルは力強く頷いて返事をした。


「資料をお持ちしますんで、そちらのソファにでも掛けてお待ちください。きっと気に入って頂けますよ」


 しばらく待ってフィルが資料の束を抱えて戻ってくると、暖炉の傍で暖まりながらテーブルに広げた。どれもイルフォードでは目立つような大きい家ばかりで、間取りもヒルデガルドの希望に沿うものになっている。


「ね、ねえヒルデガルド……流石に高すぎるんじゃ……」


「そうか? どこでも買えるが。ここはどうだろう?」


 彼女が指をさしたのは、イルフォードの町でも特別に大きな空き家だ。冒険者ギルド『竜の巣』にも近く、歩いて数分の場所にある。広い庭もあり、多少の実験くらいならばできるだろうとフィルもオススメする。


 問題は予算だ。フィルは受け取った前金を見て驚きはしたが、だからといって自身が勧めた家が彼女に本当に買えるだけの資金があるのかと訝しむ。


「ヒルデガルドさん。もし、もしですが、予算が厳しいのであれば賃貸という手もありますよ。もちろん本来は高いですが、ランクは低くても冒険者が払える程度にしておきましょう。イーリスの友人ですから、特別に」


 駆け出しの冒険者で、しかも多少の財産はあれど平民の出ならば限界はあるだろう。しばらくは借りておいて、貯金を切り崩しながら生活の安定が図れれば今後にも困らないはずと彼なりに考えての提案だった。


 しかし、ヒルデガルドはソファに体を預けて──。


「必要ない。この額ならばすぐにでも用意しよう」

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