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第20話「はやく帰ろう」

「ヒルデガルド、このコボルトたちはどうするの?」


「私たちの馬車に乗ってもらおう。念のためだ」


 すっかり人間に対する敵意はなくとも、自分たちを奴隷にした者への憎悪が消えるとは考えられない。突然、身動きが取れないからと報復に出ないとも限らないので、自分たちの馬車に乗るよう促すと彼らは気前よく尻尾を振って喜んだ。


「なんだかすごく嬉しそうだね、この子たち」


「もう自由の身だ、誰でもそうなるさ」


 奴隷として飼われ、理不尽な暴力にいくつの涙を呑んできただろうか。滲んだ血が乾き、毛はごわついて、飼い主が温かい毛布を着て寝ているときには凍った土の上で震えながら過ごしてきた。


 生きることに縋りつき、何度も振るわれる暴力に耐え、ようやく陽の光の当たる場所で暮らしていける機会に恵まれたのだ。嬉しくないはずがない。


「……にしても、コボルトメイジまで奴隷として飼うだなんて。いくら臆病でも強いから捕まえるのは楽じゃないよね……奴隷商がいるのも問題だけど、いったいどうやって捕まえたんだろう? 首輪をつけるまでは凶暴のはずだよね」


 呪いのかけられた番号の付いた首輪は、彼らが主人に逆らって攻撃しようとすると全身に痛みを走らせる。逆に逃げ出そうとしてもそうだ。主人の意思に反して離れようとしたら脱力してしまう。


 しかし、その首輪をつけるまでの抵抗は激しい。命の危機に瀕したコボルトは温厚で臆病といえどもよく暴れる。コボルトメイジは通常のコボルトよりも知能が高く、魔法を使わせてしまえばシルバーランクの冒険者であっても手こずるだろう。生け捕りにして奴隷として売るなど普通なら信じがたい話だ。


「連中が口を割ってくれたよ。魔導協会が関わっているらしい」


「えっ? 魔導協会って、あの優秀な魔導師ばかりが集まる……」


 イーリスが唖然とする無理はなかった。魔導協会は人々の生活に役立てる魔法から、魔物に対抗しうる(すべ)まで幅広く研究し、極めようとする者が多く、とくに上層部においては歴史に名を残してもおかしくない。


 所属するには魔導学院に通い優秀な成績を収めている必要があるが、学費が高く通うだけでも苦労する。イーリスのような小さな農村出身で、冒険者ギルドに所属していてもブロンズ止まりでは、とても生活と両立はできなかった。


「連中は私のこともよく知っている。せっかく世間の評判から切り離されたばかりだ、正直な気持ちを言えば……あまり関わりたくはない」


「じゃあどうするの? このまま、今はとりあえず様子を見る?」


 本音を言えばそうしたいのは山々だ。ヒルデガルド・イェンネマンは世間的には──今のところはだが──死亡したことになっている。自分を殺そうとした何者かに『まだヒルデガルドは生きている』と確信を与えるうえ、ベルリオーズについての記録は既に家ごと焼却していても『ヒルデガルドという魔導師』の存在が知れ渡れば疑念の目を向けられるだろう。今の時点で居場所は知られたくなかった。


 たとえ不老不死だとしても、首を落として神経を切り離してしまえば無力な肉体に過ぎず、対処法はいくらでもある。また襲撃されるのは不安で仕方ない。


 だが、自らの命と引き換えに他人を犠牲にする手段はヒルデガルドには選べない。イーリスが目指した大賢者は、やはり誰かの役に立ちたいと心の底で願っていたから、やはり自分は二の次に考えていた。


「いや、調べてみよう。私が直接探りを入れるのは難しいかもしれないが、プリスコット卿であれば情報屋との太い繋がりがある。彼に手紙を出そう」


「プリスコット卿って、あの〝大陸の大槍〟……知り合いなの?」


 尋ねられてヒルデガルドはどうでもよさそうに遠くを見つめて。


「役に立つと思っている程度の仲だよ。あまり彼には頼りたくないんだが」


 何か機会があるたびにお茶に誘われるので、彼の好意自体が悪いものではないから無下には扱わないが、ときどきうんざりもした。


 しかし、今回ばかりは彼を頼らざるを得ない。もしそれで声でも掛けられたら、応じなくてはならないだろう。何度かこれまでも受けてきたことはあったが、いつもひと言も話さないので何が楽しいのかと思うばかりだ。


「ふふ、ヒルデガルドはやっぱり優しいんだね」


「さあて、どうだか。ただ面倒が嫌いなだけかもしれんぞ」


 馬車は町を目指して走る。ふとイーリスがコボルトたちを振り返った。


「……? あれ、今何か聞こえなかった?」


「何が。別に私は何も──」


 否定しようとした直後、低くざらついた声が小さく響く。


「ヒルデガルド。ヒルデガルド?」


 コボルトメイジが首を傾げて指をさす。


「ああ、私の名前はヒルデガルドだ。喋れるのか?」


「おぼえた、すこし! はなせる、すこし!」


 それは驚くべきことだった。ヒルデガルドも初めて耳にした、一般的なコボルトの高度な言語への理解。発音にはややがさつくような聞き取りにくさはあるが、矯正もできそうに感じられる。彼女はそのままもう一方にも目を向けた。


「……! が、がう……!」


 自分は話せないのが申し訳なさそうに耳が倒れた。


「いや、話せなくて元々だから落ち込まなくていい。……しかし、そうか。言葉が話せるとなれば魔物との明確な言語の意思疎通で、彼らの生態を詳しく知ることが出来るかもしれない。これは興味が湧いてきたな」


 ぽんと手を叩き、名案を思い付いたと喜ぶ。


「イーリス、戻ったらすぐに新居を探そう。君のこれからのために工房も用意したいし、彼らに言語を学ばせる落ち着いた環境も欲しい。もしかすると良い助手になってくれるかもしれんぞ。楽しみになってきたな」

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