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第19話「後ろ盾」

 イーリスたちの到着を待つ間、焚火を大きくして暖を取って過ごす。コボルトたちが小屋の中を物色して大きな網を見つけ、それを持って森のどこかへ消える。それからほどなく戻ってきた二匹は、何匹かの川魚を網に捕まえて嬉しそうにヒルデガルドの傍へ駆け寄った。助けてもらった礼のつもりらしい。


「良い子たちだ。串焼きにして一緒に食べよう」


 拾った木の枝が瞬く間に鋭く尖る。コボルトたちには魚を焼いて食べる習慣がないので不思議そうに見守っていたが、焼けあがったものを食べて、かなり気に入ったようで驚きと充足の混ざった表情を浮かべた。


「ハハ、満足できたみたいだな。……よくもまあ魔物とはいえこれほど愛くるしい者を奴隷にした挙句、痛めつけられたものだ。君たちが本当に同じ人間なのかと疑いを持ってしまうよ。まっとうに生きているのを侮辱されてる気分だ」


 縛られた男たちは睨まれて気まずそうに視線を逸らす。


「それで、この子たちはどこで誰から買った?」


 イルフォードのような冒険者たちの大勢集まる町では、人目に付きやすく奴隷商たちも近寄らない。彼らが買ったとしたら別の町か、あるいは道中の誰の目も気にならない場所で取引は行われたはずだと確信がある。


「知ってどうする。憲兵にでも突き出すつもりか」


「ああ、そのつもりだが。何か問題でも?」


 男が小馬鹿にして鼻を鳴らす。目を吊り上げて「お前は何も分かってない」と、堂々とした態度をみせる。他の男たちは俯いたままだが、同調するように小さく頷いていた。どこか怯えのようなものさえ感じられる。


「ふむ……つまり、君たちには後ろ盾があると」


 魚をひと口かじって小骨を焚火の中に放り込む。


「そうさ。俺たちを放した方が身のためだ、あの魔導協会の上層部がついてるんだからな。代わりに俺たちもお前のことを喋ったりしない。悪くない取引だと思わないか? お互い生き残るにはそれしかない」


 話を聞きながらヒルデガルドは追加で魚を焼き、コボルトを撫でて半ば興味もなさげに「そうか」と短く返事をした。だが気に掛けなかったわけではない。彼の話を嘘だと思わず、むしろ大いに可能性はあると認識した。


 魔導協会に所属する人間でも上層部は大魔導師の称号を持つ者たちで固められている。どこにでも顔が利き、それこそ悪事に手を染めても隠蔽など容易い話だろう。ブロンズの冒険者など吹けば飛ぶような存在だ。


 ただし、普通の冒険者ならばの話でしかないが。


「君の言う上層部とは全体か、それとも個人か? いずれにせよ、私がそれで恐れるとは思わないほうがいい。たかが(・・・)大魔導師の集まりだろう」


 食べ終えた串を男の傍に投げて転がす。突然小さく燃え上がって灰になり、風に吹かれるとどこかに消えてしまった。


「私を超える魔導師など今後百年は現れんさ、一人を除いてな」


「な、なに言ってんだお前は……頭がおかしいのか!?」


「事実だけを述べているつもりなんだがね」


 食事を終え、手についた食べくずや煤を払いながら。


「君たちの後ろ盾になっているのか誰か言えば、少なくとも君たちが命を落とすことはないかもしれない。──どっちに賭けるか、今ここで選んでみたまえ」


 当然、彼らはヒルデガルドの言葉に耳を貸さなかった。冒険者をやっている名も知らない魔導師よりも、権威ある上層部の大魔導師のほうが恐ろしく感じるのは誰でも同じだ。彼女は分かっていて選択を迫っていた。


「ふうむ。まあ、私に賭けてもらえないのは残念だが仕方あるまい。何事も結果が出なければ分からないものだ、あとは流れに身を任せよう」


 ニコニコと面白がるヒルデガルドの肩をコボルトがちょん、と指でつつく。鼻をひくつかせていて、しかし怯える様子もないのでイーリスが戻って来たのだろうと分かり、「いい子だ」と優しく頭を撫でると嬉しそうに唸った。


 イーリスは数人の冒険者を連れて戻って来た。全員が胸に金の剣のバッジを付けていて、アディクが安全の最優先として緊急で手配してくれたらしい。騎士のように重厚な装いの大男が、捕まっている男たちを一瞥した。


「おひとりで捕まえたんですか?」


「いや。この子たちが手伝ってくれた」


 ヒルデガルドの傍で跪く二匹のコボルトにぎょっとする。


「コボルトが跪くなんて……何者なんです?」


「ただの冒険者だよ。彼らは奴隷として飼われていたようだ」


 傷だらけの身体を見て、なるほどと納得する。捕まえられていた男たちも否定せず、だんまりを決め込んだままだ。


「捕まっていた二匹を助けたんだ、その礼のつもりなんだろう。ずいぶんと懐かれてしまったし、せっかくなら連れて行ってやりたいんだが」


「事情もハッキリしていますし、魔物といえども保護されたコボルトなら問題はないでしょう。ギルドで申請すれば連れ歩くこともできるはずです」


 聞いてヒルデガルドはホッと胸をなでおろす。彼らが町へ入れるなら、それなりの待遇を受けられる環境が作れるかもしれない。


「ありがとう、えっと……」


「クレイグです。クレイグ・ウォール」


「ヒルデガルド・ベルリオーズだ」


 改めて挨拶を交わしている間に、他の者が捕らえた男たちを馬車に乗せる。完全に暗くなってから森を出るのでは危ないので出発を急いだ。

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