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第17話「不愉快だ」

 コボルトたちは臆病で、動きは俊敏だが強くはない。鋭い爪も持っているし扉を壊すくらいはわけないが、だからといって人間に安易な関わり方をするほどまぬけでもなかった。それだけ嗅覚が優れている証左でもある。


 畑を荒らしたり、ときどきちょっとしたいたずらをする者もいるが、ゴブリンとは違って攻撃的な個体はほとんどおらず、コボルトロードと呼ばれる人間でいう王、あるいは指揮官にあたる者がいなければ日陰にいるのが当たり前だ。目の前の個体は希少ではあったが、好き好んで戦闘を行うようには見えなかった。


「どうするの? また何かしようとしてるよ!」


「焦らなくていい。まずは捕まえることにしよう」


 驚くべきことに指をひとつ鳴らすだけでコボルトたちの体に光の縄が絡みつき、バランスを崩して彼らは屋根の上から二人の前に転がり落ちてしまった。筋肉質ではなくとも魔物の体は頑丈で、それくらいなら骨のひとつ折れもしない。少し痛そうには見えるがまったく問題ない、とヒルデガルドは彼らの傍に屈んだ。


「……やはりか。見ろ、首輪をつけられている」


 コボルトたちの首には革製の首輪が付けられ、留め具にはそれぞれ数字が刻まれている。「奴隷商が売買のときに名前の代わりとして付ける番号だ」とヒルデガルドは苦々しい顔つきで怯える彼らの首に触れた。


「怖がらなくていい。人間の言葉は理解できるか?」


 必死で頷くコボルトたちにイーリスが目を丸くする。


「わあ、本当にコボルトって知能が高いんだね」


「だから奴隷として売られるんだ。……私のせいでもある」


 彼女が魔物についてまとめた本が世に出る前、それほどコボルトを奴隷市場で見かけることはなかった。時折『他のコボルトとは違う』という触れ込みで彼らの知能の高さに気付かず売られている程度だったが、彼女がコボルトの生態や知性について書き記したところ、たった数年で件数は何倍にもなってしまった。


「魔物とはいえ、こうして怯えている姿を見れば哀れなものだ。君たちの主人はここへ戻ってくるのだろう? よほど怖いらしいな」


 怖がって身体を丸めているのを見て、優しく頭を撫でる。


「安心したまえ、君たちに敵意はない。穏やかに生きたいだけなら力を貸してやる。その代わり、私の願い事を聞き入れてくれると嬉しいんだが」


 ぱっと見ればただの女性の冒険者だ。普通の人間ならば信用などしなかっただろうが、二匹のコボルトはヒルデガルドに対する本能的な強い安心感を覚える。多くの魔物と対峙してきた、その秘めたる何かに惹かれるかのように。


「言葉はどこまで理解できる? 私の言葉が細かくても平気か?」


 コボルトメイジが頷く。ヒルデガルドは二匹の縄を解いた。


「よろしい。主人が戻る時間はいつだ、暗くなってからか?」


 背に腹は代えられない。今よりも状況が良くなるならと二匹は唸って返事をする。見えるいくつもの血で固まった体毛は怪我の跡だ。彼らがいかに扱われてきたのか、想像に容易い。腹立たしさが胸の奥から込み上げてきた。


「……よし。ではイーリス、暗くなる頃にここへギルドから救援を呼んできてくれ。それと道中で誰にも出会わないよう少しだけ遠回りをするんだ」


「うん、わかった。すぐに出発するよ、待ってて!」


 来た道を引き返すイーリスを見送って、ヒルデガルドはローブを着直す。


「すまないな。下らんものを書かなければよかった。……魔王も死んだというのに、この世界はあまりにも腐った人間が多すぎる。少しずつでも正していかないと、私たちも穏やかには生きていられなくなりそうだ」


 不愉快だった。少しでも人々に知識を与え、知恵を与え、生活を豊かに安全なものへ変えてもらうための共有のつもりが『魔物だったら構わないだろう』と考える人間の私欲のエサにされ、奴隷売買を加速させているなど。


「さて……どこの誰かは知らんが痛い目に遭ってもらうとしよう。君たちは手を出さなくていい、ギルドの人間が来たら私に話を合わせること。それだけ出来れば安全は間違いない。平穏な生活も取り戻してあげよう」


 気合の入ったコボルトたちを見てフッと笑いが漏れる。ヒルデガルドにはもう彼らの主人がどのような人物かは想像がついていた。コボルトメイジを奴隷として連れるのには、それなりの実力が必要だからだ。


「君たちの主人は冒険者だろう? これではどちらが魔物か分からんよ。……すまない、謝罪する。君たちが魔物であろうとも、穏やかな心の持ち主が静かに暮らせる未来を必ず作ると約束しよう。今はそれくらいしかできんのでね」


 想像していたよりも醜い世界。自分が見たかったものとは違う景色にうんざりしつつ、ならば変えていこうと決意をする。ヒルデガルドという一人の人間にできるところまで。


「ではのんびり夜を待つとしようか」


 誰が来ても彼女には同じこと。コボルトたちが怯えず、むしろ懐いてしまうのも納得の静かだが力強さを感じられる雰囲気。傍で腰を落として膝をつく二匹の少しごわごわした毛並みの頭を撫でながら、黙ったまま夜を待った。

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