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第15話「せっかくだから」

 受け取った依頼書を腰のベルトに括った細長い筒に入れながらイーリスはニコニコする。誰にも言うことはないが、自慢の師匠と共に冒険者が出来るのが嬉しくて仕方がない。


「……あ。ヒルデガルド、これ」


 着ているローブのポケットに入った金貨を取りだす。先日の賭けで、いっさい手を付けなかったものだ。『もし事実だったら返す』という勝負はヒルデガルドの勝利に終わっていたが、慌ただしかったので返すのをすっかり忘れていた。


 だが、それは当の本人も同じで頭の片隅にもなかった。


「君が使え。私には必要ない」


「ええ……? でも結構な額だよ」


 金貨は一枚あれば一ヶ月は贅沢をして暮らせるものだ。ヒルデガルドは「金の詰まった袋に数十枚は入ってる」と堂々に答えた。魔王を討ち果たした恩賞として多額の金銭を授かったが、研究にはそれほど必要もなく、かなり余っていた。


「私が研究していた魔法薬は貴重な素材が多く必要だったから、金を使うよりも自分で採りに行くのがいつものことでな。必要になったのは研究に使う道具や場所を借りたりするときくらいだが……まあ殆ど自分の工房だった」


 落ち着いて研究する環境。誰の邪魔も入らない。となれば工房を持つことが一番だ。最初こそ場所を借りることも多かったが、自身が買った小さな森の中に工房を建てたあとは、ずっとこもりきりで外に出るのは道具や食糧を揃えるときだけ。


「私に必要だったものは作り終えた。なんなら君が管理してくれても構わないぞ、好きに使ってもいい。これから大魔導師になるのに勉強をするのなら成功も失敗も繰り返していくだろう? 私からの投資だと考えたまえ」


 颯爽と歩きだすヒルデガルドの隣に並び、イーリスは「それじゃあ」と名案を思い付いて手を叩く。


「ギルドにいるよりボクたちで家を買わない?」


「私はなんでも構わないよ。だが理由だけ聞いてもいいか」


「うん。いつまでもギルドの宿舎を借りるのって損だからさ」


 イーリスはときどき宿舎ではなく町にある狭い安宿を借りる。ギルドの提供する宿舎は快適だが、そのぶん料金が高めに設定されているからだ。何日も借りようと思えば依頼を頻繁に受け続けなければならないし、それぞれランクが変われば専用の宿舎以外は借りられないので、結局掛かる費用と収入も微々たる差が出るだけだ。


 宿舎を無償で提供されるのは最高ランクのプラチナに到達している冒険者、あるいはプラチナランクのパーティに限られていた。


「ボクも宿舎じゃなくて安宿を借りてることが多いんだけど、せっかくならヒルデガルドの言う通りに落ち着ける環境があると良いし……あっ、もちろん許される予算内で! 冒険者の町は意外と広いし売り家もそこそこあるんだ!」


 うーん、とヒルデガルドは空を仰ぐ。


「別に予算なんかどうでもいいんだが、狭い家はだめだな。二人で過ごすならそれなりに広いほうが良いし、私の経験上、どれだけ頑張っても工房は思ったより片付かなくなってくるものだ。最初から余裕があるほうがいい」


 研究熱心で些細な変化も見逃さない努力家でもあるヒルデガルドだが、片付けに関しては小さい頃から苦手だ。定期的に掃除はしても、二日もすれば元通りになってしまう。本人でさえ納得がいっていない。


 ならば金をかけて最初から広い家を用意しておけば、多少散らかっても気にならないと思ったようだ。イーリスは苦笑いを浮かべていたが。


「それなら家を紹介してくれる人がいるから、今日の仕事が終わったら会いに行こうよ。ボクもいくつか気になってる物件があるし」


「悪くない。なら早々に済ませるとしようか」


 二人でギルドの厩舎へ向かい、依頼書を見せて馬車を借りる。以前よりも小さな馬車に乗り込み、ヒルデガルドが御者台に座った。


「あの、ボクが荷台でいいの?」


 弟子の身分で──それも大賢者の──荷台に座ってゆっくりしていいものか、自分が操るべきではないかと落ち着かない様子だったが、ヒルデガルドは首を横に振って「いやあ、たまには手綱を握るのも悪くない」と微笑む。


 イーリスが弟子となれたことを喜んだように、彼女もまた自分に弟子が出来たことが嬉しかった。かつて自身が学んだものを、受け取ったものを誰かに繋いでいける気持ちは、これほどまでに爽快なものなのか、と。


「さ、行こうか。せっかくだ、セリオンほどじゃないが面白い話がいくつかあるんだ。君も気に入ってくれるんじゃないかと思うんだが、聞いてみるか?」


「ヒルデガルドの話が面白くないはずがないよ」


 大賢者の口から語られる話が面白くないと言えば、世の中にある大半の出来事はつまらないし聞く価値もなくなってしまう。それほど彼女の紡ぐ物語に迫れるのは貴重で、耳にする機会など本来ならあり得るはずもない。


 照れくさそうに「そうだなあ、ではまずひとつ」と馬車を走らせた。


「その昔、私にも師と呼べる人がいた。親代わりでもあって、頼りにもなる優しい人だった。アレクシア・ベルリオーズ……私の敬愛した大魔導師の名だ」

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