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第39話「運命共同体」

 自信に満ちた表情のヒルデガルドに、リュウシンはイライラした。とにかく腹が立って仕方がなかった。ギリギリと歯を鳴らして、手に握り締めた巨大な球状の突起のある金棒を握り締め、地面をずんっと軽く一回たたいて揺らす。


「舐めくさりやがって、誰だか知らねえが後悔しても遅えぞ!」


「さて、それはいったいどちらの話かな?」


 息の詰まるような緊迫感の中、ふたりはぶつかり合った。ヒルデガルドが行う身体強化と徹底的な防御は軽々と攻撃を往なす。最小限の衝撃に抑え、反撃の機を窺って、針の穴ほどの小さな隙を決して逃さず雷撃を打ち込む。


 威力こそ低いが高速で放たれる魔法は、大振りな動きをするリュウシンには躱しきれない。打ち込まれて、半ば無理やりに肉体で受け止めながらヒルデガルドを狙った大きな一撃を振りかぶった。それでも彼女に触れることは叶わない。 


「こっ……んの、人間風情がァ!」


 一瞬、ヒルデガルドは戦いの最中に転がっていた石ころに足を取られて態勢を崩す。振りかぶられた金棒の一撃を防ぐために魔力を集中させ、往なすのではなく耐えるための壁を張った。


(ああ、これは無理だな。仕方あるまい)


 打ち崩されたうえで、身体に強烈な一撃が食い込んだ。壁を張っていたおかげか、頂上の土俵の外へ飛ばされることはなかったが、何度か地面を叩きつけられ、大量の血を吐き出す。久しぶりの痛みの感触に手足が震えた。


「なんだ、今ので死なないたあ、お前、本当に人間か」


「生憎と便利な肉体を手に入れたものでね。不死者は初めてか?」


 煽られて、リュウシンの額には青筋が浮かぶ。


「ああ、うぜえな! 分かった分かった! ちったあ遊んでやるくらいの気構えでいたが、もう加減なんぞしてやらねえ!」


 リュウシンの握り締めた金棒に赤黒い雷が帯びる。さきほどまでとは違い、今度は妖力を込めて破壊力がさらにあがった。そのうえ先端がこつんと地面に触れただけで雷鳴のような音が轟き、ヒルデガルドもさすがに息を呑んだ。


(……桁が違う。なるほど、気配を隠すのが上手いというだけある。だが戦い方は既に学んだ。冷静に弱点を探していけば──)


 瞬きをする暇などない。ぞくりとしたのは、もう眼前にリュウシンが迫っていたからだ。急いで身を捩ったが、完全に躱すとはいかず、片足を叩き潰される。体勢を崩され、地面に転がったと同時に彼はヒルデガルドを捕まえて空高く放り投げた。


「口ほどにもないクソ人間如きが、ちょっと俺と戦えたからなんだってんだ? 結局、どれだけ策をめぐらせたところで──強い奴が勝つだけだ!」


 落下してくるヒルデガルドを、金棒を構えて待ち受ける。直撃すれば彼女の細い身体など塵のように弾け飛ぶ。──だが、一発逆転の目は残っていた。


「──〝クリア・ゼロ〟」


 膨大な魔力の消耗はあれど、これ以上ない最強の魔法。ヒルデガルドだけが操れる魔法の輝き。直撃した対象物を消滅させる光。だが、リュウシンは、初めてみるその魔法と彼女の強い勝利を渇望するような瞳に、金棒を振るのを辞めた。


 一歩遅く、彼の武器をかすめる。白い輝きは金棒を覆い尽くして黒く染まり始め、仕方なく手放した。


「お、俺の烏丸が消えやがった……。とんでもねえ奴だな」


 怒りと衝動に満ちていたリュウシンも冷静さを取り戻すほど、彼女が放った魔法は脅威を感じさせた。どれほど強くとも、掠った瞬間に終わりだ。


 しかし、ヒルデガルドが着地に失敗して──実際は無属性の魔法を使った反動で動けなかった──べしゃりと叩きつけられ、立ち上がるのもままならないのを見て、彼はげらげらと汚く大声で笑って嘲った。


「ぐははっ! 愚か、実に愚かなりや! それがお前の全力だったというわけだ!? 肉体から精気が感じられんところを見れば、もはや打つ手なしと見た!」


 力の大半を取り戻して、一発が精々の大技。ぜえぜぇと肩で息をするヒルデガルドを見れば、もはやトドメを刺すのに十分なほど弱っていると誰でも分かる。


 彼女に一歩ずつ寄ってリュウシンは着物の袖を捲った。


「ここいらが潮時だ。おい、ヤマヒメの姉御。殺しちまうがいいんだな?」


 座ったまま、ヤマヒメは動かない。


「まあ別に構いやしねえよ。ここで死ぬなら、それもまた運命だろう。わちきは受け入れる覚悟があって座ってる。……だけどもよ。わちきが思うに、能ある鷹は爪を隠すもんだ。残念だが、てめえにゃあ、そいつら(・・・・)は殺せねえ」


 何を言っているのかとヒルデガルドのいるほうへ向き直ったリュウシンは、庇うように立ちはだかる小さな角を持った生き物を見た。弱々しく、幼子のような姿をしているのに、瞳のギラつきはとても強くて気高い。


「お前、姉御にくっついてたチビか。なんのマネだ、捻り潰すぞ」


 指一本でも仕留められるような相手を殺したところで、なにひとつ気分も優れない。尻尾を巻いて逃げ出すのならそれでいいと思ったが、イルネスは決して退く気配はなく、また苛立ってくる。


「ぬしにヒルデガルドは殺させぬ。いや、殺せぬじゃろうな」


「……は、ハハハハハ! それだけズタボロで何が出来るんだ!? 立つこともままならない、魔法も撃てねえ奴に、いったい何の期待をしてんだ、お前は?」


 イルネスはヒルデガルドから竜翡翠の杖を借りて、地面に突き立てる。


「期待ではなく確信じゃ。儂にはヒルデガルドを勝たせられる手段がある。少し前、魔核が崩れかけておった儂には出来なかったことでも、今ならのう」


 杖が強烈な輝きを放ち、イルネスとヒルデガルドを中心に巨大な深碧の魔法陣を広げる。


「我が名はイルネス・ヴァーミリオン。万物を討つ魔王なり。この身、この魂、この力のすべては、我が盟友ヒルデガルド・イェンネマンと共にあることを誓う!」


 魔法陣の中、輝きに包まれる二人。大きな揺れの中、必死に杖を支えるイルネスの傍に、ヒルデガルドはやっとの思いで膝をつく。


「……心地が良い。君にはいつも救われるな」


「阿呆、ぬしが死ねば儂も死ぬ。運命共同体じゃ」


 二人してくすっと笑って、イルネスは杖を放す。高く舞い上がった杖は魔法陣の中心で光の中に消える。


「さあ、ヒルデガルド。儂の秘策を見せてやろう。これぞ生物の神秘、デミゴッドである儂にのみ許された魔法──〝インテグレイション〟をな!」

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