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第34話「試練」

────ヤマヒメの提案は避けようもないものだった。ヒルデガルドは、それに賭けて、二年の月日をただひたすら待ち続けた。なんの使い道があるかも分からない宝玉を暇なときは磨いて、ときどき魔力を取り戻すために修業もしてみたが成果は出ず、暑い日も寒い日も乗り越えて、ただひたすらに無力感と戦いながら時間を過ごした。


 二年の月日、ヤマヒメは都にいる男衆たちにも手伝わせ、各地に伝令を走らせて次々と多種多様な魔物を駆逐。その内容が『客人である人間が安全に出歩けるようにせよ』というもので、主君の友のためならばと燃え盛るような勢いだった。


 討伐された魔物たちの魔核は都へ献上され、イルネスはそれを次々と取り込んだ。そうして毎日が過ぎ去っていく中、既に強さはデミゴッドに僅か届かない程度まで戻り、彼女自慢の角は以前と同じ立派な伸び方をした。


「いやあ、わちきもここまで上手く行くとは思っていなかったな」


「二年掛かったのう、まだ最強のデミゴッドには程遠いが」


 自慢するようにヒルデガルドに擦り寄るので、彼女は宝玉で殴ってやろうかと思うほど苛立ちつつも、口端をヒクつかせながら「良かったな」と愛想笑いを向ける。


「ぬははは! ホウジョウ各地の魔物も八割は駆逐したと聞いておるゆえな。残りの二割もさっさと魔核を喰らって、儂が先に強くなってぬしを守ってやろうではないか! ぬっふっふ、そして二度と頭があがらぬようにしてやる!」


 しかし、とイルネスの興味は宝玉に移った。


「この神の涙とやらも役に立たん奴じゃな。これから使い方を調べようとはしておるが、ちっとも進展がないまま二年が経つとは」


 ヒルデガルドから宝玉を奪い、ボールのように指先でくるくる回して遊び、軽くひょいっと浮かせて、手に持った。ただのオモチャのようだ、とイルネスが嘲った瞬間、宝玉が赤黒く輝き始め、何が起きたのかと全員が見守った。


 直後。ほんの数秒で、いきなりイルネスの身体が縮んだ。


「……ぬっ? え、ちょっと……待って、何が起きたんじゃ?」


 ごろん、と宝玉が畳の上を転がった。もう輝いてはいなかった。


 ヤマヒメは縮んだ彼女を見て、プッ、と小さく噴き出す。


「ぶはははは! いらねえことすっからだ、バーカバーカ! 前に説明してやったろうが、魔物が触ったら力を消滅させられるってよお!」


「はあ!? こんな一瞬で吸い取られると思わんじゃろうが!」


 腹を抱えて震えながら床をどんどん叩くヤマヒメに、イルネスが背中にのってぽかぽかと必死に殴ったが、まったく効いている様子はない。ヒルデガルドもさすがに呆れて、額に手を当てながらため息を吐く。


「あのな……。騒いでる暇があるなら状況を整理しよう。この場合、イルネスの魔核はどうなったんだ。前みたいに崩れかけにされたのか?」


 ひとしきり笑って満足したヤマヒメが背中に乗ったイルネスに構わず座り直して、目に浮かんだ涙を指で拭いながら。


「いやあ、大丈夫だ。かなり萎んじまったけど、魔核自体は言やあ健康そのもの。残り二割の魔物を喰って、適当に休んでりゃあ、きちんとデミゴッドとしての力量は取り戻すさ。けどもよう、わちきのときは、そんな勢いじゃなかったのにな?」


 たしかに、とヒルデガルドが手に持ってまじまじと見つめる。


「なぜだろうな。何か違いがあるとしたら、私が暇で毎日磨いてたことくらいか? 祠にあったときは砂やら埃やらで汚れていたし」


 と、覗き込んだ途端、今度は青白く宝玉が輝き始めた。凄まじい輝きは昼間にも関わらず都全域を奔るほどで、一瞬にしてすべての視界が奪われた。


 何もかもが失われたような感覚。暗闇ではなく、一面の真っ白な世界。ヒルデガルドは自分の意識がハッキリしたとき、その真っ白な世界でも自分の姿を認識できた。徐々に感覚が取り戻されてきて、ようやく思考も正常になる。


 だが、理解ができなかった。自分が何をするべきなのかも分からず、呆然と立ち尽くすだけ。ヤマヒメやイルネスはどこへ行ったのだろうか? 二人の名前をいくら呼んでみても返事はなく、違う空間に飛ばされたのかと不安になった。


 ふと何かの気配がして振り返ると、自身の背後に誰かが立っていた。赤黒い魔力が人の形をしている何かで、彼女は数歩下がって距離を取る。


「……君はいったい誰だ?」


 赤黒い魔力は外殻のようなものだった。彼女の問いかけに弾け飛んで本体が姿を現す。ヒルデガルドは、その正体に言葉を失って息を呑む。


 長い灰青の髪。金糸雀色の瞳。身にまとったのは濡れ羽色の魔導師のローブ。見間違えるはずもない。二十年以上も鏡に映してきた自分自身が立っていた。


『私は君だよ、ヒルデガルド。ここは深層心理の世界であり、ヤマヒメが言う神の涙、その内部とでも言っておこうか。イルネス・ヴァーミリオンの魔力を吸収して、君が触れたことによって起動した、ある種のカラクリとでも説明しよう』


 その手には竜翡翠の杖が握られていて、自身に向けられた強い殺意を感じたヒルデガルドは、対抗しようと同じ竜翡翠の杖を手に持った。


「何が目的か知らんが、戦おうというわけだな?」


 もうひとりのヒルデガルドが、ニヤッとして頷く。


『力を取り戻したくば受け入れろ。君に与えるのは神の試練(・・・・)だ』

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