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第27話「童心に帰って」

 マツリ通りの賑わいは、大陸では見ない光景だ。立ち並ぶ店の通りこそあれど、ホウジョウのように提灯が並んだりはしないし、大人も子供も楽しめるような遊びを提供するといったものは見掛けたことがなかった。


「このかすてらというお菓子は甘くて、ふわふわしていて美味いのう! このざらざらした粒はなんじゃ、砂糖か?」


「ええ、ざらめと言いまして。お口に合って何よりです」


 イルネスが次々と食べ物をノキマルに買わせる。一方、ヒルデガルドはといえば、人間の身では食べられる量に限度もある。経木の皿に乗った焼きそばをぺろりと平らげたあと、近くでやっている輪投げという遊びに興味を惹かれた。


「麺とソースを絡めて炒めるとはな。肉と野菜のバランスも程良くて満腹感がある。大陸では、少なくとも私は食べたことがないから新鮮だった。……ところで、あの遊びはなんというんだ? 腹もいっぱいになったし、少し動いておきたい」


 彼女の目線の先にある輪投げの屋台を見て、ノキマルは「ああ、輪投げですか」とにこやかに手をぽんと叩く。


「景品が並んでいるでしょう? あれに、木で出来た輪っかを投げて潜らせるんです。見事すっぽり入れば、その景品がもらえるんですよ。やってみますか?」


 小銭を渡すと、店主が木製の輪っかを五本用意する。受け取ったヒルデガルドは、どの景品がいいかをじっくり品定めした。並ぶのは木彫りの小さな熊だったり、古ぼけた香炉だったり、こんぺいとうの詰まった袋や、小さいカラフルなビードロの玉に、竹で作った笛などがある。どれも魅力的に映った。


「ちなみに魔力や妖力を使うのはナシですよ、ヒルデガルド殿。あくまで自分の狙いの正確さを持って遊んでみてください。案外、加減が難しいのです」


「……それはつまり〝完璧であれ〟という話だな?」


 着物の袖をぐっと肩まであげて、ヒルデガルドは気合の籠った表情で輪っかをなげた。乱れなく放物線を描きながら、投げた輪っかは、吸い込まれたかのような正確さを以て、木彫りの小さな熊を中央に、からん、と台を叩く。


 店主がぎょっとした。


「お嬢さん、上手だねえ。一発でいれちまうなんて」


「ありがとう。だが、まだあと四つある(・・・・・・)


 同時に四つを投げる。それぞれが、景品を次々と中央の輪に捉えて、するっと潜らせた。ヒルデガルドは、魔力などに頼らなくても、その圧倒的なバランスの良さで、自らが口にした『完璧であれ』を実行に移して周囲を驚かせた。


「ふっ、どうだ、イルネス? 見てたか?」


「んおっ。すまん、かすてらに夢中じゃった」


「……そうか。まあいいんだが」


 不満げに口先を尖らせる。なんとなく小恥ずかしかった。


「いやあ、驚きましたな。ヒルデガルド殿は、よもやこういった芸は得意中の得意であったりするのですか? あまりにも華麗で、つい見惚れましたよ」


 周囲からの拍手と小さめな歓声のざわつきに嬉しくなって、彼女は胸を張って自慢げに「その通りだ」と答え、イルネスをちらっと見る。


「うむうむ、ぬしは多芸じゃの。流石は儂を倒すだけある」


「君もやってみたらどうだ?」


「儂には出来ぬよ。加減という奴が苦手でのう」


 ふと、頭の中に雑音のような何かが過った。


『ぬしが儂の相手をしてみぬか』


 いつの話だったか、イルネスがそう言っていたような気がした。封をされた記憶の断片だろうか、と小さな頭痛に一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた。


「どうしたんじゃ、大丈夫か。顔色が良くないぞ」


「ああ、問題ない。気を取り直そう」


 マツリ通りの散策を再開する。今度は、輪投げに似たような景品の並べ方をした屋台を見つけて、ノキマルに「これはなんという遊びだ?」と尋ねた。


「これは射的です。ここに、火縄銃という武器を模したおもちゃの銃があって、先端に詰めた木栓を飛ばして的を倒すんです。そうすると、景品がもらえるんです。ほとんどはお菓子ですが、ちょっと大物になると、ヤマヒメ様の人形とか」


 とても綺麗に色を塗った、木製のヤマヒメ像だ。ヒルデガルドはジッと見つめてから、本当にあれを撃ってもいいのだろうか、と苦笑いした。


「……なんだか冒涜的なものを感じるよ」


「じゃあ儂に貸せ」


 ヒルデガルドから銃のおもちゃを奪い、片手に綿あめを持ちながら構えて、ゆっくり狙いをつける。構えた彼女の身体は、ほんのぴくりともせず、僅かな揺れもない。彫像のように動かないイルネスが、引き金を引く。


 かしゃっ、ぽん。軽い音がして、こつん、と人形に当たる。


「おっ。……おっ、よもや倒れぬか?」


 当たった人形がバランスを崩しつつも、丸い台座の端がくるくると姿勢を戻そうと足掻いている。ヒルデガルドやノキマルだけでなく、観衆も固唾を呑んで、その数秒を見守った。ゆら、ゆら、ことん。台座は耐えきれずに倒れた。


 わあっ、と歓声が上がり、さらに観衆が集まってくる。ヤマヒメ人形は、きちんと当てれば倒れるように設計された重量で、イルネスの見事な射撃に店主の男も「おめでとうございます!」と拍手した。


「ぬふふ。見ておったか、ヒルデガルド!」


「ああ、見てたとも。流石だな」


 イルネスがヒルデガルドに抱き着くと、彼女は優しく頭を撫でた。


「ようし、ではこれをヤマヒメに見せてやろうぞ!」

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