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第25話「急がば回れ」

 目下、頭を悩ませるのは、リュウシンと名乗る鬼人の中でも強い男で、ヤマヒメにとっては大した敵ではないが、ほとんどの鬼人が勝つことはおろか、善戦さえできないだろうと語った。


「奴ァ気配を消すのがうめえ。小さいとはいえ、まともに見りゃあ広大な島からゴミひとつ探せってんだ、簡単な話ではねえがよ。わちきは殺気を感じ取るのは得意だが、息を潜めてる奴を見つけるのは苦手だ。それを分かってるから、力だけなら勝てても、野郎が村や町を荒らしては隠れてやがるのを止めるのは難題でね」


 イルネスがちびちび酒を飲みながら、眉間にしわを寄せた。


「そんな奴をなぜ逃がしてしもうたんじゃ。大体、手伝うにしても、わしらがぬしの悩みを解決するだけの、得ってのが必要だと思うんだがのう」


 そりゃもちろん、とヤマヒメは親指を立てた。


「てめえらが欲しいもんを必ずひとつくれてやる。まあ、さすがにわちきの首はやれねえが、酒でも食いもんでも、どこかに土地をやってもいい」


「……分かった、協力しよう」


 ヒルデガルドは酒を飲み終え、そっと傍に置いて。


「ただし、私たちの目的は崩れかけの魔核を元に戻す方法だ。私にしろ、イルネスにしろ、五年の間に力を取り戻さなくてはならなくてな」


 簡単な望みではない。ヤマヒメでも腕を組んで首をひねる。


「ううむ、崩れかけの魔核か。確かにてめえらを見りゃあ、まともな状態じゃねえのは分かる。魔物は単純に他の魔物から魔核を奪い取りゃあいいが、人間……人間の魔核はどうなんだろうなあ。実際、命に係わんねえもんだからよ」


 立ち上がり、部屋の中にある本棚を漁り始める。


「どこにでも賢い奴ってなあいるもんでよ? わちきも色々と調べたことはあるから、聞いたり見たりしたような気がしなくもねえ。昔、この島国には〝神様〟ってのが本当にいたらしくて、そいつらに会えば……っと、これだこれだ」


 ヤマヒメが持ってきたのは、とても古くてぼろぼろの、今にも擦り切れてしまいそうな縫製の本だった。ところどころが破けているが、出来る限り大切に保管していたのだろうと手つきで分かる。触るのがおそるおそるで、優しく指先でめくった。


「この島にゃあ、本物の神様ってのを祀ってる祠があるんだ。深くて広い洞窟で、わちきも入ったことはねえ。用がなかったし、なにより触れちゃいけねえ気がしたんだよ。……で、ここなら、いわゆる神秘的な現象ってのがあるんじゃないか、ってえ、予想をしてる。てめえらの失った力を取り戻す切っ掛けになるんじゃねえか?」


 覗き込んだヒルデガルドも、不思議そうに文字を流し見る。


 かつて大いなる神と呼ばれし存在が、邪悪な闇を討ち払い、傷ついた人々を癒して、活力に溢れさせたという。その活力こそが力を失った者たちの癒し、死にかけの魔核の再生にも繋がる可能性がある。ヤマヒメの持ちだしてきた文献に、期待が出てくる。もしかすると、すぐに力を取り戻せるかもしれない、と。


「この祠はどこにあるんだ。今も無事なのか?」


「おう、無事さね。だけどよ、この辺りなんだ。リュウシンがちょくちょく現れてるって話が。となりゃあ、てめえらをそこへ連れていくのは難しい」


 目を離した隙に襲われでもしたら守ってやれないし、祠を調べるのにつきっきりでは都が手薄になる。どちらかを取るなら、彼女は客人よりも仲間を優先する、とはっきり伝えた。ヒルデガルドもイルネスも、強く納得した。


「では、まずそのリュウシンという男を探してやろう。随分と私の魔力も小さいものになってしまったが、人探しに必要なのは技術だけだ」


「おおう、待て待て。急ぐんじゃねえ」


 善は急げとばかりのヒルデガルドを止め、ヤマヒメはぱちんと指を鳴らす。その合図で、彼女たちの背後へ一人の男がフッと姿を現した。


「お呼びでしょうか、主君様」


「ノキマル、お客人に都を案内してやれ」


「は、承知いたしました」


 二人に向けてノキマルと呼ばれた二本角の男が深く頭をさげる。


「これよりお二方の案内と護衛を務めさせていただきます、俺は鬼人のノキマルと申します。以後お見知りおきを」


「ああ、頼む。しかし、急がなくていいのか?」


 ヤマヒメは大きなあくびでのんきに返す。


「夜になりゃあ、あちこち魔物で溢れかえる。でけえ豚や単眼野郎に加えて、狼や熊だっていくらでも出やがると来てらあ。安全を考慮するなら昼間。それ以外にねえよ。だから今晩はゆっくりしていきな。急がば回れ、だ。わちきは寝る!」


 ごろんと縁側で寝そべって、あっという間にぐうぐう寝息を立てる。あまりにも無防備だが、いざというときは気配ひとつで起きるのだ。ノキマルが、「ささ、どうぞ。行きましょう」と二人を家の外へ連れ出そうとする。


「いいのか、寝てて。君たちの言う魔物とは、いわばオークやギガンテスだろう。連中も、魔物の中ではそれなりに強い部類のはずだが」


「大丈夫です。お二方は、鬼人がどのような魔物かはご存知で?」


 ノキマルの問いに「生い立ちは聞いた」と答え、ではもうひとつ付け加えなくては、と彼は自信満々に指をぴんと立てて。


「鬼人はどんなに弱い者でも、オークやギガンテスなど相手にはなりません。種としては、イルネス殿のような竜にも劣らぬ上位種なのです」

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