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第12話「ボクのお師匠様」

 冒険者は同業でないかぎり依頼者を守らなくてはならない規定がある。ましてや依頼者を攻撃して囮に使うなど、あってはならない。罪人となったセリオンはあとからやってきた憲兵に連れていかれ、そうしてひと悶着は終わりを迎えた。


 ひとときの騒ぎはあっさり静まって、人々はほら吹き男(セリオン)の話を酒の肴にしながら時折ヒルデガルドたちのことを振り返り、大賢者を称えて夜を過ごす。視線や声が集まってくる前に彼女たちは部屋を借りてロビーをあとにする。


 大型ギルドというのもあって敷地も広く、いくつかの宿舎がある。ランクによって借りられる部屋が違い、本来はギルド所属の人間にしか貸し出していないが、今回に限ってはセリオンの件もあってか特別に許可が下りた。


「こちらはブロンズランクの方々が使う宿舎です。稼ぎが少なくても借りられるので利用者も多いんですが、今日はちょうどひと部屋だけ余っていまして」


 イアンが扉の前で鍵をヒルデガルドに渡してにっこりする。


「実に見事な手際でした。大賢者様の力添えがあったとしても、悪知恵の働くセリオンをああまで黙らせるなんて。……実は大賢者様ご本人だったりして! ハハハ、冗談はさておき新しい水晶が届く予定なんです。次はもっと上質なものを仕入れたので、明日の昼にはロビーでお待ちしてますね!」


 ヒルデガルドの目尻がぴくっと動く。苦笑いを浮かべて「ああ、おやすみ」と軽い握手をしてからイーリスと部屋の中へ入った。


「……心臓に悪い奴だ、バレたのかと思った」


 ホッと胸をなでおろす。ときどき無意識に核心へ迫る者はいるが、これほど身近に感じることになろうとは、と冷や汗のひとつでも掻きそうな気分になった。


 イーリスが慣れた様子で自分のベッドを確保して荷物を置くのを眺めて扉に鍵をかけ、ようやくヒルデガルドもローブを脱ぐ。


「でも大賢者様、気を付けたほうがいいですよ。ただの受付でもそう思うんですから、ランクの高い冒険者ならそのうち気付く可能性もありますし」


「忠告はありがたく受け取っておこう。それとため口を使ってもらえないか?」


 注意されたイーリスが顔を赤くしてへらへら笑いながら頭を掻く。


「あ……ご、ごめん! どうしてもボクが弟子に迎え入れてもらえたんだと思ったら、粗相のないようにしなくちゃって緊張してしまって」


「気持ちは分かるよ。苦労を掛けるようで悪いな」


 自由にさせてやりたい気持ちはあったが、そうはいかない事情もある。彼女が詳しく言わないので、イーリスも深く尋ねることはなかった。


「そうだ、イーリス。ひとつ頼みがあるんだが……」


「えっ。師匠の頼みならなんでも!」


「ただのお遣いだよ。髪がこのままでは外を出歩けない」


 薬の効果が切れて灰青に戻った髪では、見たことのある人間には、すぐにどこの誰かバレてしまう。一人ならばひっそり町に繰り出したところだが、イーリスがいるのなら丁度良いと思った。


「薬は完璧だったと思っていたんだが、いささか魔力の量が足りてなかったのかもしれない。念のため材料のメモはある。もう夜遅いし、今日は疲れているだろうから、明日の昼……イアンに会うまでに揃えてくれればいい」


 受け取ったメモを畳んで返されたローブのうえに置き、「お任せあれ!」と自信たっぷりに答えたイーリスは、それから大きなあくびをしてベッドに腰掛けた。


「なんだかどっと疲れちゃったよ。危うく死にかけたしね……」


 下級の魔物といえども油断はならない。数も多く、あまつさえ痺れ効果のある煙玉を使われて、もしヒルデガルドがいなければ確実に死んでいた、とゾッとさせられた。


「だが貴重な経験になっただろう?」


「ハハハ、それは本当に。ボクもなんだか前向きになれたよ」


 ぼふんとベッドに寝転がって体がぽんと軽く跳ねた。


「正直言って、そろそろ故郷に帰ろうかと思ってたんだ。自分には才能がないから農業でもしてるほうが向いてるんじゃないかなって」


 腕で顔を覆う。ぐすぐすとすすり泣く声が聞こえた。


「良かった。諦めなくて本当に良かった……!」


 静かに隣のベッドへ座ったヒルデガルドが自分の荷物を傍に置き──。


「今までよく頑張ったな。これからも苦労はするだろうが、」


 さっさとベッドに寝転がって、深い呼吸をして目を瞑る。


「もっと自信を持っていい。君には才能があると、もし世界の誰もが認めなかったとしても私が認めてあげよう。努力が必ず実を結ぶための手伝いをさせてもらうよ、イーリス・ローゼンフェルト。だから泣くのは遠い未来にとっておけ」


 どんなひな鳥も親のもとを離れるように、ヒルデガルドにとってイーリスは可愛い我が子同然となり、そしていつか手のかからない大魔導師になることだろう。そのときが来るまでは泣いている暇などないのだ。


「……はい、師匠。おやすみなさい」


 今日の出来事を頭に強く刻みこんだら、ゆっくり眠りに落ちていく。明日からは忙しくなるぞと嬉しさに頬を緩ませながら。

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