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第22話「困ったときは」

 ずんずん歩いて近寄り、強面の鬼人たちの肩をぽん、と叩く。


「よう、元気が良くてなにより。何を騒いでるんだい?」


 ヤマヒメに声を掛けられた男たちが振り返ってぞくりとする。


「こ、これは主君(あるじ)様……。お早いお帰りで」


「んなこたあ、聞いてねえだろがい。答えろ、何を騒いでる?」


 掴んだ肩にヤマヒメの鋭い爪が食い込む。着物に穴を開け、肩から血が垂れた。鬼人の男は痛みを食いしばって耐えた。


「す、すみません。呉服屋のイッテツが場所代を待ってくれと言うもんですから、きっちり払ってもらわねえと困ると詰めてたところで──」


 肩から手が離れる。ヤマヒメが「そうか、そうか」とニコニコしながら。


「てめえが決めてんじゃねえよ、若僧」


 腕が首に伸び、掴んだと思うと、あっさり圧し折った。その容赦のなさと、冷酷な眼差し。横で眺めていたヒルデガルドとイルネスは、その行いにぎょっとしながらも、口を引き結んで顛末を見守った。


 首を折られた鬼人の男が、手を離されて地面に転がる。傍にいた者たちも息を呑み、一歩後退って、「す、すみません、勝手なことを」と謝罪の言葉を口にした。しかしヤマヒメはそれを許さず、拳を握って手の甲で殴りつける。容易く頭が吹き飛んで他の男たちも死に、彼女はチッ、と強く舌を鳴らす。


「二度だ、分かってねえ阿呆共が。わちきはてめえらに二度目の機会をくれてやるつもりはねえんだよ。……ったく、場所代くらいで騒ぎやがって。イッテツ、場所代が滞るってなあ、理由があんだろう? どれ、聞かしてみろ」


 イッテツと呼ばれた小柄な鬼人は、その場に土下座をして。


「す、すんません、主君様! 用意していた着物のほとんどが、誰の嫌がらせかボロボロになっちまって、献上品を用意できなかったんす! 稼ぎもねえときて、待ってもらう以外にはなくて。だけど信じてもらえず……あっ、何を!?」


 押し退けて店の中にずかずか入り、ヤマヒメは彼の言葉が嘘かどうかを確かめる。積み上げられた、無理に引き裂いたらしき着物の山を見て、はあ、と大きなため息が出た。自分の下っ端が迷惑を、と呆れてしまった。


「わりぃなあ、わちきんとこのゴミクズ共が」


「めっそうもございません! ですが、場所代は……」


「もちろん待ってやるとも。どれくらいだい?」


 話し合っている二人のところへ、ヒルデガルドがひょこっと顔を出す。ボロボロの着物を見て「可哀想に」と呟きながら、指を差して。


「私なら元通りにできるが、力を貸そうか」


「……ん。おい、元通りってえ、職人でもないてめえが?」


「ああ。怪我を治すより、ずっと楽だ。まあ見ていてくれ」


 手に竜翡翠の杖を握る。ヤマヒメが興味津々に覗き込んだ。


「なんだい、随分とデカいね。……うん、面白い。イルネスの臭いがする」


「そりゃあ儂の血で出来とるからのう」


 ちっちゃなイルネスが、腕を組んでふんすと威張った。


「はん、てめえが偉ぶってどうする。てめえら神の領域に近づいた連中が抱いた誓約ってのはどうしたんだい。あれほど支配がどうこうほざいてた奴が」


「色々あったんじゃ。ともかく見よ、これを」


 視線を向けた先では、ヒルデガルドの魔法で宙に浮いたばらばらの着物が、元通りの形を取り戻していく。これは驚いた、と近くにいた鬼人たちも釘付けだ。


「おう、これが大陸の魔法って奴かい?」


「そうだ。生活魔法と呼ばれるものに分類されている」


「ふーん? わちきらには馴染みがねえんだよなあ」


「その割には、さっき森で魔力を感じた気がするが……」


「ちょっと待て。話の続きはあとでにしてくれ」


 元通りになった着物を手に掴み、ヤマヒメはイッテツに差しだす。


「おう、この娘っ子が直してくれたみたいだが、これで売れるか」


「もちろんです。なんと礼を言ったらいいのか」


 イッテツの言葉にヒルデガルドは少し照れながら、首を横に振った。


「構わないさ、困っているときはお互い様だ」


 その言葉を聞いたヤマヒメが、なんとなく居心地悪くする。彼らには互いを助け合うより、困ったときは自分で解決するのが当たり前だ。慣れないヒルデガルドの行いに、胸の中がもやもやとした奇妙な感覚に襲われた。


「人間つうのは、変な奴だな。まあいい、ともかく助けられたのは事実だ。ちょうど着物も欲しかったところだし、場所代のかわりに、こいつらの着物を見繕ってやってくれねえか。てめえんとこの娘に、こいつらの着替えをさせてくれよ」


 イッテツには嬉しい提案だ。もし喧嘩になって連れて行かれでもしたらと部屋の奥で隠れさせていた娘を、手を叩いて「もう出ておいで」と呼んだ。そろりと顔を出したのは、ヒルデガルドも驚くような美しく小柄な娘だった。


 黒い髪に、額から伸びた立派な一本角を持つ少女。


「ほら、自己紹介しなさい。私たちの恩人様だよ」


 言われてこくんと頷いた少女は、不安そうな表情がふっと消えて、まんまるな優しい目をにっこりさせながら、両手を前に揃えて胸に当てながらお辞儀して。


「ありがとうございます、恩人様。あちきはフヅキと申します」

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