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第17話「二日後の朝」

 約束の二日後までの時間は、瞬きのような速さで過ぎた。腰に巻いた革のベルトにはポーションを何本かストックするためのケースを固定し、まっさらな白いローブを着て、鏡を見ながら、うーん、と悩んだ。


「なあ、イルネス。私の髪は何色がいいと思う」


「知らぬわ。……いつもの真っ赤なのでええじゃろ」


「おや、元の色じゃないんだな」


「本質的に儂は炎を連想させる色は好きじゃ」


 なるほど、と納得しながら、キッチンの戸棚にラベルを張り付けてある瓶をひとつ手に、中に入ったどろりとした液体を手ですくった。


「なんじゃ、その汚い液体……?」


「失礼な。染色剤だよ、とても便利な」


 鏡の前で、頭にべたべたと塗りたくり始める。


「以前までは飲み薬だったんだが、魔力を消費すると、どうやってもエネルギーとして吸収されてしまってね。多分、体内に魔力を留めておくのが原因なんだと思うが、改善方法も分からないから、塗るタイプにしてみたんだよ」


 耳を傾けるイルネスは「ふーん、全然分からん」と興味なさそうに、こんがり焼いた食パンの、耳だけを丁寧にちぎって先に食べていた。


「とにかく、塗るタイプの染色剤なら、外側からの魔力による保護で色落ちしないし、汚れにも強くて手入れがしやすく、髪も痛まないから安心して使えるわけだ。そのうち魔塔に技術提供すれば、資金の巡りもよくなって研究費用も増えるだろう」


 鏡の前でバッチリ決まった紅い髪をさらりと手で梳いて、キメ顔をする。準備が出来たら、着替えの詰まったトランクを手に、イルネスが食事を終えるのを待つことにして、ゆっくり温かいコーヒーを飲んだ。


「ところで、昨日は首都へ行ってきたんじゃろ。あれだけ半壊しておれば復興もそう進んではおるまいが、状況はどうだったんじゃ?」


「ああ、それなら結構進んでいるよ。一ヶ月もあれば、元通りとは言わないが、首都に戻ってきて過ごすのも可能だと思う」


 自慢げにヒルデガルドは指をピンと立てて。


「魔塔の大魔導師の中には、戦うのは不向きでも、首都の発展に貢献できるような類の魔法に特化してる者もいる。そういう者たちが総出で復興にあたっているし、エルヒルト大商団も支援に名乗りをあげてくれたから、とても順調なんだよ」


 物理的な技術開発の多くは、まだまだ改良の余地があるとしながら、魔法における発展は目覚ましい。人間社会の出来の良さに、イルネスはなんとも言えぬ敗北感と羨ましさが胸の中にぽつりと芽生えた。


「便利な世の中じゃのう……。儂らは所詮、どこまで知性を持ったとしても蛮族ゆえ、どうやればこんなにふわふわした食べ物が作れるのかも分からぬのに、ぬしら人間というのは、やはり勤勉であるなあ」


 ヒルデガルドは不思議そうに首を傾げた。


「だがコボルトは教えたら丁寧に料理もこなしたぞ」


「阿呆か。それはぬしらが知恵を与えたからじゃ。最初からあるもんではないわい。でなきゃあ、あいつらはそのへんで鹿でも捕まえとる」


 そういえば、と初めて会ったとき、彼らが魚を捕まえてきたのを思い出す。


 彼らには焼くという発想がなく、強い興味を示していた。


「……ま、そういうものなのかもな」


「うむ。もしそうでない魔物がいるのなら見てみたいもんじゃ」


 最後のひと口を食べようとして、手の中からパンが消えているのに気付いたイルネスが、ムッとして誰かがひょいと持ち上げたのを取り戻そうとする。


「ケチなことをするでない、ヒルデガルド」


「私は何もしてないが?」


「何を言う。儂の最後のひと口を奪って──」


 大きな骨の手がパンをつまみ、それを口に運んだ。


『フム、やはり朝食はパンに限りますね。遠い島にある国では米が主食らしいが、ワタシはこれとスープがあれば満足です。大賢者、おまえはどうかな?』


 そこにいたのはアバドンだ。どうやって入ってきたのかも分からず、気配も感じなかったイルネスがぎょっとしたが、ヒルデガルドはまるで気にする素振りもせず、空になったカップをそっと皿の上に置いた。


「私はどちらでも。イルネス、君は?」


「知るか! なんで平然と話をしとるんじゃ!?」


「二日目だぞ、十分可能性はあっただろ」


 アバドンなら自分から会いに来ても不思議ではない。そもそも彼は、自分のやりたいように何もかも好き勝手する厄介者なのだから、ヒルデガルドもいちいち気に留めたりしなかった。いまさらだ、と。


『まあまあ、いいじゃありませんか、竜の姫。……あ、ところでワタシこそ聞きたいんだが、なんでこの魔物の小娘がイルフォードに?』


 本来なら結界があって通れないはずでは、と彼がぐるんと首を真っ逆さまに捻って不思議そうに見つめる。


「儂は人間の血も混ざっとるからの。たとえ弱っておったとしても、これくらいの誤魔化しはなんでもないわ」


『あ、そうですか。まあなんでもいいけど』


 頭を元通りにして、そろそろか、と杖を持つ。


『もう飛ばすのが待ちきれなくて、こっちから来ちゃったんだけど、準備できてる? あ、荷物はこちらで預かりますからね。飛ばしたときにトラブルが起きたら勿体ないでしょ、あとでちゃんと傍に置くから安心してください』


 そっと杖を持ち上げて石突で床を叩こうとして──。


「ああ、ちょっと待て。その前にひとつ聞きたいんだが」


『うん? いまさら条件を優しくとかは聞かないよ?』


「いや、そうじゃなくて。イルネスも連れて行って構わないか?」

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