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第11話「愉悦のためなら」

 やれやれ、それでは意味がない。アバドンは肩を竦めた。


『いいか、小娘。ワタシが望んでいるのは、心が躍る失望か、あるいは血の湧くような絶望だ。おまえにはそれがない。そんなキラキラした瞳で『ボクの魔力を待っていけ』なんてカッコつけちゃう奴から魔力を奪っても楽しくないんだよ』


 大きな指が彼女の胸をつんと突いて押した。


『おまえから魔力を奪って残るのは、達成と幸福と苦難だ。それではあまりに面白くない! 魔導師をやめてもいいと考えているようなガキから奪ったものがワタシを満たしてくれることはない。分かったら退け。全員殺されたくないでしょ?』


 脅しではない。アバドンが確実に手を下すのがヒルデガルドには分かっている。イーリスの肩を掴んで後ろに下がらせ、自分の胸を親指でとんと叩く。


「さっさと持っていけ。それで君も退去するんだろう」


『クフフ、物分かりがよくて助かりますねぇ』


 彼女の胸に手を当てると、青白い光の球体が引っ張られるように出てくる。アバドンがつまんで高く掲げたそれは、ヒルデガルドの魔核。人間の身に宿る魔力の源であり、失えば二度と魔力は戻らないと言われている物質だ。


『……美しい。これが大賢者の魔核。微かな淀みさえ見せない輝きを放つとは、なんと洗練されているんでしょう、素晴らしいですねえ。だけど、ワタシはこんなもの必要ない。力を得たところで、ワタシの愉悦は満たされない』


 砕こうとして指に力を込めただけで、魔核に罅が入った。


「お待ちくださいませ。壊す前にひとつ、わたくしと話しませんか」


 ぴくっと指が動いて、アバドンが鬱陶しそうに瞳を細める。


『なんだ、エルヒルト大商団の娘か。おまえと話してもワタシには時間の無駄なんだが……まあいい、聞いてあげよう。どんな取引カナ?』


 ほんの一瞬放たれた殺気に、ティオネがビクッとする。大丈夫かとヒルデガルドに小声で聞かれ、彼女は震えた声で大丈夫ですわと虚勢を張った。


「その魔核、ヒルデガルド様に返してはみませんか」


『……はあ? なんのメリットがあって?』


 ティオネはひび割れた魔核を指差し、自信ありげに。


「壊してしまえば、それこそ面白くありませんわ。だって、ヒルデガルド様も十分、いえ、それこそイーリス様以上に前向きになると思います。だってよく考えてもみてくださいまし。……あなた、この世界自体に興味ないでしょう」


 アバドンが、つまんでいた魔核を手の中に握って、『続きを話してみろ、ワタシの興味が失せないように』と忠告をして、ニヤッとする。ティオネはここぞとばかりに、堂々とハッキリした口調で。


「ヒルデガルド様は、既に魔導師としての知識もあれば、無限に生きていくだけの財を築くこともできますわ。そんな人の魔核を壊しても、結局は穏やかな永遠の暮らしの中で、人々を知識で助けるのが賢者です。魔核が壊れたくらいでは、失意や絶望といったものを感じることはない。いえ、それでもし、あなたの望む愉悦があるとしたら、それは周囲の環境ですわね。でも結局、人間の寿命は短く、移り変わり、その失意も絶望も、やがて消える。違いませんか」


 返事もせず、アバドンは指をくいくい動かして催促する。


「そこで、ひとつ、あなたに賭けを挑みたいのです。その魔核を完全には破壊せず、一部だけを残してヒルデガルド様に返しましょう。小さな希望があれば、人間はどうしても縋るもの……。そして小さな希望は、大きな失望に変わることも」


 ほんの僅かな期待が生まれ、アバドンの魔核を握る手が緩む。


『ふむ、それはしたことのない遊びだ。しかし一理ある。面白そうだし、呑んでやってもいい。おまえたちの言う希望が失望に変わるか、あるいは大きな希望となって再び翼を得るか……。だけど、ちょっと物足りん!』


 ぶわっとローブを翻えし、腕を伸ばしてヒルデガルドの頭を掴んだ。


『結果が出るまでが長すぎる。だから、その過程を楽しむために、名案が浮かんだ。と、いうわけで少しばかり借りて行くぞ』


 ヒルデガルドと共に彼は魔導師たちの前から姿を消す。


 連れ去った先は、真っ暗な場所。アバドンが生み出した闇の空間。


「……ここは。なんのために私だけ?」


『この提案は、おまえに選ばせたいんだよなあ』


 くしゃりと握った手の中から、粉々になった魔核が散る。残ったのは、とてもとても小さな破片。弱々しい光を持った魔核の破片をヒルデガルドの中に戻して──。


『今のおまえは、どこにでもいる平凡な魔導師ほどの魔力しかない。だけど魔核はおまえの強い意志によって左右されることもある。今のおまえが不死身であるように、魔核も元通りになる可能性を秘めたものだ。放っておけば、いずれ簡単に取り戻すかもしれない。それじゃあ賭けにはならん。そ、こ、で!』


 指先で彼女の額をつん、と突く。


『おまえの記憶を封印して、遠い場所に放り出す。……賭けだ、ヒルデガルド。五年の時間をくれてやる。もしも、そのあいだに失った記憶と魔核本来の形を取り戻せば、おまえの勝ち。けどもし、うまくいかなかったときは──』


 ひと呼吸置いて、剽軽さの欠片も感じさせない声色で。


『ワタシが世界を滅ぼし、おまえの記憶の封印を解く。面白そうだろ?』

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