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第10話「手土産」

 イーリスは言葉を返せなかった。ただ呆然とするだけで、目の前の光景が信じられなかった。それでも差し伸べられた手を取って立ち上がることは出来た。


「あ、あの。どういうことなの? 大賢者……?」


「嘘は言わない。証明してくれる友人もいる」


 ローブの土を払ってイーリスはやんわり首を横に振る。


「信じないわけじゃない。これほどのことができる魔導師なんてプラチナランクの冒険者以外で見たことがない。もちろん、大賢者様を除けばだけど」


「なら安心だ。……いや、待て。私と会ったことがあるのか?」


 彼女は頷き、恥ずかしそうに頬を掻きながら。


「会ったというほどじゃないかもしれないけど、ボクの住んでいた村が魔物に襲われたとき、ちょうどそこへ大賢者様がやってきて、あっという間に蹴散らしてくれたんだ。結界まで張ってくれて、みんな今でも感謝してる」


 そこでヒルデガルドは思い出したように手を叩く。


「ああ、そんなこともあった。群れに襲撃を受けた小さい村のことだろう? あのときは本当に偶然近くに居合わせただけだったんだが……あの結界が今も役に立っているなら嬉しいよ。君のことも当時と照らし合わせれば記憶にある」


 村は人口のわりに子供も多く、日向に当てられたような活気に満ちた場所だったのはヒルデガルドもよく覚えている。立ち寄った多くの村々の中で、そこが最も歓迎されたからだ。懐をまさぐって、彼女はブローチを取り出す。


「昔、君にもらったものだ。あのときは名前を聞いていなかったな。以前は髪が長かったんじゃないか? 五年も経てばずいぶんと幼さも抜けるし、とても綺麗になったな」


 翡翠の嵌った羽根の形をした銀製のブローチを見たイーリスが顔を明るくし、心の底から感謝をするように彼女の手を両手で包んで「そう、そうなんだ!」と洞窟の中を反響するほど大きな声で言った。


「まだ持っていてくれてたなんて!……あ、ごめんなさい、ちょっと興奮してしまって。生意気な口の利き方も直します、大賢者様」


「ハハ、堅苦しいのはやめてくれ。それより私の願いは受けてくれるのか?」


 あっ、と手で口を塞いだイーリスがこくこく頷く。


「も、もちろん! ボクなんかを弟子にしてくれるのなら!」


 彼女の憧れた大賢者からの言葉は、ここで断れば二度と聞けないものになる。これは最初で最後の機会で、掴めるのなら掴む以外の選択肢などなかった。


「謙遜するな。これからは私の弟子になるんだから、もっと誇ってくれたほうが私も嬉しい。それから口の利き方も変えないでくれ。周囲の目も気になるし、私が大賢者だと知られたくない。今のところは冒険者として生きていたいんだ」


 イーリスがこほんと小さく咳払いをする。


「はい……じゃなかった。わかったよ、ヒルデガルド」


「それでいい。慣れるまで落ち着かないだろうがよろしく頼むよ」


 彼女の頭をぽんと優しく撫でて、氷塊を振り返った。


「さて、それでは手土産を用意するとしようか」


 ぱちんと指を鳴らせば氷塊は砕け、ゴブリンたちの体はバラバラになる。そのうちホブゴブリンの頭部を凍ったまま自分の着ていたローブで包み、イーリスに「持ち帰ろう、ギルドへ報告する証拠になる」と投げ渡す。


「つ、冷たい……これ歩いて持っていくの?」


「いいや。使い魔を用意するさ、ひとまず出よう」


 洞窟の中をセリオンが捨てていった松明を持って出て行く。


 外に馬車はなく、轍がどこまでも伸びている。セリオンが乗っていったのだろう。イーリスがげんなりする一方でヒルデガルドはからからと笑って灸を据えるには丁度いいと自信たっぷりに言ってみせた。


「少し待ちたまえ、すぐにグラニールを呼ぶ」


 ぱちんと指を鳴らす。一瞬、森に強い風が吹いた。それからほどなくして、どこからか青鹿毛の大きな馬がやってくる。ヒルデガルドにとても懐いており、傍にまでくると頭をすり寄せて、撫でられると嬉しそうに尻尾を振った。


「こ、この子がグラニール? どうやって乗れば……」


 察したグラニールが屈み、ふたりが乗りやすい高さになる。


「グラニールは聡明で優しい子だ。私たちの言葉もよく理解してくれるから、話しかけるときは傷つけたりしないよう慎重にな。さあ乗ってくれ、その頭は彼が運んでくれるそうだ。彼は寒くないそうだから」


 ふたりが背に乗ったら、ホブゴブリンの頭部を包んだローブをくわえて走りだす。イーリスは不安そうに洞窟を振り返って尋ねる。


「思ったんだけど、クイーンはそのままで良かったの?」


 放っておいたらまたゴブリンが増えてしまうのではと思ったらしい。だがヒルデガルドは「まったく気にする必要はない」とはっきり答えた。


「本来は狩るべきだろうが、クイーンは他のゴブリンと違って狩りができないんだ。ほとんど産んで育てることだけが役割と言ってもいい。だからあれだけの数のゴブリンを駆除しておけば必要な栄養を得るのも難しくなる。そのあとはどうなると思う?」


 面白がって、ヒルデガルドは答えを待たずに話を続ける。


「次の子供を産むのに足りない栄養を得るための共食いを始めるのさ。たとえそれが産まれて間もない我が子であっても。本能だけで生きる弊害だな。だから心配はいらない、そのうち自滅する。私たちがこれから考えるべきは──」


 グラニールに「少し急いでくれ」と小さく声を掛けてから。


「セリオンをどう地獄に叩き落してやるかだ」

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