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第49話「誰であっても」

 差し向けられた杖にクオリアがびくっとする。だが、エルンのほうは平然とした様子でやれやれと腕を広げて余裕をみせた。


「俺たちが何か気に障ることを言ってしまったようだが、あなたも中々無礼な振る舞いだな。大賢者と同じ名を持っているだけで、ただの冒険者に過ぎない──」


 瞬間、耳元を何かが掠めた。小さな火炎の球だ。早過ぎて見えなかったのか、エルンは何が起きたと振り返って火球を探す。


「エルン。あれは、ただの魔導師ではありません。竜翡翠……それも見たことのない大きさなんて、普通の魔導師が持ってて良い代物ではありません」


「だとしたらなんだい、クオリア。それくらい俺も知ってる」


 浄化した竜の血から生成される竜翡翠。それを用いた杖は、そもそも普通の魔導師が扱うのさえ難しい。卓越した技術を持った大魔導師が重用する非常に高価な代物で、そも、基本的に生成されるもの自体が片手で掴める程度の大きさだが、ヒルデガルドの持っている杖に用いられているのは、その倍以上の大きさだった。


 エルンは、そんなものをなぜ彼女が持っているのか? と思いつつも、魔導師ならばいくらの金を積んでも手に入れようとするだろう、と結論付け、彼女の実力にはそれほど結びつかないものだと考えた。


「いいよ、そこまで言うなら相手になってあげよう。どちらかが負けを認めるか、気を失うか。ちょうどここは闘技場だし、お馴染みのルールで行こう。戦うのは、そうだな。俺が直接、あなたの相手に──」


「二人まとめて来い。パーティなんだろう?」


 ぴしゃりと遮られて、エルンはムッとする。


「ずいぶん冷静さを欠いてるな。そんなんじゃ先が思いやられるぞ」


「君の自信を粉々に砕いてやる余裕はある」


 売り言葉に買い言葉。ヒルデガルドはイーリスの肩をぽんと叩いて「アディクには後で説明するから、しばらく彼を守ってやってくれ」と伝え、ローブを翻す。


「ヒルデガルド……。うん、わかった」


 なぜ彼女が怒っているのか。イーリスも分かっている。


「アディクさん、こっちへ。ボクたちは隅っこで見てよう」


「え、ええ……。いったい何が起きてるやら……」


 二人が離れてから、ヒルデガルドはエルンたちとの距離を開き、向かい合う。憎しみを抱くように、強く睨んで。


「君のように半端な強さを持った人間が、いつも他人を見下していることに気付かない。あの場にいた誰もが、必死になって戦った。魔物を倒せなかったとしても、生き残るために助け合おうと支えになった。その過程で命を落とした者もいるが、確かに救われた命もあった。それを、自分たちがいればもっと救えただと? 彼らの重ねた命懸けの努力を知りもしないで、戦わなかった人間が知ったふうな口を利くんじゃない。後悔する権利も、義務も、戦った者にだけ与えられるものだ」


 手に持った杖をぐるんと回して構え、彼女は静かに吼えた。


「私の友達を馬鹿にした君を殺そうとしないだけ優しいと思え」


 薄青の魔法陣から瞬時に巨大な氷柱が飛び出す。エルンは素早い判断力でクオリアに魔力の壁を張らせて防ぎ、次の魔法が来る前にヒルデガルドに接近して、その首元に剣を突き付けてやろうとした。それだけで実力の差がはっきりする、と。


(やはり腕の良い魔導師みたいだが、こっちは二人。経験も豊富で連携も取れる。……彼女には申し訳ないけど、力で示すしかない!)


 突っ切った。続けざまに放たれる氷柱の軌道を読み切り、掻い潜る。一歩の踏み込みは大きく、並の冒険者にはない身のこなしを持ち、数秒と経たないうちにヒルデガルドは目と鼻の先。しっかり握った剣を振るって、その首元へ──。


「……こっちだ、こっち」


 剣は空を切った。一切の瞬きをしていないはずなのに、エルンはヒルデガルドの動きを捉えきれず、声を掛けられて初めて、彼女が自分の背後にいると気付く。援護をしようとクオリアが魔導書を広げて白く輝く魔法陣から雷撃を放った。


 彼女は小さく振り返り、杖を向けただけで、雷撃を弾く。


「威力が低いな。牽制程度で私が避けるとでも?」


 視線の向いていない隙を狙って素早くエルンが動いた。どんな瞬間でも好機を狙う。しかし、立ち上がろうとした直後に、がくんと足が絡んで倒れた。力が抜けたのではなく、両足を繋ぐ枷のように、光の縄が巻き付いていたのだ。


「それでよく、もっと多くの命が救えたと言えたな」


 彼らは確かに冒険者として非常に腕が立つのは理解できる。瞬発力も判断も、決して間違ってはいない。ドラゴンを討伐できると言われれば、それも可能かもしれないと思った。ではロード級は? と言われたとき、甚だ疑問だった。デミゴッドともなればなおさらだ。イルネスが従えていた二体のドラゴンロードは、彼女が敗れてから姿を消してしまった。


 以降、ドラゴンロードを討伐した報告はなく、目撃例だけが各地であるだけで、人間に被害を与えた話も聞いていない。彼らがあるとき突然現れたとしたら、プラチナランクの冒険者に何ができるのだろうか。と思うほど二人は脆弱だった。


「救えただのなんだの……下らない。君たちだったら飛空艇の落下がなかったと言うのなら、やってみろとまでは言わなくとも、私に傷ひとつ付けるくらいはしてほしいものだ。──君たちは英雄にはなれない。私自身がそうであるように」


 髪の色が灰青に戻っていく。クオリアは目を剥いた。


「人の命に数で結果に優劣をつけるような物の言い方は好きじゃない。どれだけの人間が涙を呑んで戦ったと思う? ただ強ければ良いわけじゃない。知識があれば良いわけじゃない。彼らでは救えなかった命もあるのは確かだ。私自身でさえも。だが君たちがいたとして結果は変わらなかった、いや、むしろ……」


 アバドンの笑い声が頭をよぎった。もし彼らがあの場で自分の代わりにいたとして、他の魔物の大勢は倒せたとしても、あれだけは。そう感じてゾッとした。自分でさえ、イーリスがいなければ飛空艇の墜落を阻止できなかったのだから。


「君たちはもっと冒険者に寄り添った考えだと思っていたが、そうではなかったな。……特にクオリア、同じ魔導師として、私は心底恥ずかしいよ」


 クオリアが膝をつき、頭を垂れた。顔面は蒼白で小さく震え、彼女に対する無礼を働いていたのは自分たちだった、とひどく後悔する。エルンも、その姿を見て、ようやく誰が相手なのかを察した。


「まさかあなたは……大賢者……様……?」


「飾りの名で呼ぶな。私の名はヒルデガルド・イェンネマンだ」

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