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第六話 もう一つの海

 食堂を出た俺はどうしたものかと頭を掻いていた、十分後に来いと言われているので時間に余裕がある訳ではないが適当に時間を潰す手段がある訳でもない。

 というか時間を見ようにも俺のマグフォンは昨日から帆吊に預けっぱなしなので確認する方法が無い……と思ったがラブが秒数まで丁寧に教えてくれた、あまりにも違和感なく会話が出来るので彼女が人工知能搭載のロボットである事を毎度忘れてしまいそうになる、文房具か何かを部屋に取りに行くべきかと聞いたがラブが言うには何も持たなくていいとの事だったので指定された時間には少し早いが所長室に向かう事にし……スムーズに辿り着いた部屋の前に立って扉をノックすると、すぐに返事が返ってきた。


「どうぞ、暗いので足元に気を付けてくださいね」


「?……失礼します」


 扉を開くとそこには青海の言う通り部屋の照明が落とされ、暗闇が広がっていた。

 しかし真っ暗闇という訳ではなく、部屋の中央に設置された投影機が起動しており鈍くぼやけた光が呆ける俺とこちらを見つける青海を照らしていた、投影機の傍には向かい合う形で一人掛け用のソファと小さなテーブルが置いてありその一つに青海が腰掛け、手で促されるままに俺も反対側のソファに腰をおろした。


「さて……それではこれから塩見さんの現在の状況の振り返りと観測員としての業務について説明しようと思います、見ての通り私達だけですので何か気になったところがあればいつでも質問してくださいね」


「は、はい」


 そう言われても食堂で居合わせた時とは違いこう改まって向かい合うとどうしても緊張してしまう、そんな俺を見かねたのか青海は一度席を立ち、部屋の隅まで移動したと思うと二人分の温かい飲み物を持って戻ってきた。


「どうぞ、ラブと仲良くなったようですし私とも同じくらい仲良くして頂けると嬉しいんですけどね?」


「はは……ありがとうございます」


『所長はお堅い雰囲気を崩さないから相手が委縮しちゃうんですよ、打ち解けたいのであればまずはフレンドリーに、寄り添うように話す事を意識することです。でないと修吾みたいなタイプはいつまでも緊張しっぱなしのままになっちゃいますから』


「なるほど……今後の課題にするとしましょう」


 まだ一日ほどしか一緒にいないのにラブはどうしてこう勝手知ったるかのように振舞うのか、あまりにもあけすけな物言いに青海が気分を害さないか心配だったが、全く気にしていないどころか口元に手を当てて頷いているところを見るに素直に納得してしまったようだ。


「フレンドリーな会話の訓練には塩見さんに改めて付き合ってもらうとして……まずは現状の確認とこれからの予定を説明しますね、塩見さんは現在巨大深海魚の消滅から定められた一般市民からの観測員選抜制度で選出された準観測員……つまり、観測員候補の一人です」


「観測員……候補、ですか?」


『通常観測員の選出は十数人単位で選ばれます、なので集められた段階だと健康診断や適性試験の結果によっては候補から除外される事もあるのですが……この青海研究所は新設だからか嫌がらせで修吾以外に全く候補者の情報を回してくれませんでした、なので修吾は今は一応候補者扱いですが検査の結果も踏まえて合格確定です、おめでとうございます』


「はは……は」


 果たして素直に喜んで良いものなのか……複雑な笑みでラブを見つめると青海もまた苦笑していた。


「人類の脅威に対抗しようという時に身内同士でくだらない功績争いなど、恥以外の何物でもないと頭を抱えていましたが……塩見さんが来てくれて本当に良かったです、これでやっと一歩を踏み出せます」


「いや、そんな俺なんか……それより、適性試験っていうのは? 昨日の心理テストみたいな質問が試験だったんですか?」


「確かにそれも含まれてはいますが……そうですね、ではその辺りの話から始めましょうか」


 心を決めたように青海が頷くと投影機に手をかざした、すると鈍い光を放っているだけだった投影機の上部に様々な分野が書かれたプレート形式の映像がいくつも表示された、書かれているのは学力や運動能力などなど……履歴書の資格の欄を見ているようでなんだかクラクラしてくる。


「これは観測員となるのに必要だと言われている技能の一覧になります、この中で候補者をふるいにかけるだけの学術試験は要りませんし、銃などの通常兵器が殆ど通用しない事は既に分かっているので銃器の技術も要りません」


 あれも要らないこれも要らないと技能の書かれたプレートを次々に消していき……最終的には運動技術部門と機械操術関連の技能だけが残った。


「……観測員の活動期間は候補者の期間も含めて約一年間、他の研究所では研究資金の増額の為に見栄えの良いヒーローづくりに躍起になっていますがここではそんなお利口になる必要はありません、私達は何よりもまず塩見さんが任期である一年を無事に生き延びて帰還する事が最優先だと考え、その為にはまず今日から三か月以内にこの二部門についてマスターしてもらいます」


「その気持ちは嬉しいですけど……運動というと、やっぱり走ったりとかですか?」


 正直に言えば自信は無い、いや……走るなんて事を長くしていない事を考えると平均的な体力すらあるかどうか怪しい。


『一応、トレーニングルームにはランナーマシンもありますが……ここで言う運動技術は全て水中活動の事ですよ修吾、トレーニングマシンを使うのはせいぜい有酸素運動時の検査の時ぐらいです』


「ラブの言う通り観測員の部隊はあくまでも海中……なので訓練は装備を付けた状態での水中移動や作業、効率の良い呼吸法などを徹底的に身に着けるのが主な内容となります」


「ちょ、ちょっと待ってください! バケモノみたいな深海魚が泳いでるかもしれない海の中に入る事があるんですか!?」


 勢いよく立ち上がったせいで座っていたソファが倒れてしまったが構うものか、漁船を飲み込むようなバケモノが泳いでいる場所に入るだなんて冗談じゃない! 泳ぎ方をいくら習得しようが規格外に大きな口から逃げる事など叶う筈が無い!


「お、落ち着いてください塩見さん! これも塩見さんが無事にここへ帰って来てもらう為に必要な事なんです! 観測所は深海にあるんですよ? もし仮に攻撃に遭い、施設が破損してもすぐに駆け付けられる場所じゃないんです……! そんな緊急事態に備えて水中でのあらゆる技術を身に着けた方が、生存確率は格段に上がります!」


「それはっ……!」


 尚も食い下がろうとしたが言葉が出ない、青海の言う事の方が正しいと誰に言われるまでも無く分かっているからだ、俯いて肩で息をする俺の背後で音がしたので振り向くとラブが倒れたソファを直していた、そして両手を長く伸ばして俺の両肩を優しく掴むとそっとソファに座らせ、普段よりも更に優しく囁いた。


『大丈夫です修吾、私のデータバンクにも深海魚が直接人間を襲った例はありません……ネットでそういった情報を見た事がありませんか?』


 確かにラブの言う通りだ、深海魚が襲ったのは建設中の新たな地盤となる筈だった船や軍の戦闘機……あとは車に乗って海に近付きすぎたばかりに大波に飲まれた一般人といった具合で人的被害はどちらかというと二次被害という印象だった。


「確証は無いので公表はされていませんが、人が単身で深海に出てもあの怪獣に襲われる確率は極めて低い……というのが現在の私達の結論です、厳密に言えば眼中に無い……と言った方が正しいのかもしれませんが、いずれにしても仮に観測所が破壊されるような事態になっても塩見さんさえ無事であればそれでいいと私は考えます」


 青海の言葉にラブも頷いて同意した、正直なところ確率は低かろうと怖いものは怖いしだからなんだと言いたいがそれでは話が進まない……胸に手を当て大きく深呼吸をして無理矢理息を整えると顔を上げてまっすぐに青海の顔を見つめた。


「すみません……取り乱しました、続けてください」


「構いません、私達がどう取り繕っても実際に観測所へ向かう当事者は塩見さんなんですから……話を戻しますが運動技術は今言った水中活動に関する事になり、機械操術については水中カメラやマリンドローン、ソナーの操作方法を学んでもらいます……観測員の職務としてはこちらが主な内容になりますね」


『要するにソナーに引っ掛かった深海魚がいたら遠隔操作できる水中カメラを飛ばして生態を撮影し、得たデータをこちらに届け……可能であればドローンによるサンプルの回収が修吾の仕事という事ですね』


「なる……ほど」


 つまり、そのカメラとソナーを駆使して巨大深海魚及び痕跡のようなものを探せという事か……拗ねた言い方をすればまるで囮にでもなった気分だ。


『加えて、恐らく修吾が今後目にする深海魚はそのほぼ全てが世界中の図鑑にも載っていないようなものばかりになると思いますので……巨大深海魚の痕跡を全く発見できなかったとしても、成果はあると思います』


「え? ラブ、それって一体どういう意味……」


 ラブの言葉の意味が分からず首を傾げていると青海が投影機の映像を再び切り替えた、今度は地球儀のように地球全体がゆっくりと回転しながら表示されている。


「塩見さん、地球の殆どが海というのは常識ですが……では、深海は海洋の何割を占めていると思いますか?」


「……分からないですけど、七割ぐらいですか?」


「ふふっ……質問している側としては最高の答えですが残念ながら違います、実は九割以上が深海なんですよ」


「そんなに……!?」


『ええ、今や世界中に深海観測所は設置されていますが深海の規模はそれよりも遥かに広大で全てを知るなど現状ではとても……』


「……あ、だから図鑑に載ってない深海魚ばっかりってこと? まだまだ未開……みたいな?」


 そういう事かと納得してラブの方を見るが、その奥に座る青海も揃って首をゆっくりと振った。


「塩見さんは学校でこういう図を見た事がありませんか? 表面の青いエリアが海……その下が地殻になります」


 青海が手をかざすと地球儀が真っ二つになりケーキのような層が現れた、教科書かもしくは何かの授業で見た覚えはあるが……当時も今も、イマイチよく分かっていない。


「大丈夫ですよ塩見さん、平たく言ってしまえば地殻というのは海底です。そのすぐ上の青い部分が深海だと思ってください」


 俺の表情から察したのか青海が柔らかく笑って一つ一つ手振りを加えながら説明してくれた、面倒でももう少しぐらいは真面目に授業を受けるべきだったかもしれない。


「私達海洋研究員は巨大深海魚がどこの海から、そしてどのくらいの深度から出現したのかを特定するべく僅かに残った鱗などから遺伝子を採取し、個々に生息地の追跡を行いました。そして私達が幾度もの再計算の末、導き出された出現場所が……ここです」


「……え、そこってマグマだか溶岩だかがある場所じゃ……?」


 青海が指し示したのは海底よりも更に下、地球のど真ん中……教科書などでは真っ赤に塗られているエリアだった。


「厳密にはマグマではなくかんらん石と呼ばれる宝石が多く含まれているのですが……それはともかく、この通称マントルと呼ばれるエリアとほぼ同じ深度から巨大深海魚は出現したとみられています」


「……ほぼ同じっていうのはどういう事ですか? そりゃ、そんな場所から魚が出てきたってのもおかしな話ですけど」


「そこが一番の問題なんです、ソレが現れたから深海魚が現れたのか深海魚と共にソレが現れたのかは分かりませんが、私達の計算の導きだした座標……特定の海域でとある深度まで物体を沈めると、ある地点から物体が転移するんです」


「は……転移って、ワープするって事ですか?」


 映画でもあるまいしそんなバカなと笑みを浮かべるが、青海は真剣な表情で頷いた。


「これは冗談でもなんでもなく紛れも無い事実です塩見さん、そして数度の実験によって発見された転移先は我々人類にとって全く未知のもう一つの海です……巨大深海魚の研究の結果と合わせて、私達はその海に『マントル海域』と名付けました」


「いや……ハハ。ちょっと待ってくださいよ、まさか他とは違う観測所がある場所って……?」


「今塩見さんが想像している通りです、ここで技能を身に着けた三ヶ月後……塩見さんに向かってもらう事になるのはこの未知の海域に私達が以前調査の為に沈めた観測所……通称『マントル海域観測所』になります」

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