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第五十二話 スクラップ・メモリー

 所長室に入った俺は皆に心配されつつも温かく迎えられ、お礼を言いつつ投影機の前に立った。そのまま報告を始めようとするが、病み上がりなのだからと青海に椅子を勧められたので大人しく甘える事にする。


「ええと……まず最初に身一つで帰ってきちゃったので、映像資料や記録したものは全部向こうに置いて来てしまいました……なので証拠も何も無い口伝(くでん)になるんですけど、それでもいいですか?」


 そう、話すだけならいくらでも話題はあるが証拠となるものが手元には何も無い……言ってしまえばたったそれだけなのだが、あると無いのとではかなり状況が違う。

 下手をすれば今後の研究に関わるかもしれないのだ、せめてトリトンスーツで撮影した映像を残しておけば良かったがスーツを乾かす際に律儀にデータパックを外しており今は観測所の棚の中だ、恐る恐る皆の顔色を窺っていると一番奥にいる男……滝谷がニヤニヤとこちらを見つめている。


「さてさて、君が探してるのはこれの事かな?」


「え?……あ!」


 入った時は全く気付いていなかったが滝谷の隣に黒い布が被せられた台車が置いてあり、その布を取り去ると随分破損しているが見慣れた機械が鎮座していた。


「マリンドローン……回収出来たんですか!?」


「機能は完全に停止してるけど、君を回収した際に近くに沈んでいてね。メモリや記録媒体も酷いダメージを受けていたけど、つい昨日ようやく見られる程度には復元出来たんだよ」


 よろよろと台に近付きドローンの一部を拾い上げてみると、確かに物理的というよりは酷い経年劣化という感じの破損状態だった。俺が操縦していた方かイサナが操縦していた方なのかは分からないが、一緒にあの海を泳いだ記憶が蘇りふと少し寂しい気持ちになってしまう。


「……滝谷さんが言ってた取りに行く物ってこれの事だったんですか?」


「ああ、総一郎との繋がりで博士とは知らない仲じゃないからね。まぁいくらか代償を払うハメにはなったが……これの価値を考えれば安いもんさ、見ての通りの破損状況のお陰でこっちにかかりっきりになってしまったせいで見舞いの一つも行けなくて悪かったね、修吾君の事はラブに全部任せてしまった」


『いえいえ、私としては役得でしたし何の問題もありませんよ』


 恥ずかしがる様子も無く宙を漂いながら自慢げに胸を張るラブにこっちが照れてしまう、だが……これがあるというならば、話は大きく変わってくる。


「私達も映像を一部確認しましたがすぐに修吾さんの解説が必要だという結論に至りました、今から映像を流しますので合わせて解説してもらってもよろしいですか?」


「ええ、俺に分かる事は全部説明しますよ」


 ──マリンドローンから抽出した映像は確かに荒いが見られない程では無かった、データを同期していたのか初めて海鉄を回収するために海に潜ったりウツボと戦った辺りから映像は始まった。

 観測所の内部カメラの映像も一部映っており、エイトが姿を現した時などは全員が歓喜と驚愕の入り混じった大声を上げていた。やがてあの海底遺跡や水没都市へと場面が切り替わり……竜巻に飲まれた辺りで映像は止まった。


「……なんつーか……映画でも見た気分だな、それも胃もたれするぐらい重いやつを」


「完全に私達の常識の外だもんねー……ていうか何あれ、エイトちゃんめっちゃ可愛くない!?」


 はしゃぐ帆吊に比べて他の皆は比較的静かにしている……が、表情を見れば大体何を考えているのかは分かる。俺だってあの常識を超えた世界を目の当たりにして振り切れんばかりに高揚したのだ……観測員としても研究者としても付け焼刃の俺ですらそうなのだから、研究をずっと続けてきた皆の心が湧き上がらない道理は無い。


「あー……全員浮足立っているところ悪いんだけど一つ聞いてもいいかな?……チラっと修吾君と一緒にいるところが映っていたあの子が……イサナ君で間違い無いのかい?」


「はい、彼が天ヶ瀬(あまがせ)イサナですよ……やっぱり滝谷さんの知ってる姿と違いますか?」


「ああ、うん……そうだね、外見もそうだけど雰囲気がかなり違うかな。以前の彼は何と言えばいいか……悪く言うつもりは無いんだけど、少々内気な子だったからね」


「可愛い子だよねぇー、若い殻か肌もツヤツヤしてるし……ていうか、本当に男の子なの?」


「間違いなく男ですよ帆吊さん、俺もイサナから聞いただけですけど……あの海では性別があやふやになるらしいんです」


「性別が……あやふや?」


 青海を始めとして首を傾げる皆にあの海で起きる身体的な変化についても説明した、内容が内容だけに畑違いな事もあるのか皆半信半疑な様子ではあったが、そもそもあの海をこちらの常識に合わせようとする事自体が間違いだと無理矢理納得してくれたようだ。


「こんな事を聞いてもいいのか分からないが……イサナ君が女性的に変化したのは分かったが、それなら何故修吾君の体に変化は起きていないんだ? 滞在した時間が短いからか?」


「あー……ええと、ですね」


 宇垣からの質問に答えようとして思わず答えに詰まってしまった、恥ずかしがるような事では無い筈なのだが……やはりすんなりとはいかない。


「ああすまない、デリケートな質問だというのは理解しているんだ……無理に聞き出すつもりは無いが、ただ現状あの海に関しては君に聞くしかないもんでな……」


「……ええ分かってます、宇垣さんの言う通り俺の体に変化が無いのは滞在時間が短かった事も関係してるとは思いますが……イサナの考えでは俺と彼が恋仲になったのが一番の理由だと言っていました」


 俺の答えに皆が一斉にどよめく、それはそうだろう……この反応は分かっていたつもりだったが思わず顔を伏せてしまう、そんな俺に宇垣の咳払いが飛んでくる。


「大丈夫だ修吾君、確かに少し驚いたが……前例もあるし、俺達はそういうのには理解があるつもりだ」


「……前例?」


 顔を上げると見せつけるように帆吊が青海に抱きついていた、薄暗いこの部屋でも平静を保ちつつも青海の頬が染まっているのがよく分かる。


「修吾君知ってる? 琴子ちゃんって普段は冷静だしきっちりとした喋り方なんだけどぉ、二人っきりだともう……すっごいんだよ!?」


「す……すっごいんですか?」


「そう! 私なんてもう……骨抜きにされちゃったもん」


「ほ、帆吊さん……!」


 両手を広げて凄さをアピールする帆吊とそれを恥ずかしそうに止める青海、もはやどちらが上司なのか分からない新鮮な光景にポカンとしていると、さすがに収集がつかないと判断したのか宇垣が再び咳払いをした。


「ん……まぁそういう訳だから俺達は気にしないという事だけ分かってくれたらいい、話の腰を折って悪かった……続けてくれるか?」


「あ、はい。えっと……どこまで話したんでしたっけ、あー……ええと、性別の話でしたね」


 尚も視界の端でいちゃつく二人をチラリと見ながら説明を続ける、あの海では長く過ごすと性別が曖昧になる事、故にマントル海域に棲む巨大深海魚をはじめとするあらゆる生物に明確な雌雄は無く相手に応じて体を変化させる事が出来るという事と……深海魚と比較すると人間にはそこまで大きな変化は起きないという事を順番に話していった。


「最初に変化するのは頭髪らしいです、髪質が変化し長く伸びやすくなり……色が深い青色に染まっていき、それとほぼ同時期に目の色も髪と同様に青く変化していきます」


 映像では分かりにくいですが、と荒い映像のイサナを指でなぞりながら付け加えたが誰も疑うような言葉を口にする者はいなかった。


「はーい、質問ー。髪と目以外の身体的変化って修吾君から見ても本当に何も無かった? 手に水かきが出来るとかは無くても、泳ぎが上手くなる……とかさ?」


「俺が知ってる限りでは何も……そもそもイサナは海に入ろうとはしてませんでしたし、皮膚が硬質化しているなどもありませんでした。ただまぁ、その……胸が張るとか、地上と比べると膨らんだ気がする等の言動は何度か……とはいえこれも、先述した性別の曖昧化の影響だとは思います……もしくは、単なる冗談の可能性も」


 妙な羞恥感からか尻すぼみな報告になってしまったが誰一人、帆吊すらクスリともせずにどこからともなく取り出した手帳に何やら書き込んでいる……その反応が今の自分の言葉の重さの裏付けである事にはすぐに気が付き、咳払いをするとついヘラヘラと浮かんだ笑みを引っ込める。


「……なるほどねぇ? 未知だ未開だとはよく言ったもんだけど、これはさすがに手を焼きそうだ」


 それまで沈黙を守っていた滝谷が首に手を当てながらマリンドローンからの映像を眺めて小さくため息をついた、皆も同じ気持ちなのか各々今後の対策を頭の中で練っているようだ。


「他にも報告はありますが……続けますか? それとも一旦ここまでを整理します?」


「いや、それは僕達でやろう。修吾君は先にそっちの問題を解決しなさい」


「はい? そっちって……げっ」


 滝谷の言葉の意図が分からず首を傾げ、彼の指差す方に顔を向けると……そこにはいつの間にか人型になり、わなわなと震えるラブの姿があった。


「痴話喧嘩は犬も食わない……ってね、僕達は退散するからご両人で気が済むまでやるといい」


「あ、ちょ……」


 伸ばす手も虚しく目の前で閉ざされた扉、背後から迫るラブの両手に捕まった俺はあれよあれよという間に彼女に飲み込まれていった。

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