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第四十六話 トルネード・ダウン

『シューゴ! 設備の固定確認したよ、やって!』


「了解、自動遠心補正装置オンっと……」


 イサナからの通信を受けた俺は操作盤の前に座り、いくつも並んでいる中から一際目立つ大きな赤いボタンを押し込む……すると観測所全体に響き渡る駆動音と共に操作盤の脇にあるモニターに表示された観測所の簡易図に下部から伸びる三本の大きな足が追加された。

 この三本の足にはそれぞれスクリューのように回転する三本の指が付いており、今のこの荒れた海流の中でも自動でバランスをとって観測所まで揺れが伝わらないようにしてくれる。


「イサナ、足の展開完了したよ!」


『ありがとう! 僕は最上層の人工埠頭を収納してくるからシューゴはドローンで周囲の様子を見てて!』


「了解、気を付けろよ!」


 返事はしたものの人口埠頭という名前にピンとこず一人で首を傾げていると、最上層のあの堤防の事だとようやく脳が理解した。あれって収納できたのか……などと感心している場合ではないとすぐに思考を切り替え、ドローン用の手袋とゴーグルを装着して再度ドローンと視界を同期する。


「うお、もう随分波が高くなってるな……」


 視界を同期した瞬間から普段とは明らかに違う濁った海が視界一杯に広がり、思わず一瞬怯んでしまう。レーダーと比較しながら自動航行させていたドローンの位置を確認してみるがやはり想定よりも進んでおらず、燃料も底を尽きかけていた。


「どう? どの辺りまで戻って来てた?」


「まだ全然遠いな。ガス欠寸前だし、本体のデータユニットを回収したいなら俺が出た方が確実だと思うが……」


「……それはダメ、いつ竜巻海流が始まってもおかしくないし危険すぎるよ」


 恐らく埠頭を収納する際に波飛沫を浴びてしまったのだろう、頭に大きめのタオルを乗せたまま戻って来たイサナがゆっくりと首を振る……しっとりと濡れた髪は頬に張り付き、普段とは違う風にイサナの魅力を引き立てているが今のその目には迷いの色が浮かんでいる、映像自体はドローンから転送されたデータがあるとはいえ機体に搭載されたマスターデータや機体自体はより確実な証拠になる……出来れば失いたくないと思うのは当然の事だろう、実験や観測の進捗に色濃く意味を持った今ならば猶更だ。


「じゃあ……どうする? もう一機ドローンを追加して回収に向かわせるか?」


「やっぱりそれしか無いよね……うん、そうしよう。間に合うといいんだけど……」


 今回得た情報の重要性を考えれば数分迷っている時間も惜しいと判断し俺が引き続き最初に出撃した二機のドローンの操縦を、イサナは観測所から新たに一機出撃させお互いに最短距離を進む事にした。


「今言う事じゃないのかもしれないけど……同時に二機も操作できるなんて、シューゴって器用なんだね」


「操作っつっても殆ど直進してるだけだしな。それに今は足がつりそうで怖いからしないけど、中学の時なんて手と足で格闘ゲームの対戦とかしてたんだぞ?」


「……そっか、次は僕と一緒にやろうね?」


「え……ちょっとした自慢のつもりで言ったんだけど……え?」


 ゴーグル越しに生暖かい視線を感じ思わず困惑してしまう、一種の特技のつもりだったのだが……年頃の男子なら誰でも一度は挑戦してみるものだろう?




「ととと……まずい、海流が強くなってきたな」


 一直線に逃げていた深海魚達も今やすっかりその姿を消し、ただひたすらにイサナとの合流を目指していたが背後からの吸い込むような海流が強くなり、もはや前進しているのかすら怪しくなってくる。


「やっぱり厳しかったか……シューゴ、どこかに機体を固定出来そうなところは無い!?」


「そうは言っても、こんな海面近くじゃ何も……!」


 カメラで周囲を見渡すが現在地は海底も遠く、突き出した岩壁のように掴まれそうなところも海流から逃れられそうな所も無い、イサナとの距離もまだ少しあり……どこか諦めにも似た絶望の二文字が頭をよぎる。

 ──そこから状況が変化するのは一瞬だった、背後から響く桁違いの轟音と共に一本の太い水柱が天へと上がり……次の瞬間には渦を巻き始め、周囲の空気をも巻き込んだ巨大な竜巻へと変化したではないか!


「イサナ、もう駄目だ! 今すぐ引き返せ!」


「くっ……!」


 最早ガス欠のドローンでは踏ん張る事すら出来ずどんどんと竜巻との距離が近くなる、さすがにこうなってしまってはどうしようもない……深いため息をつきながらゴーグルを外して脇へと視線を向けると、イサナが観測所へと引き返しているのがモニターに映っていた。


「もー……あともうちょっとだったのにぃ!」


「しっかし、本当に凄い勢いだな……自然の力には敵わないなんて言うけどさ、思いっきり見せつけられた感じがするわ」


 悔しがり、椅子に座りながら地団太を踏むイサナの頭を軽く撫でてやると小さく唸りながら手に頭を擦り付けてきた、俺にだって悔しい思いは当然あるが……あの豪快な自然の姿をまざまざと見せつけられると、いっそ清々しいとすら思えてくる。


「……手が止まってる」


「え?……ああ、これは失礼しましたっと」


 ぼんやりとモニターに映る竜巻を眺めているとイサナから抗議の声が飛んできた、一瞬何の事だか分からなかったが頭に乗せたままだった手の事だと気付き、再び撫でてやると拗ねた様な表情を浮かべながらではあるが少し気分が落ち着いたようだ。


「ドローンは?」


「自動航行にした、数分で帰って来るよ」


「そうか……なにか温かい飲み物でも飲むか?」


「……後でもらう、今はもっと撫でて」


 深海の王子様はすっかりご機嫌斜めのようだ、竜巻を映すモニターから目を逸らしてドローンで録画した映像に飛びが無いか確認をしている……勿論その間俺は頭を撫でっぱなしだ。




「……ん?」


「どうしたの? 何か見つけた?」


 二人で映像を確認している最中に何かが聞こえた気がしてつい声が漏れた、録画映像にはあの遺跡の内部が映っている。


「いや、録画映像からじゃなくて……外?」


 ゆっくりと部屋を見回しながらどこから聞こえてきたのか音の主を探る、気のせいだったかもしれない……しかし、妙に胸騒ぎがする。

 ……やがて俺の視線は一点に集中する、少し前から音を下げていた竜巻を映すモニターだ……激しい水音が何か別のものに聞こえた?


「……イサナ、竜巻が映ってるモニターの音量を上げてくれるか?」


「いいけど……どうしたの?」


 イサナが手元の操作盤を操作しモニターの音量を上げる、竜巻は相変わらずとんでもない太さと激しさだ……しばらくその轟音に耳を傾け、俺達の耳に同時にその声は聞こえた。


「……エイト!?」


 ここに来てからというもの沢山を音を耳にしてきた……だがあの声は聞き間違えるものか、間違いない……エイトがあの竜巻に巻き込まれている!


「うそ、そんなあり得ない……! エイトはレドよりも大きいんだよ!?」


「でもあの声は間違いなくエイトだ! どこだ、どこにいる……!?」


 俺達が言い争っているとやがて竜巻からエイトが姿を現した、激しく触手を振り回し……その体には何重にもワイヤーのようなものやクレーンの先端のようなものが絡みつきエイトの動きを制限している、しかもそれはあろうことか天から吊り下がっており、エイトを上へと引き上げようとしているではないか!


「何だよあれ……やめろ! 今すぐエイトを離せ!」


 気が付けば激しく叫び、昇降機の方へと駆けだしていた。

 地上の空気は巨大深海魚にとって猛毒でしかない、レドの命を奪ったように地上に引き揚げればエイトだって例外ではない……そんな事には絶対させない、させてたまるものか!


「待ってシューゴ!」


 昇降機のボタンを連打しているとイサナが俺の腰に組み付いた、勢いよく抱きついたせいか膝立ちになってしまっている。


「行かせてくれ! 危険なのは分かってる……けどエイトにはもう何回も命を助けられているんだ! 見捨てる事なんて俺には出来ない!」


 感情のままに怒鳴りつけるがイサナは目に涙を溜めたまま押し黙っている、一刻の猶予も無いとイサナの手を振りほどこうとするが更に強く抱きつくだけで離そうとしない。


「イサナ! 頼むから──」


「……スーツは下にあるから先に取りに行って、僕はその間に天井を開いておくから」


「……え?」


 呆然としていると膝立ちだったイサナがゆっくりと立ち上がり……俺の顔を掴んで無理矢理唇を押し当てた、ゆっくりと放される唇に名残惜しさを感じていると不意に頬をつねられ、改めてまっすぐに見つめられる。


「無事に帰ってこなきゃ……絶対に許さないから」


「……ああ、行ってきます!」


 昇降機の扉が閉まるその瞬間までイサナと見つめ合い続け……下降を開始すると共に深く息を吐くと自らの頬を両手で叩いた。

 ──気合を入れろ、集中しろ……さぁ行け!

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