第四十三話 深層遺跡
「……すまん、イサナ」
「ううん、あれは仕方ないよ。ドローンは完全に止まっちゃった?」
ドローンとの視界を同期しているゴーグルを一旦外しイサナに軽く頭を下げる、状況が状況とはいえ短期間に二機も壊してしまっては申し訳なくなるというものだ。
気にする事は無いとイサナは笑顔で首を振り、優しく背中を擦ってくれるがすぐに切り替えられるほど俺は器用ではない……とりあえず機体の状態を確認する為にもう一度ゴーグルを着けるが、周囲は真っ暗で手元すらも確認出来ない。
「ええと、ライトライト……お、点いた」
俺の操作をドローンはすんなりと受け入れて周囲を若干ではあるが明るく照らした、続いて機体の損傷をチェックしてみるが以外にも軽微なダメージしか無く操縦には何の支障も無い事が分かり、ホッと息を吐くとイサナに軽く肩を叩かれた。
「ねぇねぇ、右の方見てみて?」
「右? 何か気になるものでも映ってたか?」
両アームを展開しての動作チェックも兼ねて機体をゆっくりと右に回転させると……そこに居たのはイサナのドローンだった、片方のアームをブンブン振り回して呑気に自分の居場所をアピールしている。
「は……何で、イサナも吸い込まれたのか!?」
「ううん、僕のドローンはシューゴが飲み込まれたあとに近くの残骸と残骸がぶつかった衝撃で渦とは反対側に飛ばされたんだけど……来ちゃった」
「来ちゃったって……お前なぁ、多分ここから上には戻れないぞ?」
「だねー、大渦の水流はその内止まるかもしれないけど……さすがにその前に燃料が尽きちゃうだろうしね、さっきのでシューゴのドローンは特に消耗したでしょ?」
「ああ、残りは半分あるか無いかぐらいだな……甘く見積もっても一時間半ぐらいが限界か」
「じゃあ僕のと分けて半分ずつにしよう、そうすれば二時間とちょっとぐらいはもつ筈だし」
反論する暇も無くイサナのドローンから伸びた細いチューブが俺のドローンに連結され燃料が補充されていく、これでお互い燃料は六割程度……依然として心許無いが状況は遥かにマシになった。
「この子達は戻せないけど、動くならせめてここの映像記録だけでもとっておこうよ。そうなれば一機より二機の方が効率良いし……シューゴも二人の方が嬉しいでしょ?」
「そりゃあまぁ……だけど、その為に一機も余分に犠牲にする必要あるか?」
正直な事を言えばイサナがいると思うだけで気持ちはグッと楽になるし二人で探索するというのも考えるだけでワクワクしてくる、だが素直になれずぶっきらぼうに正論もどきをぶつける俺の気持ちを知ってか知らずかケラケラと笑っている。
「まぁまぁ、来ちゃったものは仕方ないでしょ?……それよりここってなんだろうね、更に下もあるみたいだけど……」
「さぁなぁ……さっきのアイツの通った穴、にしちゃ小さいか」
イサナと同じように周囲を照らしてみるが映るのは岩の壁ばかり……俺達が落ちた穴は綺麗に円柱状にくり抜かれているがモグラが掘り進んだかのようにぐねぐねと穴自体が曲がりくねっており、その曲がり角に落ちたようだ。
「上に上がってもどうせさっきの水流で押し戻されるだけだし、小さい穴は通れないから行くなら更に下か……そっちは動けるか?」
「問題無いよ、どうせならお宝の一つでも見つけようよ。ねっ?」
「あればいいけどな、あっても持ち帰れないけど」
やはり一緒にいるというだけでも気分が随分と違う、冗談を交えながらスラスターを起動させて下に向けて伸びている穴を軽く観察してみるがドローンが横並びに入っても十分な広さが続いていると分かり、一応岩壁に機体を擦らないように気を付けながら降下を開始する。
「ねぇ、この先がさっきの深海魚の寝床とかだったら……どうしよう?」
「もしそうだったら諦めるしかないな、海底を割った消費カロリーの埋め合わせにされておしまいさ」
「さすがにそれはつまんないね……じゃあこの先道が分かれてたら、あいつが通れないぐらい狭い道を選んで進もっか」
「どっちにしても運任せの片道切符だけどな……さぁて鬼が出るか蛇が出るか、だ」
「ん……イサナ、アレは何か分かるか?」
穴はぐねぐねと曲がってはいるが殆ど一本道で時折横穴があってもドローンですら通れないような小さなものばかりだった、そんな穴をひたすら進んでいるとやがてゴツゴツとした岩肌に苔のようなものがびっしりと生え始め、やがてそんな苔の森の中に背の低い植物が群生しているのを遠目に捉えた。
一つ一つが小さな光を発するその植物に近付いてみると粘着質な糸に包まれた楕円形の蕾から二つか三つ連なった球体が生えており、水の流れに合わせてゆらゆらと揺れていた。球体には青や黄色、赤色の筋がいくつも入っており昔よく見たビー玉にそっくりな模様をしている。
「植物……だよね?……採取したいけど持ち帰れないなら採っても仕方ないよね、しっかり映像に残しておこう?」
「だな、しっかしこんなに立て続けに未知のものばかり目にしたら誰かに見せたくなってくるな……やたら映像記録を残したがる奴の気持ちが少しだけ分かった気がする」
その後も穴は続き、深くなるにつれて異様な植物の数も増えてきた。
ピンポン玉サイズの水色の球がいくつも合わさって球体に連なり水中を浮かんでいるものや、輪切りにしたキウイの断面の中心が口のように開閉を繰り返しているものなどなど……まるで童話に出てくる不思議の森の植物のようなものが次々と目の前に現れ、まるで異質なのは俺達の方だと言われているような気すらしてくる。
色も形も違う彼らに共通しているのは群生している点とそれぞれがほんのりと光っている点で、気が付けばライトを消しても十分に視界が確保できるくらいには穴の中は明るく照らされていた。
「……不思議なところだね、シューゴ。全然知らない世界が当たり前に存在してる、みたいな」
「地上で聞いたんだけど向こうだって深海の事なんて殆ど分かってないんだとさ、そこに加えてこの海もとなれば……解明するのに一体何年かかるんだろうな」
ゆっくりと辺りを眺めながら幻想的な深海の世界に目を奪われていると、少し先行していたイサナが不意に大きな声を出した。
「シューゴ、この先の下穴……少し中を覗いてみて?」
「どうした? また何か新しい植物でも……おい、なんだこれ……」
周囲の景色も名残惜しいが少しだけ速度を上げてイサナの横に並んで途切れた穴から下を覗くと……そこに広がっていたのは明らかに人工的な石造りの広間だった、長い時間塩水に触れていたせいか崩れているものも多いが広間の脇を固めるようにいくつも石像が並び、壁には解読不能の文字や絵が書かれている事が遠目に分かる。
「これって……遺跡か?」
「多分……シューゴ、これ何の絵だと思う?」
「待て! 不用意に穴から出たら……ああもう!」
壁画に吸い込まれるように穴から出てしまったイサナを追いかけて穴から飛び出し、周囲を確認するが相変わらず正体不明の植物が生い茂っているだけで深海魚などの姿は無い……安堵からホッと肩に入った力を抜き、改めて壁画の方へと目を向ける……ところどころ削れてはいるが壁画には数人の人間が座っている者、もしくは膝を折っている者の姿が描かれていた。
「ごめんシューゴ、こういうの好きでさ……それで、これ何に見える?」
「さぁなぁ……人間の近くに書いてあるのは壺か?……定番は神様への供物だとか生贄だとか、そういうのだと思うけど」
「だよね!? だったらこれってまだ誰も知らない歴史とか文明なんじゃないかな! 大発見だよシューゴ!」
ドローンをその場でくるくると回転させ、誰の目から見ても浮かれているイサナは広間に描かれている壁画を次々と眺めては感嘆の声を漏らしていく。
「……次から観測者になる人を選ぶ時は、深海学者の他にも考古学者も必要になりそうだなっと……ん?」
壁画の撮影はイサナに任せ、広間中をぐるりと見渡すと暖簾のように伸びた植物に隠れて見えづらいが奥へと続く道があるのが見えた、ライトをつけて様子を窺ってみるが崩落などは起きておらず問題無く通れそうに見える。
「イサナ、奥へ行く道を見つけたから通ってみる。そこの撮影が終わったらこっちに来てくれるか?」
「分かった、気を付けてね」
俺が言われる方なのかと苦笑しながらまっすぐに伸びた通路を進んでいく……左右の壁に窓は無く、この辺りには例の謎の発光植物も生えていないようだ。
ライトで周囲を照らしながら進むが天井がアーチ状に石が組まれている事以外には特徴は無く、壁画なども無かった……少し拍子抜けしながら進んでいくと段々と奥に広がる部屋がぼんやりと光っている事に気が付いた、植物の光にしては強く俺達が使っているライトと比べると弱いが光自体が意志を持って広がっているかのような不思議な感覚がここまで伝わってくる。
「なん……だ、これ」
通路を抜け、一気に広がった視界に映ったものに一瞬で目を奪われてしまう。
「い、イサナ! 今すぐこっちに来てくれ!」
「すぐ行くよ! どうしたの!?」
俺の雰囲気が変わった事にすぐに気付いたのか勢いよくスラスターを稼働させてこっちへ向かって来る駆動音がここまで聞こえてくる、その間にも何があったのかとイサナが質問を繰り返すが俺にも上手く説明できず早く来てくれと繰り返す事しか出来ない。
「一体何……が」
通路から飛び出すように現れたイサナも俺の目の前に広がる大きな一枚の壁画に一瞬で目を奪われていた、壁画に描かれていたのは沢山の人達とやはり供物のような壺……そして巨大に描かれた龍のような生き物だった。特徴的な四つの目と二本の角、フリル付きの帯のような触手が体に巻き付き……人間達を静かに見つめているその姿には明らかに心当たりがある。
「……エイト?」




