第四十一話 飛翔するフジツボ
「シューゴ、そっちはどう? まだ拾えそう?」
「いや俺もこんなもんだな、一旦上に戻って計量しよう」
「りょーかい、それじゃあ戻ろっか」
イサナの操縦するマリンドローンがアームを左右に振った後に上昇を開始するのを見て一瞬遅れて俺の操縦するドローンも上昇を開始させる、今回は気を付けて採取したのもあり随分と機体が軽い……やはり前回は思いっきり積み過ぎたようだ。
「今日はあのウツボいないみたいだなぁ……またあの照り焼きとか食べたいんだが」
「あはは、あの後結局残ってたやつもすぐに食べちゃったもんねぇ。んー……確かに今日はレーダーの反応が薄いね、もっと小さいのは離れた場所にいるみたいだけど……あんまり食べるところ無さそうだなぁ」
レーダ情報を同期して見せてもらい、視界の端に表示された深海魚は派手な金魚のような姿をしており食用というよりは観賞魚のような印象を受けた。ここに来てからというもの様々な深海魚を口にしているのであの魚にしても食べる事自体に抵抗は全く無いが、どうせ食べるならもっと食べ応えのあるやつを食べたい。
「ああいう綺麗なのには出来るだけ手を出したくないなぁ、残念……リベンジは今度改めてだなぁ」
「ふふっ、今度こそ僕達のチームプレイで倒したいねぇ」
食欲もそうだが俺は前回見たあの大きなウツボには一度敗北している、最終的にはトリトンスーツで捕獲したので出来るなら今度こそマリンドローンで仕留めたかったが……今回は諦めるしかなさそうだ。
「そういえば……どうやってこれ、中に入れるんだ? このドローンじゃ最上層には上がれないだろ?」
「そっか、前回はシューゴがまとめて抱えて帰って来たんだもんね。じゃあ僕が先にやるから見てて?」
観測所付近まで帰って来たはいいがどうやって海鉄を搬入するのか分からず周囲をウロウロしているとイサナのドローンが観測所の側面にある円形のマンホールのような箇所に機体を横付けした、すると直後何かが噛み合うような機械音と空気が抜けるような音が深海に響き渡った。
「これで固定完了、あとは少し待てば自動的にストレージ内の海鉄をピストン式の内部アームが押し出して搬入を開始してくれるよ。作業部屋の受け取り口に落ちてくるまでの間に殺菌消毒や軽い研磨をしてくれるからすぐ使える状態になって落ちてくるんだ、簡単でしょ?……よし終わり、シューゴもやってみて?」
「確かに簡単そうだな、ええとまずは横付けにして……」
搬入が終わったのかイサナが横に移動したので続いて俺のドローンを搬入口に横付けし、少し操作にもたつきながらもどうにか固定を完了させる。
「ど、どうだイサナ? 出来てるか?」
「出来てる出来てる、上手だよ!」
「よし……あとは待つだけか、ふぅー……!」
手放しに褒められて若干の気恥ずかしさを感じながら息を吐くと同時に俺のドローンから聞き慣れない駆動音が響き始めた、どうやら搬入が開始したらしい。
「シューゴの方がいっぱい積んでたみたいだから少しかかるかもしれないけどすぐに終わるよ、量によってはもう一度行くけど……大丈夫そう?」
「平気平気、なんなら次はここまで競争でも……お? なんだあれ?」
待っている間どうにも手持無沙汰だったのでグルグルとカメラを回していると、遠目に何か黒い物体がこっちに迫って来ているのが見えた……小型の深海魚かとも思ったが、生き物にしては妙に規則的な動きをしている。
「イサナ、あれ見えるか?」
「どれ?……こっちでも見えた。なんだろう……ちょっと待って、調べてみる」
隣でイサナが素早くレーダーを操作している音を聞きながらカメラを限界までズームしてみると、やがてそれが縦に回転しながらこちらに近付いている事が分かった。全体的に黒ずんでいるせいで姿が捉えづらいが、歪んだ長方形をしているように見える。
「……分かった。大きさは直径約一メートル前後、金属の板だよあれ……! ていうかマズいよ、結構な速度でこっちに向かって来てる!」
「げっ……それってヤバいんじゃないか? このままじゃ観測所に当たるぞ!?」
「ううん、あのぐらいなら当たっても平気だけど……それより位置的にシューゴのドローンに当たっちゃう! 搬入はまだ終わらない!?」
「あと三分の一ぐらいだから……ええと、三十秒か四十秒ぐらいかかる! これ中断とか出来ないのか!?」
固定を解除しようとするがどう操作してもエラーのような表記が出るだけで観測所との連結を解除する事が出来ない。誤操作による事故を防ぐ為なのだろうがどうやら先にセーフティロックを解除し搬入口を閉鎖、ストレージ内を再ロックして……とにかく必要な工程が多すぎる!
「衝突予測は約二十秒後……間に合わない……! 何とか軌道を変えられないか試してみる!」
「気を付けろよ! あの質量だ、下手すれば力負けするかもしれない!」
急加速してアームを金属板に接触させたイサナのドローンは一度はあっさりと弾かれ、二度目の殆ど体当たりに近い接触では二本のアームでしっかりと板を掴みまずは回転を止めた……が、それでも勢いは止まらず金属板を抱えたままのドローンが回転しながらこちらに向かって飛んでくるではないか!
「なにこれ、何でこんなに重たいのさ……! こん……のぉ!」
──結論から言えばイサナの活躍によって金属板の軌道は逸れ、俺には当たらなかった。
しかし短時間に急激な負荷がかかったせいでオーバーヒートしてしまったらしく俺達はまた一機、ドローンを失うという結果になってしまった。
「……しっかし何だったんだ、何であの金属板は減速しなかったんだ? 宇宙じゃあるまいし一度飛んだ物が延々と飛び続けるなんて事、起こらないだろ?……起こらないよな?」
「自信無くさないでよ……断言は出来ないけどここも地上も重力は殆ど変わらない筈だよ、止まらなかった原因は……コイツ」
「何だそれ……フジツボ?」
新たに出撃したイサナのドローンのアームに掴まれているのは先端に穴の開いたドングリのような形をした貝だった、外見は海辺で岩などにびっしりと張り付いているフジツボにそっくりだが俺の知っているものよりもやや鋭利な形状をしている気もする。
「僕はコケラって呼んでる、岩とかだけじゃなくて一部の深海魚の体にくっついて食べカスとかをひたすら蓄えて生きるやつでね……時々観測所の底面にくっついてたりもするんだ。コイツら自体はプランクトンみたいな微生物しか食べないんだけど、じゃあどこで蓄えた栄養を使うのかっていうと張り付いていた宿主から何かの原因で剥がれちゃった時に溜めこんでいたものを一気に使うんだ、次の宿主を探す為にね」
「つまり……緊急時には溜め込んでた栄養を食べてフルパワーで泳ぐ、みたいな事か?」
「そう、ただコケラは泳ぐんじゃなくて……飛ぶんだよ、食べカスなんていつまでも持ってたら腐っちゃうでしょ? コイツらは敢えて腐る物を優先的に溜めこんでそこから発生したガスを蓄えるんだよ、そして危機的な状況に陥った時に一気に放出する……腐敗ガスのロケットって感じ」
「……うげ、臭そうだな」
「実際強烈だよ、一回だけ調べようと思って捕獲したんだけど……実験室の臭いが一ヶ月は取れなかった。コケラ自身毒は持ってないけど、身も小さいし臭いしゲテモノ好きでも食べるのはオススメしないかな」
ドローン用のゴーグルを着けているので見えはしないが聞こえるイサナの声だけでも当時の出来事を思い出したのか心底げんなりとしているのが分かる、染みついた臭いをとるのに四苦八苦している姿が目に浮かび笑いそうになるが確実に怒られるので唇を噛んで我慢する事にする。
「確かに……うん、それは止めておいた方が良さそうだな」
「シューゴ……笑ってない?」
「ううん!……笑ってない笑ってない、それより問題はその金属板だろ? どう見ても人工物だし、方向的にもここから剥がれたって訳じゃないんだよな?」
誤魔化す為に大きく咳払いしたが横から刺すような視線を感じる……気がする。イサナのドローンも静かにこちらを見つめているので手を振って笑いかけていますよとアピールしてみると、諦めたような小さなため息が聞こえた。
「そうだね……観測所はどこも壊れてないし、上から落ちてきたものなのは間違いないかな。でもそう珍しい事でもないよ、竜巻海流でここのものが上に巻き上がる事があるようにシューゴの教えてくれた剥き出しの転移地点って場所に触れたか近付いたものが落ちてくる事も、まぁまぁある事だし……ただ」
「……ただ? 何か気になる事でもあるのか? 焦らさないでくれよ」
ゴーグルを外してイサナの方を向くとイサナは既にゴーグルを外しており、何かを考え込むように唇に指を当てていた。
「僕の勘違いかもしれないし、確証なんて無いんだけど……それでもいい?」
「もちろん、聞かせてくれるか?」
「分かった……僕はこれまでこの海で船の残骸とかは見た事はあるんだけど、この金属板は明らかに使ってる金属の種類が違うんだ。妙に頑丈だしそれでいて錆びたりもしてない殆ど新品同然、なのに随分と遠くからコケラが飛んで来た……って事はさ?」
チラリとイサナの視線がこちらに向けられる、ピンと伸ばされた指があてもなく振られ……疑問と不安の渦を作る。
「きっとこことは違う転移地点から落ちてきた物なのは間違いないと思う、もちろん上との『穴』がここだけだなんて思ってないけど……もしあの金属板以上の大きさの物がこの先も落ちてくるとなると、この海に何か変化が起こってる……ううん、起ころうとしてるのかもしれない」




