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第三十四話 世代を超えて

「……驚いた、随分と雰囲気が変わったがこいつは僕達がここにいた頃のAIコンサルタントじゃないか……! これも琴子君達が?」


 研究所に足を踏み入れた滝谷が最初に驚きの声を上げたのはラブを見た時だった、随分と慣れた様子で研究所内を進んでいくので不思議だったが……そういえば私達よりも遥かに以前からラブがここにいた事をすっかり忘れていた。


「はい、ここを修繕している際にバックアップが残っているのをたまたま見つけて……今はラブと呼んで作業等を手伝ってもらっています」


『お久しぶりです、今の私の仲間である彼らはあの時の貴方方よりも親密に接してくれるのでとても充実した日々を送っていますよ』


 やはりラブの記憶に滝谷の存在は記録されているようだ、この研究所の創設メンバー……彼女もまたその一人という事になる。


「そうか……そうだね、僕達の頃は職員の数は多かったけどそれぞれの研究にかまけてばかりで会話も少なかったし研究所内もギスギスして居心地の良い場所ではなかったからね……それでもここには僕にとっても大切な色々な思い出がある、無くなってしまう前に琴子君達がここを継いでくれて本当に良かったよ」


『ええ、私も本当に良かったと思います……修吾がいた時はもっと賑やかだったんですよ? すれ違いになってしまったのが残念です』


「修吾……塩見修吾君だね、資料で見た限りだけど……彼の無事は確認出来ているのかい?」


「……その事も含めて一度お互いの持っている情報を擦り合わせましょう、どうぞこちらへ」


 琴子ちゃんを先頭に全員で所長室へと向かう振りをして徐々に速度を落とし……最後尾を歩いていた恵ちゃんの服の裾を掴むと無理矢理足を止めさせた。


「っと……なんだ帆吊、危ないだろ」


「いいから手短に……どうせ恵ちゃんの事だから運転中にあの男の事調べたんでしょ? 結果はどうだったの?」


「おいなんでそれをっ……はぁ、まぁいい。彼は滝谷明彦本人で間違い無い、撮影した写真でも確認が取れた……以前は、つまり所長の親父さんが亡くなる前は軟骨魚類……つまりは鮫やエイなんかを専門に研究していたがその後はきっぱりと研究対象を切り替えて今は巨大深海魚、俗に言う異常生物学を主に研究している。要するに今のところ俺の得た情報と彼の話す内容に食い違いは無い、信用できるかは置いといて……俺達が声を荒げるのはまだ早いだろうな」


「そう……じゃああの噂の方はどう? 彼が……」


「僕が巨大深海魚の肉片を所持してるって話かい?」


 ハッとして恵ちゃんと揃って振り返ると少し先を進んでいた三人がこちらに振り返っていた、少しとはいえ距離はある……どうやら研究者らしい地獄耳をお持ちのようだ、完全にミスだ……これで彼の機嫌を損ねでもしたら得られたかもしれない情報をみすみす逃す事になってしまう。


「いや、その……深海研究に関わる者なら誰でも聞く噂ですし、研究の要は好奇心というかですね……」


 なんという無様、焦っているのか子供のような言い訳しか出てこない……私のミスなのだから責任を取らされる事になるならまだいい、しかしこの失態や無様を琴子ちゃんの前で晒してしまっているこの時間が私にはどうしても耐え難い! 最早自分でも何を言っているのか分からなくなっていると不意に滝谷は大声で笑いだし、全員の視線が彼に集中した。


「くっく……ああすまない。どうやら僕が思っていた以上に君達の結束は強く、優秀な人材が揃っているようだね」


「すみません明彦おじさん……あの二人は同僚でもあると同時に友人でもあるんです、付き合いも長いせいか少々心配性なきらいがありまして……失礼な事をしました、私からも謝罪を」


 深々と頭を下げる琴子ちゃんを見て胸の奥がズンと重くなり、申し訳ない気持ちで溺れそうになる……堪らず私や恵ちゃんも頭を下げるが、滝谷には想定外だったのか焦ったような素っ頓狂な声を上げた。


「なにっ!? いや違う違う、嫌味のつもりで言った訳じゃないんだ! 失礼だとは思ってないし怒ってもいないから早く頭を上げてくれよ、僕が誠一郎の奴にどやされちまう!」


「で……ですが」


 困惑する琴子ちゃんと同じく私も頭を下げた姿勢のまま恵ちゃんと目を合わせたままどうしたものかと困ってしまったが滝谷は本気らしく、大人しく頭を上げるとそれを見た滝谷は一気に疲れましたと言わんばかりに肩を落とした。


「よし、全員顔を上げたね?……はぁビックリした、これは僕の味方アピールが足りなかったかなぁ」


『滝谷さんは引率力はありますがやや強引で言葉足らずなところがありますからね、初見では警戒されるのも無理はないでしょう』


「……久々な毒舌をどうもラブ君、今後の指標にするとしよう」


 言葉を失う私達とは違いラブが滝谷の周りを飛び回りながらからかうと、まるでハエでも払うかのように手で跳ねのけつつうんざりするかのような表情を浮かべている。


「改めて一つ確認しておくが僕は敵じゃあない。ここにいるのは僕の親友の娘とその友人、更に友人兼後輩だけ……つまり家族ぐるみの付き合いみたいなもんだ、そうだろう? なら陰湿な腹の探り合いも面倒な駆け引きも全部無しだ! 全部なーし! 人数は少なくとも信頼出来る者同士で協力して、まずは塩見修吾君を無事に帰還させようじゃないか! 琴子君、所長室はあっちだね? さぁ誰が先に着くか競争だぞ!」


「え、あの……」


 完全に置いてけぼりをくらい呆然とする私達に目もくれずラブを引き連れて駆け出して行ってしまった……琴子ちゃんも滝谷を止めようと差し出しかけた手が宙で浮いたままだ。


「……琴子ちゃん、あの人って昔からああなの?」


「いえ……正直に言えば殆ど記憶にはありません、ですが物静かだった父がおじさんと一緒にお酒を飲んでいる時だけは家中に響く程の笑い声を上げて楽しそうにしていました。私はそんな風に笑う父が大好きで……ジュースを飲みながら一緒におつまみを食べていた事だけは今でもハッキリと覚えています」


 昔の情景を思い描いているかのように遠い目をする琴子ちゃんの表情には今までのお父さんの事を話している時のように悲しさは無く、その記憶が本当に楽しかったのだと証明するかのようにうっすらと笑みが浮かんでいた。


「……とにかく、今後明彦おじさ……滝谷さんに対する裏付け調査などは禁止とします、いいですね?」


「……了解」


「はーい、まぁあそこまで言われちゃあ仕方ないよねぇ……うっ!?」


 緊張が晴れたかのように伸びをしながら答えると腹部に何か固い物が当たる感覚、驚いて視線を下げると……いつの間にか目の前まで移動していた琴子ちゃんが例のスタンロッドの先端をわたしの腹部に押し当てていた。


「あ、あのー……琴子ちゃん? それって結構本気で作ったから割と洒落にならないし、怖いから早く離して欲しいかなーって……思うんですけどー……?」


「……宇垣に調べさせたのも帆吊さんの指示ですよね? 帆吊さんには前々から言わないといけないと思っていた事が山ほどあるので、今夜は私の部屋に来て下さい……いいですね?」


「こ、怖いよ琴子ちゃーん……それに調べたのは恵ちゃんが勝手にやった事で私は別にっ……いったーい! ごめんなさーい!」


 腹部に鋭い痛み、まさかスタンロッドの電源を点けたのかと焦ったが手をシャツの下に潜り込ませて(つね)られただけだった……部屋に誘われるのも琴子ちゃんになら痛めつけられるのも大歓迎だが、今もなお右手に握られている凶器を使う事だけは無いと信じたい!




「遅いぞ諸君! 待ってる間にすっかり準備が出来てしまったじゃないか!」


「申し訳ありま……準備ですか?」


 所長室に入った私達を迎えたのは腕組みをして待つ滝谷だった、部屋の電気は消され投影機も起動済みとは……まさに勝手知ったるとはこの事か。


「うん、これから君達と深海について話せるのだと思うと嬉しくなってきちゃってね……勝手にいじって悪いとは思ったけど、僕が持って来たデータを先に用意させてもらったよ!」


「いえ、それは構いませんが……よろしいのですか?」


 起動された投影機には既に私達が情報を得られない各地に沈んでいる観測所の情報がいくつも表示されている……なんという事だと驚かずにはいらない、どうやら彼は本当に駆け引きをする気も無く情報を全部公開する気らしい。


「もちろん構わないとも、信頼して欲しかったらまずはこっちから信頼するのが僕流だからね。ただ残念な事に僕は説明があまり上手じゃないんだ……だから何か気になる事があればいつでも遠慮なく言ってくれていいからね?」


 そうまで言われてはこちらとしては大人しく従うしかない、私達三人は一つずつ横並びに用意されていた椅子に腰かけ……それを見た滝谷は再び嬉しそうに両手でガッツポーズを作った。


「くぅー……! 昔は食べられる海の魚しか興味ないって言ってた琴子君が今やこんなに立派になって……! そういえば覚えてるかい? 昔、僕の白衣が何も書いて無くて寂しいからってクレヨンで水族館を描いてくれてさ……」


「っ……は、早く説明を始めてください! そんな昔の事、覚えていませんから!」


 先程から所長としての威厳なんてどこへやら、冷静な仮面が粉々に崩れてしまっている。私の琴子ちゃんをいじめるのは見過ごせないが、彼とは是非とも一度ゆっくりと話してみたいものだ。


「それは残念……ではそろそろ怒られそうだし本題に入るとしようか。まず最初に君達に許可されている情報のアクセス権を調べてみたが……ひどいもんだね、あの僅かな情報だけでよくぞ観測員の選出や投射までこぎつけたものだと感心したよ」


 軽く手を叩きながら一旦言葉を区切って投影機を操作すると現在日本が投射している全六基の観測所の画像が表示された、これだけでも既に私達には知り得ない情報だ。


「さて、第四号観測所が消失した話はもう聞いているよね? 周防研究所や、他の研究所には適当な理由で結論付けしているが……それは真実じゃあない、本当の消失原因は特異海域に観測所が接近したことによる磁場の変化で飲み込まれたのが直接の要因だ」


「……特異海域、ですか?」


 聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる、だがその言葉が何を差しているのかすぐに伝わり……脇の二人と同じくポカンと口を開く。


「そうだ、君達がマントル海域と呼んでいる特殊海域。僕らはとうとう発見する事は出来なかったが……あいつがいた頃も今も、こっそりと調べ続けていたのさ」

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