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第三十三話 これぞ我らが青海班!

「……失礼ですが、どなたですか?」


 謎の男と琴子ちゃんの間に割り込み、男を軽く睨みつける……さっきの会議の参加者だろうか? スーツ姿ではないという事は値踏みする側の人間という事になる、しかしそれにしては無精髭に乱れた髪と見栄っ張りな狸共と同じ人種とはとても思えない……それでも念の為と自らの胸元に手をやり、胸ポケットに差していたボールペンの上部をノックする。

 二本差している内の一本は普通のボールペンだがもう一つはダミー……緊急時用のブザーだ、ノックする事で恵ちゃんのマグフォンや車に通知がいき緊急事態を伝える事が出来る……これで五分もしない内に駆けつけてくる筈だ、あとは時間を稼ぐだけ……そう思っての問いかけだったが男は答えず、何かを考え込むように自らの顎を撫でながら今度は私を見つめている……男の視線からは私の乱入に対して不愉快だとかそういう敵意のようなものは感じず、どちらかといえば珍しい動物を見かけたかのような興味に近い色が伺えた。

 目は口ほどに物を言うという言葉があるように人の視線には多かれ少なかれ感情が乗る、それが敵意や最も分かりやすい例である性欲であれば対処の仕様もあるが、今のあの男のようにどの色にもなり得る滲んだ色というのが一番対処に困る、故に更に言葉を重ねる事も出来ず琴子ちゃんを守る為に男に注意を払いつつ逃げ道が無いか、そして他にも不審な存在はいないかと忙しなく視線を周囲に向けるというマルチタスクを強いられてしまい、先程までは何も気にならなかった不規則に視界を遮る喧騒がいやにうっとうしく思えてならない。


「──ああそうか! もしかすると君が『なー』君だね?」


「……はい?」


 完全に想定外な切り返しに男の方へと視線を戻しながら間抜けな声が漏れてしまった。あの会議に参加していたなら私の名前を知っていても不思議ではないが、まさかそれだけであだ名の方を言い当ててくるなんて芸当が出来るものなのだろうか?……真意も正体も分からないが今はまず琴子ちゃんを安全な場所に連れて行く事が最優先だ、まだ二分も経っていないのだろうが早くも焦れ始めた私の肩に琴子ちゃんの手がそっと乗った。


「帆吊さん、少し待ってください……申し訳ありません、思い当たる点はあるのですが一つ確認の為に貴方の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「えっ?……そりゃそうか、随分と前の事だもんなぁ……覚えてないのも無理はないか」


 琴子ちゃんの問いかけに男は完全に想定外だったのか両手を広げて驚き、それでも納得したかのように喉を鳴らして笑いながら顔を上げた。


「驚かせて悪かった、僕は滝谷明彦(たきやあきひこ)。以前は鮫専門の研究をしていたけど、今は君達と同じく深海……というより主に巨大深海魚の研究をしているよ、琴子君のお父さん……青海誠一郎の友人だったんだけど……どうだろう、これで何か思い出してもらえたかな?」


「やはり……明彦おじさんでしたか、十年ぶり……いやもっとでしょうか、随分と印象が変わりましたね」


「ははは、まぁ色々あったからねぇ……って、それは君も同じか」


「そう、ですね」


 何かを誤魔化すように言葉を選んで困ったように笑う二人……なんだこの雰囲気は、これではわたしの方が仲間外れではないか。


「こ、琴子ちゃん……この人って本当に……」


「……失礼、この二人に何か御用ですか?」


 焦った私が口を開こうとすると滝谷と名乗る男の肩を恵ちゃんが掴んだ。額には汗が滲み、急いで探しに来てくれたのが一目で分かる。


「えっ!? あ、ああ……そういえば君も壇上にいたね、僕は怪しい者じゃ……こ、琴子君! このガタイの良い彼にも僕の事を説明してもらっていいかな!?」


「……すっかりジェラートが溶けてしまいましたね、もう一つは帆吊さんの分として私が出しますよ」


「ホント!? えへへーじゃあ何の味にしよっかなぁ、そっちも一緒に食べようねぇ?」


 滝谷に背を向けて新たにジェラートのレジに向かおうとすると背後から私達を呼ぶ悲鳴が聞こえてきた、私としては無視を貫きたかったが優しい琴子ちゃんはすぐに説明しに向かったようだ……それにしてもたった数日で想定外な出来事が二つも起きてしまった、自分を万能などと言う気はさらさら無いがそれでもこの主導権を奪われ流されている感じは面白くなく……何か嫌な予感を感じずにはいられない。




「それで……滝谷さんはこのまま私達の研究所に向かって良かったんですか? ご自分の研究があるのでは?」


「滝谷さんなんてカタいなぁ……君の事も琴子君の事も聞いているし、琴子君のようにおじさんと呼んでくれていいんだよ?」


「いや、琴子ちゃんにとってはそうでも私は会った事無いですし……無いですよね?」


「僕も定かじゃないけどね、家の中で遊んでいる君達の横を通り過ぎた事ぐらいはあるかもしれないかな」


 それはつまり面識が無いという事ではないか……げんなりとしながら適当に流したがどうにもやり辛い、あの場での立ち話で終わるかと思えば研究所に付いて来るなどと言いだして帰りの車に同乗する羽目になったし、口を開けば久しぶりに会った親戚のような事を言うし……男性と話すのにここまでやり辛さを感じるのは初めてかもしれない。


「友人の少ない娘にべったりな女の子……時々誠一郎の奴から話は聞いていたけど、まさか今も一緒にいるとはね。それに僕を前にした時のあの姿勢……いやはや、随分と慕われているみたいじゃないか」


「そうですね……父の死後に殆ど無気力状態だった私を励ましたのも帆吊さんですし、今の私があるのは彼女のお陰と言っても過言ではありません」


「え……」


 あまりに唐突な言葉だった為反応が出来なかった、驚きのあまり目を見開きながら琴子ちゃんの方へ目をやると恥ずかしそうに目を逸らされてしまった。


「え……琴子ちゃん、据え膳する?」


「す、するわけ無いでしょう! 突然何を言いだすんですか!」


 よろよろとゾンビのようにゆっくりと迫っていくと顔を赤らめながら振り向いた琴子ちゃんに両手で頬を抓られてしまった、爪が食い込んで少し痛い……が触られているだけで幸せなので何の問題も無い、そんな幸せな空気をこれでもかと堪能していると不意に飛び込んで来た無粋な笑い声によって気持ちが引き戻されてしまった。


「はっはっは! いいねぇ、さっきの宇垣君もそうだがこの利益や野心の絡まない純粋な信頼関係……なんだか久しく忘れていたものを思い出させてもらった気分だよ」


「もう……それにしても明彦おじさんも人が悪いのでは? 最初からいると言って下さればもう少しちゃんと協力も出来たのですが……あの手の会議で私達のような研究員が情報を出し渋る事はご存じでしょう?」


「いやいや、あの場はあれで良かったんだよ。爺様方は最も力を持ってるくせに最も力を振るおうとしないからね、下手に情報を与えて僕達が動きづらい方向で力を振るわれても困るし……そういう意味では君達への興味がさっさと薄れてくれて助かったぐらいさ」


「それはそうかもしれませんけど……でもそれだと私達が呼び出された意味そのものが無いんじゃないですかぁ? 琴子ちゃんが何を話したかは分かりませんけど、私や恵ちゃんの話した内容なんて上澄みも上澄みですよぉ?」


「確かにね、でもそれでいいんだ。爺様方は手を出し渋るけど出張(でば)って現状把握はしようとするからね、彼らが気にしてるのは自分の寿命を無事に謳歌出来るかどうかだけ……ああ僕がこんな事を言っていたのは内緒だよ? バレたら僕の首が飛んじまう」


 琴子ちゃんに押し戻されてやや不貞腐れていたが滝谷のバッサリとした物言いに気が付けば笑ってしまっていた、琴子ちゃんがあまりにあっさりと信用しているようなので少々不安だったが……よくいる自分の立場を守る事に必死な人間、という訳では無いようだ。


「では……ここからが本番という認識でよろしいですか? 幼い頃の記憶とはいえ私も父の友人である貴方を疑うような真似はしたくありません、所長の判断としては甘いのかもしれませんが……」


 一旦言葉を区切り、琴子ちゃんの不安そうな視線がこちらに向く。

 ……この男の狙いが何なのかは依然として分からないし、仮に狙いがあったとしてそれが私達にとって不利益になるのかどうかすら分からない……が正直に言って現状が待つしかない手詰まり状態なのも事実だし琴子ちゃんのお父さんの友人という彼以上に都合の良い人物が他にいるとも思えない、相変わらず流れの主導権も穂先すらも掴めずイライラしてくるが、現状の進展としては悪くない選択の筈だ……少し考えてから頷くと、琴子ちゃんも安心したのか表情から力が抜けるのが分かる。


「ありがとう二人共、それにしても親子二代に渡って同じ仕事が出来るとは……くぅー! なんだか楽しくなってきたなぁ!」


「はい、まだまだ未熟な私にとって明彦おじさんという味方を得られたのはとても大きいですよ。という訳で……これより青海研究所は明彦おじさ……んん、滝谷明彦さんを協力者として迎え入れます……二人共、もう警戒を解いて大丈夫ですよ」


「はーい」


『了解』


「……えっ?」


 琴子ちゃんの言葉に返事をした私達にそれまで嬉しそうに小さくガッツポーズをとっていた滝谷の動きが止まった、車の内部無線で恵ちゃんが話を聞いていた事よりもまさか自分が警戒されているとは思ってもみなかったようだ。


「今滝谷さんが座ってる座席……実は中に拘束ベルトが仕込んであるんですよ、少しでも不審な動きを見せれば恵ちゃんが即座に拘束して……私達はこれでーす」


 ポカンとした表情のままの滝谷に見えるように掲げたのは特製帆吊印の改造スタンロッドや唐辛子や胡椒の成分をこれでもかと濃縮したものが入っている激辛スプレーなどなど……最後に琴子ちゃんの懐からも同じスタンロッドが出てきた辺りで明らかに滝谷の顔が青ざめているのが分かった。


「女の子は男の子よりも武器の携帯が楽ですからねぇー?……滝谷さんが味方で本当に良かったですっ」


「は……はは、これは参ったな……おーい見てるか誠一郎ぉーう、お前の娘達は立派に育ってるぞー!」


 降参とばかりに両手を挙げて叫び、座席に深く座り直した滝谷を見てようやく車内の緊張感がほぐれていくのを感じた。

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