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第三十一話 一緒だから

「……おい、少しはジッと出来ないのか?」


「──だって!……だって今この瞬間にも琴子ちゃんが大変な目に遭ってるかもしれないのに、落ち着いてなんていられるワケ無いでしょ!? 逆に恵ちゃんはどうしてそんなに冷静なのよ!」


「俺だって不安に決まってるだろ、お前が取り乱してるからそう見えるだけだ。それと……ここではちゃんと所長と呼べ、お前の態度で所長の評価が落ちれば余計に面白くない事になるんだぞ」


「っ……分かってるって!」


 感情のままに声を荒げると恵ちゃんは小さくため息をつき、それ以上は何も言わなかった。謝るべきな事は分かっているが、今はとにかくそれどころではない……高そうなカーペットが敷かれ、長く伸びた廊下の壁に寄り掛かりながら腕を組む恵ちゃんの隣に立って同じように壁に寄り掛かるが、今にも連絡がくるかもしれないので握りしめたマグフォンを片時も手放す事が出来ない。


「……恵ちゃん、中でどんな話をしてると思う?」


「さぁな……だが俺達にとって良い話をしているとはとてもじゃないが思えないな」


「だよね……あーもう!……もし琴子ちゃ……所長を少しでも傷付けたらあの狸爺共の皮を剥いで狸鍋にしてやる……!」


「そりゃいいな、捌くのは任せろ」


 顔を上げると恵ちゃんが鼻を鳴らしながら笑ってみせ、少しだけ気分が晴れた……が、やはり胸にズンとのしかかるような不安はどうしても拭えない。

 ──二日ほど前の事だ、琴子ちゃん宛てに一本の電話が掛かってきた……詳しい内容までは分からないが琴子ちゃんから聞かされた内容は新東京にある国際海洋会議場まで来いと呼び出された、との事だった。

 国際海洋会議場は別名マリンタワーとも呼ばれ一階と二階、それと地下は一般公開され深海魚などをはじめとした様々な海洋生物の生態やアトラクションなどを楽しめる人気のアミューズメント施設として知られているが、三階より上層は研究所やその名の通りホール状の会議場となっており私達のような深海研究の関係者以外は入れないようになっており、そこでは不定期に意見交換会という名の報告会が行われてるのだが……ハッキリ言ってしまえば上で起きた問題を解決するために私達のような下の人間が集められて解決策を練り、その手腕で上の人間に認めてもらう為の一種の品評会のようになっている。

 もちろん私達も研究所を名乗っている以上組織の人間である事は理解しているし、取り扱う問題の多くは深海魚やマントル海域関連なのだから問題解決を通して新たな経験をする事自体はやぶさかではない……だが研究者というやつは大筋に乗りながらも独自の意見を持ち、いわばオリジナルの研究を進めているものだ。それを上からの命令一つで全て差し出せと言われて気分が良い訳がない……更にこのタイミングだ、何の話をしているかなど想像するまでも無い。


「なぁ帆吊、やはり今回呼ばれたのは修吾君の事に……」


「シッ、今はその名前を出しちゃ駄目……誰がどこで何を聞いてるか分かんないんだから」


「……そうだな、すまん」


 ばつが悪そうに咳払いし周囲を見回した恵ちゃんから視線を放し、鳴らないマグフォンを手の中でくるくると回す。

 ──そもそもとして今回の意見交換会、当然の事だが全ての研究所に声がかかる訳ではない。呼ばれるのは大抵長く上に貢献し続けている研究所や近々に目覚ましい結果を残した研究所……つまり、上の『お気に入り』だけに声がかかるのが殆どだ、私達青海班は特殊な経歴とツテこそあるが研究所としては新参も新参……本来は声などかかる筈など無い、本来なら……だ。


「でもま……恵ちゃんの予想で合ってると思うよ? それしか無いと思うし、今頃は舌なめずりしながら問いただしてるんじゃない?……想像しちゃった、あーもう気持ち悪い」


 無数の人間の中でたった十人を選抜してもその人生は決して平等ではない。生まれた時に配られたカードも、生きている中で引けるカードの枚数も人によって違う……仮に平等なものがあるとすればそれは「カードを奪われる機会」だけだ。

 手札を丸々一枚奪われるか半分だけを破いて渡すかの違いはあれど奪われるという形自体は変わらない、であれば力の無い私達に出来る事は……その奪われる量を如何に減らすか、この一点に尽きる。

 これまで出来る事は全てやってきたつもりだが、やはり一方的にカードを奪われる事もあり私達の手元に残った枚数は余裕があるとはとても言えない、だがそんな犠牲の果てに修吾君という唯一無二のカードを手に入れ……今まさにそれが狙われている、私達の切り札が奪われるか否かという勝負の舞台に一緒に立てない事がこんなにも悔しいとは……!


「……? っ……琴子ちゃん!?」


 一瞬手元が震え、気のせいかとも思ったがマグフォンを確認すると画面に映し出された名前は私がこの世で最も大切に想う人の名だった、慌てて通話を受諾するボタンを押して耳に当てる。


「も、もしもし!? 終わったの!?」


『お、落ち着いて帆吊さん……まだ会議は終わってません、宇垣もそこにいますか?』


「恵ちゃん? 一緒にいるけど……どうしたの?」


 マグフォンから耳を離さず恵ちゃんの方へ目を向けると本人も不意に名前を呼ばれて驚いたのか、目を見開きながらこっちを見ている。


『良かった……それならすみませんが今すぐ会議室に来てもらえますか? 私一人では分からない事があって……すみません、少し助けてください』




 我らが姫様を救う為に颯爽と登場とばかりに会議場の扉を開いたはいいが、一斉にこちらを向く無数の視線に思わず怯んでしまう。薄暗い映画館のようなメインホールの座席の一つ一つにはマイクが設置され、各席にはネットで調べればすぐに顔写真付きで出てくるような人達が座っている。


「帆吊、あそこだ」


 耳元で恵ちゃんに囁かれ指差す先を見ると……いた、我らが姫様は既にホール奥のステージに上がっており、天井から吊り下げられた大きなモニターにはいくつかの資料が表示されている。意外だったのはステージに置かれた演台は二つあり、別の研究所の職員との討論形式になっていた事だった。


「あれは……この前の周防研究所の奴じゃないか?」


「周防研究所の……三人いるけど、どれだっけ?」


「……お前な、あれだけ絡んで顔も覚えてないのか?……真ん中の奴だよ」


 そう言われて三人組の中央に立つ男に目を凝らすが……駄目だ。やはり記憶に無い、というか名前も思い出せない。


「だって興味無いもん……それより早く行こう、私達の所長を助けるのが最優先」


「お前ってやつは……いっそ清々しいな。だがそうだな、行こう」




「お待たせ、私達のインカムある? 琴子ちゃんのと共有でもいいけど」


「ちゃんと二人の分はあります……それと、話す時はちゃんと所長と呼んでくださいね?」


 わざわざ呼び出したのだから私達から直接話を聞こうとしているという予想は合っていたようだ、何が飛び出してくるかは予想もつかないが……琴子ちゃんの負担を少しでも代われるなら願ってもない。


「二人共人前に立つのが苦手なのは分かっているのですが……すみません、私の力不足です」


「いーよ、むしろ呼んでくれて嬉しいぐらいだもん……そうでしょ?」


 インカムを装着しながら恵ちゃんに視線を向けると頷いて返してくれた、今も向けられている視線の数々だけでも背筋が寒くなるように怖いが皆が一緒にいるだけで私は立てる!……数度のマイクテストの後、準備完了を示す為に琴子ちゃんに頷きかける。


「それでは……意見交換会を再開します、青海研究所より帆吊渚さん……前へ」


 琴子ちゃんの合図を受けて司会役が再開を宣言するとすぐに私の名が呼ばれた、一発目とは何とも気が重いがどうせ早いか遅いかの差だ……深く深呼吸し、顔を上げるとまっすぐに演台に向けて歩を進めた。

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