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第二十六話 浮島のトレジャーハンター

「あー……イサナ、聞こえるか?」


『聞こえるよ、通信良好。通信はそのまま繋いだままにしておいてね』


「了解だ、それより一つ聞きたいんだけど……島があるのって今俺が進んでる方向であってるよな?」


『え? 少し待って……うん、こっちのレーダーにも表示されてるしその方向で合ってるよ。どうかしたの? 機械トラブルならすぐに戻って来ないと!』


「ああいや違うんだ、そうじゃなくて今日の海は何て言うか……滲んでるんだ」


『……滲んでる?』


 通信から聞こえるイサナの声が疑問に満ちている気持ちはよく分かる、俺だってどう言ったらいいのか分からないのだ。

 海の異常には潜って辺りを見渡した時にすぐ気が付いた、普段であれば暗いながらもどこか澄んでいる海が今日に限って雨に濡れた窓越しに外を見ているかのように滲んでいるのだ、お陰でさっきから距離感や方向感覚がおかしくなっているような気がする。


『待ってて、こっちでもマリンドローンで周囲を見てみるから』


「分かった」


 返事を返しながらも速度を落とさず泳ぎ続け……ふと辺りが異様に静かな事にも気が付いた。このマントル海域が静かな事はいつもの事だが、それでも常にどこかに俺の想像を超える怪物がジッと潜んでいるような……そんな感覚を感じるのだが今日に限ってその感覚を全く感じる事が出来ない、まるで巨大な空き家の中で一人でポツンといるような孤独感が胸に広がり妙に不安になってくる。


「イ、イサナ?……いるか?」


『大丈夫、ちゃんといるよ。それと……こっちでも確認したよ、海がこんな風になったのなんて初めて見た』


 胸が苦しくなるような沈黙に耐えかねて声をかけるとすぐに返事が返ってきて思わず安堵の息を漏らす、何が三十年だ……何が五年だ、俺にはこの数分の孤独感ですら耐えられていないではないか。胸を叩いて体内で音を響かせ、どうにか自分を無理やり落ち着かせようとするがバランスを崩して一回転してしまい、慌てて体勢を立て直す。


『シューゴ? 今のは何の音?』


「な、何でもない! それよりこの滲みって何だと思う? 水中で霧って事は……さすがに無いよな?」


『そう?……今水中の映像を解析してみたけど、霧じゃなくて凄く細かい泡が無数に広がってるみたいだね。恐らくどこかで大きくて異常な海流が発生してるのかも……そして多分、そのどこかってのは……』


「……あの島、か」


 この滲みが一つ一つ小さな泡の集合体で起きてるって?……一体どれだけの規模で何が起きればこんな現象が起きるというのか見当もつかないが、俄然調べる意味が生まれたというもの……この場に帆吊さん達がいれば、きっと同じように興味を示した筈だ。


『シューゴ、視界を歪めるほどの泡を生み出すような海流や波が起きてるならあの島の危険性は計り知れないから……一度撤退した方がいいと思う、何か起きてからじゃ遅いし……もしシューゴが怪我でもしたら……』


「イサナ……」


 イサナの気持ちは飛び上がる程に嬉しい、実際問題このまま引き返し島がどこかへ過ぎるのを待つのも英断だとは思う。

 しかし同時に長らく忘れていた男らしさのようなものが胸の奥から湧き上がってしまった。ただ単に向こう見ずで無謀なだけかもしれないが、せめて情報のカケラぐらい手に入れなければという強い思いに背中を押され、体をゆっくりと回転させながら泳ぎ続け更に加速していく。


「……もう少しだけ行かせてくれ、何か得られればよし。もし異常な海流が島の周囲を覆ってるようなら素直に戻るからさ」


『……分かった、お願いだから本当に無理だけはしないでね』




「……マジかよ、こんな事ってあるのか……?」


『シューゴ? 何を見つけたの、僕にも分かるように説明して?』


「あー……何て言えばいいんだ、この前の岩キノコの山みたいな場所に着いたんだけど……例の島がそこに引っ掛かってる」


 以前海鉄(うみてつ)を取りに行った岩キノコの山は水深百メートル近くの場所にあったが、ここは水深どころか水面から顔を出しているキノコがあるぐらい高く隆起した場所に生えていた。そんな場所にこの浮島は突っ込んだのだろう……突き刺さっているのか引っ掛かっているのかは分からないが、見たところ島が折れたキノコの柱の群れに完全に固定されてしまっている。


「この場合は島キノコ……いや、キノコ島か? イサナはどっちがいいと思う?」


『バカな事言ってる場合じゃないよ……それより周囲の海流はどう? 渦潮が起きてたりとかはしない?』


「確かに波が少し強い気がするけど……それだけだな、多分例の泡はこの島がぶつかった衝撃で生まれたものなんじゃないか?」


『なら良かったよ……それでどう? 島には上陸出来そう?』


「お、もしかしてイサナもワクワクしてきたか?」


『……ちょっとだけね』


 まるでトレジャーハンターにでもなった気分だ。未知というものが危険な事は勿論分かっているが未知でしか味わえないワクワクがあるのもまた事実だ、今すぐにでも上陸したいが目の前に立ち塞がる巨大な島はそれだけでも一苦労しそうに見える。


「でも結構厳しそうだな……カメラの映像じゃ分からなかったけどここから見た限りじゃ崖だらけだし、しかも全部鼠返しみたいに外側に沿ってる。普通に辿り着こうとしたらヘリコプターでも無いと上陸出来ないと思うぞ?」


『そっか……じゃあ残念だけど引き返すしかないね、一応何枚か写真撮っておいてくれる?』


「勿論写真も撮るけど……甘いぞイサナ、普通ならこんな崖登れないが、生憎このトリトンスーツは普通じゃあないんだ……いけ! アンカー発射ぁ!」


 掛け声と同時にデバイスを操作し腰の接地用アンカーを上に向けて発射する、空高くゆるい弧を描いて飛んだアンカーは無事に二本とも地面に刺さったらしく、海面に落ちてくる事は無かった。


「よし! しかも自動巻取り機能もあるから楽々上に行く事ができ……イサナ? 何笑ってるんだ?」


『ふ……ふふっ、だってシューゴがびっくりするぐらいノリノリで言うんだもん……! なんか可愛くて……!』


 アンカーに結ばれたワイヤーを巻き取りながらゆっくりと上昇していると通信の向こうからイサナの笑い声が聞こえてきた、しかもツボに入ったのか何かを叩くような音も聞こえてくる。


「なあっ……! だ、だって格好良いだろ? アニメとか映画とかを見て、お前も言ってみたいってならなかったか!?」


『確かに格好良いと思った事はあるけど実際に言いたいとは思った事無いかなぁ、マリンドローンの時も思ったけどシューゴはそういうのがホントに好きなんだね』


「うぐ……分かったよ、もう言わないからあんまりからかわないでくれ……」


 楽しい気持ちが台無しだ……思わず宙吊りになりながらがっくりと項垂れてしまった、しかし俺の反応が予想外だったのかイサナは慌てた様子で否定の言葉を繰り返した。


『ちがっ……違うよ! シューゴはそれでいいの! 僕はシューゴのそういうところがす、好きだからさ……ドローンで一緒に出撃した時とか楽しかったし! だから……!』


「わ、分かったから! 気にしてないからもう止めてくれ!」


 イサナにからかわれていた訳では無いと脳が理解すると共に『好き』という言葉が深く心に残った、勿論文脈的にも俺が思っているような意味では無いと分かっているつもりだがつい顔がニヤけてしまう……このスーツに内部カメラが無くて本当に良かった。




「よ……っと」


 アンカーを巻き取る力に合わせて崖の縁に手をかけて登り切ると、視界一杯に深い森が広がった。

 植物学者が見れば珍しい木などを発見する事も出来るのかもしれないが残念ながら俺にはただオレンジ色の光を浴びた木々が広がっているようにしか見えない、不思議な点があるとすれば周囲が妙に静かなところか。


「島の上陸に成功……ただ不気味なぐらい静かだよ、今のところ動物どころか虫一匹見当たらない」


『了解、一応今から僕達の音声の録音とシューゴの視界の録画を開始するね。あと危険だからスーツは絶対に脱がないこと、いい?』


「りょーかい、ん……地面がいやに柔らかいな、気を付けていないと転びそうだ」


 少し足を踏みしめただけでも足が地面に僅かに沈み、再び足を上げると足跡に水が張っていた……見た目は土で出来た地面だが感触は水を含んだ苔の上を歩いた時に近い。


「とりあえず上陸した箇所からは森に入るしか道は無いみたいだ、森への侵入を開始する」


『気を付けてねシューゴ、時間の事も忘れないで』


 言われて思い出したがすっかり忘れていた……デバイスに視線を落とし時間を確認すると既に半分が過ぎていた、ここに来るまでのやり取りで時間をかけすぎてしまったか。

 頭部、そして両手のライトを起動するが深い森を照らすにはいささか頼りない……ほんのり不気味さを感じながらもやや強引にここへ来た意味を思い出すと一歩、また一歩と森の中へと入っていった。

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