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第二十四話 言葉解さぬは獣に非ず

「……久しぶりに見た、シューゴは種類とか分かる?」


「いや、悪いけど全く分からない……どこから見つけてきたんだか」


 エイトが部屋の窓を叩いた時に驚きの声を上げたのは俺だけでは無かった、しかし当然エイトを見て驚いたわけではなくイサナが驚いたのは窓を叩くので使ったのであろう咥えているものを見て驚いたのだ。

 巨大すぎるエイトが咥えていたせいで小枝にしか見えなかったが急いで最上層まで上がり天井を開いた俺達の前にそっと置いたそれは大樹とまではいかずとも程よく成長した一本の木だった、よく見れば何かの果実も生っているのが分かる。


「ところでイサナ……エイトをどうにかしてくれないか? これじゃ調べようにも動けん」


「ふふっ、久しぶりに会えて嬉しいんだよきっと。しばらく好きにさせてあげたら? 僕は望遠カメラを起動して周囲を確認してみるよ、何か見えるかもしれないし」


「ちょっと待ってイサナ……! エ、エイト! 少しでいいから離してくれないか!?」


 最上層に上がり天井を開くないなやエイトの触手によって俺は両手足を絡めとられ、再び宙に浮かんでいた。これがエイトなりの愛情表現と言うか、ハグのようなものなら可愛らしいものだが今はいかんせん目の前に転がる謎の植物を調べてみたい……試しにとジタバタと暴れてみるが拘束が緩む気配は無く、頼みのイサナもカメラを起動する為にと屋上の端にある小屋へと走って行ってしまった……ガックリと項垂れながらエイトに視線を向けると、何がそんなに嬉しいのか分からないが甘える子猫のように小さく鳴き続けている。


「駄目か……ならせめてエイト、あの果実を一つ取ってくれない?」


 大きな木の青々とした葉っぱに紛れるように点在する青紫色の果実、それを指差して問い掛けるとエイトは鳴くのを止めて首を傾げつつ俺の言葉を聞いているかのような素振りを見せた。


「そう、それだ……そうだよエイト、それだ!」


 言葉を理解しているのかどうかは分からないが単語に区切って何度か同じ言葉を繰り返すとやがてエイトの体から伸びた触手の一本が果実を一つ摘み取り、そっと俺に手渡した。


「通じた……! 凄いぞエイト! よく分かったな!」


 果実を手に出来た事よりもエイトに言葉が通じた事の嬉しさが勝り、声を上げて笑いながら腕に絡みつく触手を撫でるとエイトも俺の笑い声に合わせて高らかに鳴き声を上げた。


『随分仲良くなったみたいだね、その植物の事は何か分かりそう?』


「イサナ? 一体どこから……あ、これか」


 ポケットに入れたままだったデバイスを取り出すとそこからイサナの声がした、リモコンに通信機と……意外と多機能な逸品のようだ。


「調べようにも宙ぶらりんじゃな……とりあえずこの果実が熟してるのかどうかは分からないけど皮は結構ゴツゴツしてて硬い、雰囲気はココナッツとかが近いか? 中は……詰まってる感じはする、匂いはほぼ無臭……少し磯臭い気もするけど、これは多分エイトの匂いだな」


『ふ、ふっ……そっか、分かったよ』


「なぁ、今吹き出したろ?」


 とはいえ無理もないだろう、世界広しと言えどどこの世界に巨大深海魚に両手足を拘束されて宙吊りになりながら果実を調べている男がいると言うのか。声だけでも笑いを誤魔化している事が分かったので間髪入れずに突っ込んでやるととうとう我慢できなかったのか盛大に吹き出したイサナの大きな笑い声が通信機から響いた。




「ただいま、カメラを巡回モードにしてきたよ。これで何か見つかったら通知がくる筈だから、とりあえず試しにその果実を割ってみようか」


「はいよ、エイト? そろそろ俺を一旦降ろしてくれるか?」


 小屋から戻ってきたイサナに果実を投げて渡し、エイトに俺を降ろすように地面を指差しながら言うが首を振るだけで一向に降ろそうとしない。


「イヤイヤじゃなくて! せっかくエイトが持って来てくれたんだから、ちゃんと調べたいんだよ」


 ここまでくると最早エイトに表情があるような気すらしてくる。何度も触手を軽く叩きながら下を指差し続けて語り聞かせるように言うと、それはもう渋々といった様子ではあるがそっと俺を床におろした。


「ふぅ……良い子だエイト、それじゃあイサナその果実を……おっ!?」


 ようやく従ってくれた事に安堵してホッと息を吐きながらイサナの方へと振り返ると、今度はエイトの触手が素早く腰に巻き付いた。再び振り返って腰の触手を軽く叩くが、今度は大きく体を震わせて拒絶の意志を示した……これだけは譲れないという事か。


「はぁ、まぁ動きに制限がかかる訳でもないしいいか……イサナ、このままでもいいか?」


「もちろん、さてそれじゃあ中身を拝見……と、本当に硬いねコレ」


 床に置いた果実を片手でタオル越しに押さえ、イサナがナイフの刃で叩くと頑丈さを証明するかのような鈍い音が響いた、見た目は木の実だが音だけ聞くと石でも叩いているかのように思える。


「大丈夫かそれ? ナイフ折れない?」


「うん……少し怖いね、茹でたりすれば柔らかくなるかもしれないけど毒性の有無も分からない内に鍋を使いたくないなぁ……あ、でもいけそうかも」


 果実の中央から端に向けて順番に叩いていると先端付近で刃が少し果実にめり込んだ。先端は他と比べて随分と柔らかいようだ、それでも斬り辛いのか悪戦苦闘している様子だったが焦れたイサナが先端にナイフを突き立てて小さな穴を開けると途端に果実全体の張りが失われ、貝柱を失った貝のようにあっさりと縦に割れて中身が姿を現すと共にどこかで嗅いだ事のある匂いが周囲に広がった。


「なんかスイカみたいな匂いだなそれ……中身もピンクというか赤っぽいし、食えるんじゃないか?」


「駄目だってシューゴ、確かに匂いは悪くないけど成分は下で調べなきゃ……ここで開けたのは中に有毒物質や深海生物とかが潜んでいてもすぐに始末できるようになんだから」


「へ、そうだったのか? 俺はてっきりイサナも食べたいんだとばかり……」


 俺の言葉に小さなため息を漏らしたイサナが腰の辺りに手を伸ばしナイフの他にもスタンガンやオイル、ライターなど様々な道具を取り出しては見せてくれた。どうやら丸腰で未知の物に手を伸ばそうとしていたのは俺だけだったらしい。


「そんな訳無いでしょ……もう、この先何を見つけたとしても危ないから僕が知らない物を勝手に拾って食べちゃ駄目だよ?」


「た、食べないって! 子供じゃあるまいし!」


「ほんとー?」


 慌てて否定するがイサナのこちらを見つめる目からは疑いの色が消えず、それどころか頭上のエイトまでイサナを真似するかのように小さく鳴き声を漏らした、さすがにそこまで食い意地が張っていない……と信じたい。


「冗談だよシューゴ、さぁとりあえずこの実を作業室に持って行くから一緒に……ん?」


「どうした?……って俺のもか」


 俺達のポケットに入れていたデバイスから同時に電子音が鳴り響いた、どうやら周囲を調査していた望遠カメラが何かを発見したらしい。


「先にカメラの方見に行こうか、エイト! もう大丈夫だよ」


「大丈夫って何が……お?」


 イサナの声が届くと同時に俺の腰に巻き付いていた触手がそっと離れ、鳴き声を上げたエイトは大きな波飛沫を飛ばしながら海中へと潜っていった……多分エイトなりにゆっくり潜ってくれたのだろうが、その巨体故に集中豪雨のような水飛沫を被ってしまった俺は一瞬で全身水浸しになったのは言うまでもない、上手く避けたのか俺ほどではないにせよイサナの髪先からも水滴が滴っている。


「あはは、中に新しいタオルがあるから急いで体拭かなきゃね」


「ここが寒くなくて良かったよ……それより、何が大丈夫って?」


「シューゴだよ。エイトは時々ああやって海で見つけた珍しいものを持って来てくれるんだけどそれが安全か分からないから、安全が確認できるまで見守っててくれるんだ……乾燥に弱いから長時間体を出してるのはエイトも辛い筈なんだけどね、それだけシューゴの事が心配だったみたい」


「そうだったのか……てっきりじゃれてるだけだとばかり思ってたけど……」


 シャツの裾を絞りながら振り向き、雄大なオレンジ色の海を眺めているとまるで大きな存在を隠すように静寂が広がっていた……しかしエイトのような存在は確実にいる、腰や両手足に残る感覚がそれを実感させてくれる。


「ありがとうなエイトー! 俺、頑張るからー!」


 どこにエイトがいるかも分からない海に大きく手を振りながら声を張り上げる、当然返事など無いがそれでも不思議な充足感が心を包み込んでいる。

 ──本当にここに来て良かった、そんな思いを噛み締めながら小屋の扉の前で俺の名を呼ぶイサナの元へと足早に駆けだした。

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