第二十話 メタルハンター
「それじゃあ開くけど……準備はいい?」
「アームの同期確認、スラスターよしレーダーよし……いいよ、いつでも行ける!」
「ハッチ展開、いいよシューゴ!」
「了解、マリンドローン一号……出撃!」
手元のコントローラーを操作してスラスターを起動させ、真っ暗な通路を抜けると視界いっぱいに薄暗い海中の光景が広がった……耳に届くのは低いスラスターの駆動音と水をかき分ける音のみ、それだけなのに何だかとてもワクワクしてくる。
「マリンドローン二号出撃……ねぇ、この掛け声って本当にいる?」
「絶対いる! 気分が全然違うからな!」
海中を少し進んで振り向くと、イサナの操作するドローンが観測所から飛び出すところだった。
マリンドローンの操作はそこまで難しい訳じゃない、専用のゴーグルと両手に装着するコントローラーを装備する事で視界を同期し五本指のアームを操作するだけだ、極端な話普段からコントローラーを見ずにゲームが出来る腕があれば少し練習すれば誰にだって扱える。速度の調節やレーダーの見方などは少しコツがいるが、レースゲームなどに比べたらフィールドが広い海な分むしろこちらの方が楽まであると俺は思う。
「なるほど、シューゴはそういうのが好きなんだね……覚えとくよ」
一人冷静に振舞ってはいるがイサナの操るマリンドローンの両アームは先程からくるくると回っており言葉とは裏腹に楽しそうだ、ビート板を楕円形に膨らませた様なドローンの外見はお世辞にも格好良いとは言えないが、遠隔で海を自由に動き回れるこの感覚はトリトンスーツとはまた違った楽しさがある。
「さぁてそれじゃあ始めますか……海のゴミ拾い!」
環境を調べるという目的においては普段は気にもしないような木片だったり生き物の死骸などが大きな情報になる事もあり、それは海においても当然同じ事が言える。
通常の海であれば貝や海藻、魚などがその対象だが……このマントル海域ではそれ以外にも異なる点が多く存在する、例えば先程から画面の端でバグっている深度計がそれだ。
「本当に深度計が役に立たない……そのぐらいって思ってたけど、意外と厄介だなこれ」
「でしょ? だから直線距離を潜る時もしっかり目で見て確認してね、そこまで頑丈じゃないからどこかにぶつけでもしてカメラが壊れたら回収出来ないからさ。とりあえず今日は僕が先行するから……後ろについてきて」
「りょーかい、頼りにしてるよ」
深度計の異常については事前にイサナから説明を受けていた。内容を簡単にまとめると例えば一メートルの長さの定規があるとしてそれを地上に置くと一メートルを測る事が出来るし、水中に沈めれば水深一メートルを測る事が出来る……が、マントル海域ではそれが出来ない。
地上……例えば観測所内に置けば一メートルを測る事が出来るが、マントル海に沈めると深さによって定規そのものの長さが違って見えるのだ。定規の両端を持つ事は可能だが肉眼でもカメラを通してもメモリがダブって見えてしまい正確に測る事が出来ず、今回のように深度計だと表記そのものがバグってしまう。
「しっかし何でこんな事になるんだろうなぁ……研究所の皆なら、この長さが変わる原因が分かるのかな?」
「僕も専門的な事は分からないけど……多分、この海は色々なものを曖昧にするんだと思う」
「曖昧に……? 距離って言う概念そのものがって事?」
「そうじゃなくて……例えばシューゴは僕の事、どっちに見える? 男に見える? 女に見える?」
「いや、そりゃ……」
反射的に答えかけて言葉に詰まってしまった。整った顔立ちに俺のものとは明らかに違うサラサラの青い髪に宝石のような青い瞳……それに加えていつもラフな格好をしているせいで外見は中性的、いや……どちらかといえば女性的と言ってもいいだろう。
「ま、シューゴの反応を見てればどっちに見えるかなんて分かり切ってるんだけどね? ふふっ」
「うぐっ……」
「……僕が言いたいのはそういう事だよ。いつ見ても変わらないオレンジ色の空に水中では長さが変わり、地上とは流れる時間の早さが違う……しかもそこに規則性が無いんだ、時間だって僕らが気付かないだけで早くなったり遅くなったりしてるかもしれない。僕ら人間に時間を正確に感じる能力は無いからね、周りの環境の変化や時計を見る以外で時間を計れないでしょ?」
「なるほど……エイトみたいな深海魚たちに性別が無いのもそのせい? 性別が曖昧……みたいな」
「多分ね、僕は生まれた時は男だったから体にその名残を残しつつ変化してるのかもしれない……その内胸が膨らんだりしてね? シューゴは女っ気が無くてかわいそうだから、もし僕の胸が膨らんだら触らせてあげるよ」
「そりゃどーも、その時は存分に揉みしだいてやるから覚悟しとけー!」
「あはは、襲われちゃーう」
ゴーグルをしているお陰で隣で嬉しそうに笑うイサナにニヤけてしまった事はバレなかったようだ、しかしそこまで様々なものが常識外だとすると俺達の気付いていないものも影響を受けているのかもしれないし……異様に巨大化した深海魚も、元々は違う姿からこの曖昧な環境が招いた結果なのかもしれない。
「あ、そろそろ見えてきたね……どう、シューゴも見える?」
「ちょっと待ってな……うお、何だあれ!」
深海の闇から徐々に姿を現したそれは……キノコのような形をした大きな岩礁だった。更に近付くにつれてそれらが次々に姿を現し、やがて見渡す限りの岩キノコの森が現れた。
「どういう理屈で海底に生えてるんだあれ……いや、理屈とかじゃないんだったか」
「ちなみにここはまだ海底じゃないよ、この辺りが特別高く隆起してるだけで海底なんてまだまだ先……僕も行った事無いんだ、ここよりもう少し下は縄張りの外だしね」
イサナの言葉通り岩キノコの根元をよく見てみると細い台形に盛り上がった岩の上にキノコは生えていた、それが点在する事で森を形成しているようだ。
ちなみに縄張りというのは観測所を中心として一定の範囲がエイトの縄張りだという事らしく、それ故に機械であるマリンドローンが他の巨大深海魚に襲われる事は無いのだという……しかしもちろん完全に安全という訳では無く、稀に小さな深海魚が入り込んでくる事があるので常に警戒は必要なようだ。
「ちなみにエイトは今どこにいるんだ? 全く見当たらないけど……」
「レーダーにも反応は無かったしこの辺りにはいないみたいだね。巨大深海魚は他の縄張りは侵さないけど、広い範囲を泳ぎ回ってるみたいだから」
「そっか、それじゃあまぁ……邪魔が入らない内に俺達の作業を始めますか!」
するりと岩キノコの笠を避けて根元に辿り着くと、目的のものはすぐに見つかった。
岩礁のあちこちから飛び出しドローンのライトを鈍く反射するそれは『海鉄』とイサナが呼ぶ自然に生えた金属のカケラだ、加工しやすく特異な性質をもつそれは様々な道具の材料にもなり……同時にエイトの主な餌となる。
「あんまり取り過ぎると重すぎて動けなくなるから気を付けてね、もし量が必要なら何度か往復すればいいからさ」
話しながらアームの間から生やしたドリルで海鉄を削り取って見せてくれた、俺も真似してみるとイサナのように綺麗にとはいかないが簡単に採る事が出来た。
「お、結構簡単に採れるんだな……よーしイサナ、どっちが多く持ち帰れるか勝負な?」
「もー……シューゴ、僕の話聞いてたー?」
海鉄を削ってはドローンに内蔵されている収納箱に放り投げ、いつしか余裕が出来てからは下ネタを交えた談笑で盛り上がりつつ回収を進めているとやがて操縦にコツがいるぐらいドローンが重くなっていた。
「よっと……イサナ、俺の方はそろそろ限界みたいだけどそっちはどうだ?」
「僕の方も丁度良いかな、それじゃあ上に戻ろうか」
浮上するイサナに付いて行こうとするが少し積み過ぎたのか明らかに速度が出ず、徐々に引き離されていく。
「あー……悪い、少し積み過ぎたみたいだ。そっちで取り出せたりする?」
「大丈夫だよ、収納箱だけ開けてくれるかな?」
収納箱を開いて停止するとすぐにやって来たイサナのアームが中にある海鉄を取り出し始めた……しかしここで問題が起こった。何者かが勢いよく俺達の間をぶつかりながら通り抜け、吹き飛ばされた俺達のドローンは回転しながら弾き飛ばされてしまったのだ!
「シューゴ、大丈夫!?」
「目ぇ回ったけどドローンはまだ動ける! 一体何にぶつかった!?」
「ウツボだよシューゴ! でっかいウツボが突っ込んできたんだ!」
体制を立て直してカメラで周囲を確認するとイサナの言葉通り三メートルはあろうかという大きなウツボがこちらを見据えていた。この海なので正確な長さは分からないが、もしかしたらもっと巨大なのかもしれない。
「マジでデカいな! どうする、逃げ切れるか?」
「逃げてもいいけど……インスタントや缶詰ばかりじゃ栄養が偏ると思ってたから、ちょうどいいかな」
「は……イサナ?」
イサナのドローンにカメラを向けると両手のアームから採掘用のドリルを生やして巨大ウツボと向かい合っていた、聞くまでも無くやる気満々……出撃時の俺よりも生き生きとしている。
「待っててシューゴ、今晩は美味しい蒲焼を食べさせてあげるからね!」




