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扇子と剣

「砕外の位置はわかるかな」


 店を出ると、閑斗は小さい声でそう聞いた。


「そこまで遠くはないですね。獲物を物色しているでもしているのでしょうか。その場に留まっているように感じます。こちらから追いかけたら、逃げられるかもしれませんね」


 御樹は軽く目を閉じて砕外の位置を確認する。それほど遠くの位置にはいないが、こちらから追いかけたら逃げられそうでもあった。


「なら、あっちがその気になるように誘ってみようか」


 閑斗は自分の左手を御樹の左手に重ねた。


「恋人のふり、ですか。それで乗ってくるとも思えませんが」

「一度に二人も喰えるっていうのは、撒餌としてはいい感じじゃないかな」

「それでしたら」


 御樹は閑斗の左腕をぎゅっと掴んだ。


「これくらいしないと、騙せませんよね」


 そして、意味ありげな笑みを浮かべる。


「あまり、胸を押し付けないでくれないかな。俺も一応は男だから、変な気持ちになってしまうよ」


 閑斗はたまらず苦笑していた。


「あっ、すみません」


 御樹は無意識のうちに体を押し付けていたことを指摘されて、慌てて体を離した。


「まさか御琴以外の女の子で、こんな気持ちにさせれるなんて思わなかったな。所詮、俺も本能には逆らえないってことか。少し、自分が嫌になる」

「お姉ちゃんのこと、忘れてなんて言いません。でも、そこまで縛ることはお姉ちゃんも望んでいないんじゃないでしょうか」


 閑斗があまりに自分を律しようとするので、御樹は重ねられた手にそっと力を込めた。


「そう、だね。ちょっと重く考えていたのかもしれない。でも、御樹ちゃんも気を付けないと。御樹ちゃんみたいな可愛い子にこんなことされたら、大抵の男は勘違いしてもおかしくないから」

「何だか、わたしが誰にでもこういうことをする女の子だって、そう思ってません?」


 閑斗に言われたことが納得できなかった御樹は、むっとして詰め寄った。


「いや、そんなつもりはないけど」


 御樹に詰め寄られて、閑斗は一瞬たじろいていた。


「誰にでも、じゃありませんよ。閑斗さんだからです」

「それは、どういう……」

「行きましょう」


 何かを言いかけた閑斗を引っ張るようにして、御樹は歩き出した。


「やれやれ、だね」


 閑斗は小さく息を吐くと、御樹を追いかけるように歩き出す。


「あっ、かかったみたいですね」


 しばらく歩いて人気も少なくなった頃、御樹は砕外がこちらを付けてきていることに気付いた。


「思ったよりも簡単に釣れたね。逆に罠なんじゃないかって疑ってしまうよ」

「でもあちらは一体、こちらは二人です。少々の罠なんかで止められません」

「まあ、罠を仕掛けるような相手がこんな簡単に引っかからないか」

「じゃ、もう少し街外れを目指しましょうか」


 御樹に言われて、閑斗は頷いた。

 更に人気がなくなり、この場にいるのは二人だけになっていた。


「そろそろ出てきそうだけど」

「そうですね」


 御樹は閑斗に顔を近付けた。


「御樹ちゃん、近いって」

「これくらいしないと、騙せませんよ」

「全く」


 閑斗は呆れたように言うと、砕外に悟られない程度に軽く周囲を見渡した。


「お楽しみのところ、申し訳ないんだが」


 予備知識がない人間が聞いたら、ぞっとするような声が響いた。

 二人は視線を交わすと、声のした方を向いた。


「まあ、こんな時間にこんな場所をうろついているような悪い子だ。お仕置きが必要だな」


 傍から見れば全く人間と変わらない姿だが、御樹にはそれが一目で砕外だとわかった。


「お仕置き、ですか」


 御樹はわざとらしく怯えたような素振りを見せる。


「一応、俺達は法律に違反するようなことはしていないけど。もしかして、あなたはお巡りさんだったりするのかな」


 閑斗もとぼけてそんなことを口にした。


「生憎だが、オレはお巡りさんじゃなくてな」

「それなら、関係ないことだし放っておいてくれないかな」

「そうもいかん。目の前に喰いでのある若い人間が二人もいるんだ。これをみすみす逃すほど、オレはお人好しではないからな」


 砕外は跳躍すると、御樹の頭上から切り裂くように腕を振り下ろした。

 御樹は懐に手を入れると、流れるように扇子を引き抜いた。


「がっ……」


 完全に捉えたと思った攻撃が何かに遮られて、砕外は小さく悲鳴を上げる。見ると、御樹は手にしている扇子で砕外の攻撃を防いでいた。


「これは砕外相手に特化した物ですから。触れただけでも、ただじゃ済みませんよ」


 御樹はこの上なく嫌らしい笑みを浮かべていた。


「まさか、守護者だったとはな」

「守護者?」


 砕外から聞き慣れない単語が出てきて、御樹は思わずオウム返しで口にしていた。


「お前達は、人間をオレ達から守護するために戦っている一族なのだろう。だから、オレ達の間ではそう呼んでいるだけだ」

「そうですか。わたし達が、あなたのことを砕外と呼んでいるのとさして変わりませんね」


 御樹は砕外の方がこちらに名称をつけている、ということにいくらか驚かされる。だが、こちらも勝手に砕外と名付けているのだから、さして変わらないだろう。


「全く、オレも運が悪いな。あまりにうまそうな餌に釣られたとはいえ、守護者と相対することになるとは」

「どうやら、霧業に比べれば格が落ちる相手のようですね。わたしが終わらせます」


 御樹は閑斗の方にちらっと視線をやると、砕外と真っ直ぐに向き合った。


「そうだね、この程度の相手なら御樹ちゃん一人で倒せないと、後々困るから」


 閑斗は小さく頷いた。


「随分と、甘く見てくれるようだが……オレとして、そう簡単にはやられんよ」


 砕外は御樹の扇子に注意を払い、扇子を持っていない左側から攻撃を仕掛けた。

 御樹は体を半分ほど回転させてそれを難なくかわす。そして、空振りした隙に容赦なく扇子を叩き付けた。


「ぐぁ」


 背中に扇子を叩き付けられて、砕外はうめき声を上げた。

 それでも御樹から大きく間合いを取って、それ以上追撃されることはどうにか回避する。


「その程度ですか」


 御樹は油断なく砕外に視線をやった。


「どうやら、オレには少々荷が重い相手のようだな。だが」


 その構えに全く隙がなく、砕外は御樹とやり合うのは分が悪いと感じていた。


「お前の方からは、そこまでの強さは感じられん」


 砕外は閑斗の方が与しやすいと判断し、そちらの方に襲い掛かった。


「なるほど、君の判断は正しい。単純な技量なら、御樹ちゃんの方が上回っているのは事実だ」

「はっ、強がりか」


 閑斗があまりに落ち着いているので、砕外はいくらか違和感があった。だが、それはただの強がりだろうとも思っていた。


「でも、俺はイレギュラーなんだよ」


 閑斗は砕外の力を解放する。


「なっ……どうして、人間がオレ達と同じ力を」


 それを目の当たりにして、砕外は踏みとどまった。


「イレギュラーなんだよ、俺は。まあ、ここで消滅する君には、関係のない話か」

「オレはとことん運が悪いらしい」


 閑斗に冷ややかな目で見られて、砕外は困ったというように息を吐く。


「さて、どうしますか」


 御樹はゆっくりと砕外の背後に近付いた。


「これは困った。だが、オレとて簡単に諦めるわけにもいかん」


 砕外は御樹と閑斗を交互に見やった。

 素手の閑斗の方が対処しやすいと判断したのか、閑斗の方に飛び掛かってきた。


「俺も甘く見られたものだね」


 閑斗はそれを迎撃するように、左手を上から振り下ろす。


「閑斗さん、扇子!」


 それが扇子で攻撃する動作だったので、御樹は思わず声を上げていた。

 その声で閑斗も扇子を持っていないことを思い出したが、そのまま手刀を砕外に叩き付ける。

 砕外の腕と閑斗の手刀がぶつかり合うと、砕外は大きく吹き飛ばされた。


「隙あり、です」


 体勢を大きく崩している砕外に、御樹はすっと近付いた。そして、扇子を広げて首元をすっと薙ぎ払った。

 大きな音を立てて、砕外の首が地面に落ちる。

 砕外は悲鳴すら上げることなく倒れ込んだ。


「閑斗さん、大丈夫ですか」


 倒れた砕外に構うことなく、御樹は閑斗に駆け寄った。


「問題はないよ。少しばかり、痛いけどね」


 閑斗は軽く手を振った。


「見せて下さい」

「いや、だから大したことは……」

「いいから、早く」


 御樹に強い口調で言われて、閑斗は渋々ながら御樹に手を差し出した。砕外と激しくぶつかり合ったせいか、一部分が赤くなっている。


「ここ、痛くないですか」


 御樹は赤くなった部分を指先で撫でるようにしてつまんだ。


「大丈夫だよ」

「砕外は人間よりずっと硬いんですから。骨にヒビとか入って……は、なさそうですね」


 御樹は閑斗の手を強く押したり指で挟み込んだりして、怪我をしていないことを確認する。


「俺も砕外の力を使っていたから、そこまで問題はないはずだよ」

「閑斗さん、もう扇子はないんですから気を付けてください」

「今までずっと使っていたから、中々慣れなくてね」

「今回は相手があまり強くなかったから良かったですけど、もっと強い相手だったら無事じゃすみませんよ」

「なら、扇子を返してくれるかな」


 強い口調で言う御樹に、閑斗は冗談半分でそう言った。


「駄目です」


 御樹は笑顔を作ると、ゆっくりと首を振ってそれを否定する。


「だよね」


 その答えが予想できていたので、閑斗も仕方ないというように頷いた。


「剣を使うと負担がかかるのはわかりますが、本当に厄介な相手なら剣を使ってください」

「いや、剣はもう御樹ちゃんに……」

「少なくとも、扇子がないことに慣れるまでは、閑斗さんが持っていてください」


 剣を返すと言いかけた閑斗を遮って、御樹は強く言い切った。


「やれやれ、だね。こうも毎回怒られると大変だから、早く扇子がないことに慣れないといけないな」


 御樹に強く言われたこともあって、閑斗は剣を返す、とは言えなくなってしまった。


「早く慣れてくださいね」

「善処するよ」


 御樹に笑顔で言われて、閑斗は脱力したように息を吐く。


「じゃ、今日はここで帰りますね。今日はありがとうございました」


 御樹は閑斗に頭を下げると、ゆっくりと背を向けた。


「送っていくよ」

「いえ、大丈夫です」

「そう、気を付けてね」


 閑斗は御樹の背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

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