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鎮魂儀式の後日

「気のせいでなければ、妙に教室がざわついているような……」


 教室に入ろうとして、御樹は妙な違和感を覚えていた。

 啓志女学院は基本的に良い所のお嬢様が通う学校だから、授業時間外とはいえ大っぴらに騒いだりするような生徒はいない。

 佳奈ですら空気を読んでか、必要以上の会話はしないように心掛けているようだった。


「気のせいでしょうかね」


 別に大騒ぎをしているわけでもないし、何か珍しい話題でもあれば少しは騒がしくもなることもあるだろう。


「おはようございます」


 いつも通り丁寧に挨拶をして教室に入ると、その場にいた全員の視線が御樹に集中する。


「な、何か」


 その反応が予想外だったこともあって、御樹は思わず後退りしそうになっていた。


「御樹、良かったよぉ‼」


 佳奈が飛びつくようにして御樹に抱きついてきた。


「か、佳奈さん?」


 佳奈が抱きついたりしてくるのは珍しいことではないが、それがいつもよりも激しかったこともあって、御樹は狼狽えてしまう。


「まさか、御樹が高宮神社の鎮魂儀式で踊るなんて、予想外にもほどがあったよ。何で教えてくれなかったの」


 佳奈が少し拗ねたような顔で御樹を見た。


「あ、いえ……最初はわたしが担当するはずではなかったのです。今まで担当をしていた方が、諸事情でできなくなったそうなので、急遽わたしに回ってきたものですから。本当に直前に決まったことですから、教えることができませんでした」


 それを受けて、御樹は小さく首を振った。


「それなら、しょーがないか」


 佳奈は完全に納得したようではなかったが、渋々といった感じで頷いた。


「すみません。今度こういったことがあったら、きちんと連絡しますから」


 心なしか、佳奈の抱きしめる力が強くなったような気がして、御樹は言い訳するように言う。


「約束だよ、今度はちゃんと教えてくれなきゃ駄目だからね」

「はい。ですから、そろそろ抱きつくのは止めてくれないでしょうか」

「えー、もうちょっといいじゃん」

「わたしも嫌じゃありませんが、ちょっと力が強い気がしますので」

「あ、ごめんごめん」


 御樹に指摘されて、佳奈は仕方ないというように御樹から離れた。


「でも、佳奈さんも見ていてくれたんですね。どうでしたか、わたしの舞は」


 佳奈が離れたところで、御樹はそう聞いた。

 閑斗からは御琴と錯覚するほどだった、という評価を受けていたが、他の人の目にはどう映っていたか気になっていた。


「さっきも言ったけど、めっちゃ良かった。最初は御樹だって気付かなかったけど、御樹だって気付いた時は驚いて声も出なかったくらい」


 佳奈は御樹の両手を取ると、ぎゅっと握りしめる。


「そうですか。前任者に比べるとわたしは劣っていましたから、しっかりと踊れていたか一抹の不安がありました。でも、佳奈さんがそこまで言ってくれるのですから、少しは自信を持ってもいいかもしれませんね」


 握られた手はそのままにして、御樹はうっすらと目を閉じた。まだまだ御琴の域まで到達したとは思えないが、それでも少しは近付けたのかもしれないと思っていた。


「御樹がそこまで言うなんて、前任者ってとんでもない人だったんだね。あたしはここに通うようになるまで、鎮魂儀式のことは知らなかったけど」

「はい。わたしには到底及ばないと思わせるほど、凄い人でした。今でもわたしの目標で、追いつきたいと思っています」

「追いつけると、いいね」


 御樹の表情が真剣そのものだったので、佳奈は色々と察したようだった。何時になく真面目な顔をしてそう言った。


「はい」


 それを受けて、御樹は大きく頷く。


「でも、御樹って鈴川の人だよね。何で高宮の鎮魂儀式をやることになったの」


 そこで、佳奈は疑問を口にした。


「あ、言っていませんでしたね。鈴川と高宮は遠戚なんです。ですから、高宮の人の都合がつかない時は、鈴川の人が代理を務めることもあるんですよ」


 御樹は真実の中に嘘を織り交ぜて説明する。

 流石に高宮の家から鈴川の家に養子に出されて、諸事情で戻って来たと説明するわけにはいかなかった。


「へぇ、そうなんだ」


 御樹に説明されて、佳奈は納得したように頷いた。


「でも、一日二日じゃあんなに上手く踊れないよね。ずっと前から練習してたんだ」

「まあ、そうですね」

「うわ、あんな難しい踊りの練習しながら、ここの受験勉強もしてたわけ。あたしには真似できないな」


 佳奈は心底からそう思っているようで、敬意の眼差しを御樹に向けた。


「そこまでみっちりやっていたわけでもないですから、勉強との両立はそこまで苦ではありませんでしたよ。両親が無理をさせない方針で、必要以上に稽古をさせないようにしてくれましたから」


 それを受けて、御樹はくすぐったいような気持ちになっていた。信頼を置いている友人からそんな視線を受けると、嬉しく思う反面どこか気恥しいものがあった。


「へぇ、御樹の両親って、良い親だよね。あたしの親なんかさぁ……」


 そこまで言いかけて、佳奈ははっとしたように言葉を止めた。


「どうしました?」


 その様子が普段の佳奈らしくなかったので、御樹は少し気になっていた。


「いや、ごめん。何でもないよ」


 佳奈はばつが悪そうに横を向くと、そう言った。その態度からして、あまり言いたくないことであることが察せられた。


「そうですか。それでしたら、無理には聞きません。でも、どうしても困ってしまうことがあったら、わたしを頼って下さいね。わたしは、佳奈さんにたくさん助けられましたから、そのお礼をしたいです」

「御樹……ありがと」


 御樹にそう言われて、佳奈は呟くように言った。


「ちょっと、二人だけで盛り上がらないでよ。わたし達も御樹の踊りを見て感動したんだから」


 そこで、周りにいた女生徒の一人が声を上げた。


「えっ? 皆さんも見てくださったのですか」


 佳奈だけではなく、他の生徒達も見ていたと知って御樹は驚いてしまう。


「私はずっと前から鎮魂儀式を見ていたけど、前の人は歴代でもトップクラスだったって噂があったわね。でも、御樹もその人に負けていなかったと思うよ。私が素人だから、違いがわからないだけかもしれないけど」

「ああ、何か通ぶってる人が、前の人の方が上だった、なんてことツイッターに上げてたけど。ほんと、失礼だよね。御樹だって一生懸命やってたんだし、だったらあんたがやってみろ、って話」

「でも、ほとんどの人は絶賛してたよ。ツイッターの反響も凄かったし」


 そう言うと、女生徒はスマホの画面を御樹に見せた。

 御樹がその画面を覗き込むと、御樹の舞に対する感想がずらりと並んでいた。写真を撮った人間もいたのか、御樹が舞っているスクリーンショットも散見された。


「こ、これは……」


 御樹はスマホの画面を見て息を呑んだ。

 ここまでの反響になっているとは、予想すらしていなかった。

 一部に非難するような文面はあったものの、ほとんどは御樹の舞を評価するようなものばかりだった。


「こんなにたくさんの方が、わたしの舞を……」


 御樹は胸が熱くなるのを感じていた。高宮の家にいた頃は、まともに評価されたことなど一度もなかった。鈴川の家ではそれなりの扱いだったが、頭ごなしに褒められるようなことはなかった。

 初めてまともに評価してくれたのは閑斗で、御樹としてはそれでも十分だと思っていた。

 だが、これだけたくさんの人が認めてくれていることを知ると、こみ上げるものを抑えきれなかった。


「御樹? どうしたの」


 ふと気が付くと、佳奈が心配そうに御樹の顔を見つめていた。


「何が、ですか」

「いや、どうして泣いているの」


 佳奈にそう言われて、御樹は自分の頬に手を当てた。すると、濡れたような感触があった。自分でも気付かないうちに涙を流していたらしい。


「これだけたくさんの人に認めてもらるなんて、思いませんでしたので」


 御樹は涙を拭った。


「御樹、良かったね」


 佳奈は御樹の顔を自分の胸元に抱きしめるように押し付けた。


「佳奈さん、ありがとうございます」


 その体温の温かさを感じつつ、御樹は礼を言った。

月一くらいでのんびり書いていけたらいいと思ってます

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