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鎮魂儀式

「御樹、とても良く似合っているわよ。ね、お父さん」

「そうだな。まさか、こんな日が来るとは思わなかった」


 鎮魂儀式の衣装を身にまとった御樹を見て、両親がしみじみと言った。急な話だったこともあって御琴が使っていた物を使うことになったのだが、御琴の方が体が大きかったこともあって少しばかり御樹の体には合わなかった。

 それを沙樹が御樹の体に合うように手直ししてくれていた。若干サイズが合わない部分もあるが、それでも違和感なく着こなすことができている。


「はい。それから、お母さんもわたしのためにありがとうございます」


 沙樹が寝る間も惜しんで手直ししてくれたのを知っていたので、御樹は頭を下げた。


「私は、あなたのためにこれくらいしかできないもの。本当なら、あなたのために新しい物を用意したかったのだけど」

「そうだな、御琴にも悪いことをしてしまったかもな。あの子の物で残っている、数少ない物を手直しすることになってしまったし」


 それでも負い目があるのか、両親は御樹に対して申し訳なさそうな態度だった。


「いいえ。わたしは、お姉ちゃんの物を着る事ができて嬉しいです。お姉ちゃんがどう思っているのかわかりませんが、きっと許してくれると思います」


 そんな両親に、御樹はゆっくりと首を振った。御琴が着ていた物というが、丁寧に使っていたのか新しい物とあまり変わらない。それに、御琴が見守ってくれているような気がして心強かった。


「では、そろそろ行きますね。お父さん、お母さん」


 御樹は儀式のために用意されていた舞台へ向けて歩き出した。


「あっ、あの子が今回の儀式をするみたい」

「へぇ、前の子も若い子だったけど、今回の子はもっと若いな」


 やはり御樹の恰好は目立つのか、儀式を見に来た人達が御樹を見てそんなことを口にしていた。


「今更ながら、緊張してきましたね」


 思っていた以上に人が集まっているのを見て、御樹はそう呟いた。毎回それなりに人が集まる儀式だとは聞いていたが、ここまで人が集まっているのは予想外だった。


「ずっと前に、お姉ちゃんが儀式をするとことを見ましたが……ほとんど、記憶に残っていません。鈴川の家に行ってからは、一回も高宮神社に足を運ぶこともしませんでしたし」


 鈴川に行ってからは、鈴川の両親がやんわりと止めたこともあって、一度も高宮神社に行ったことがなかった。御樹自身もあまり気乗りしなかったこともあって、両親の言うがままになっていた。


「御樹さん、いよいよだね」

「千佳ちゃん、よろしくお願いしますね」


 御樹は少し前まで知らなかったが、今回の儀式には千佳子も関与することになっていた。それを聞いた時は驚かされたが、逆に千佳子がいてくれて心強いとも思っていた。


「うん。でも、今回の主役はあくまで御樹さんだから。わたしはそれをお手伝いするだけ」

「はい」


 御樹は小さく頷いた。


「いよいよだよ、頑張ってね」


 千佳子の言葉を背に受けて、御樹は儀式用の舞台の上に上がった。

 少し高めに作られた舞台の上からは、全体の様子が一瞥できた。こんなに人が集まるのか、と思わず言いそうになるほどに人が集まっているのがわかった。

 大勢の人達の視線が御樹に集中しているのが嫌でもわかる。もちろん、これだけの視線を一斉に受けたのは初めてのことだ。

 御樹は自分を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。

 そして、儀式独特の礼をする。

 これから儀式が始まることがわかって、ざわついていた観客が静かになった。

 御樹は扇子を水平にすっと突き出すと、千佳子に向けて視線を送った。それを受けて、千佳子は小さく頷くと手にしていた鈴を軽く振った。

 鈴の音が響くと同時に、太鼓や琴による演奏が始まった。

 それと同時に、御樹は一歩を踏み出した。

 開いた扇子をゆっくりと顔の前までもってくると、音を立てないようにそれを閉じる。

 今度は演奏に合わせるように腕をゆっくりと下げた。

 演奏が激しい時は躍動的に動き、落ち着いている時はゆっくりと動く。

 

「わぁ」


 観客の一人が、その動きに見とれて声を上げた。

 御樹は無我夢中で、そんな観客の様子に気を払っているような余裕はない。とにかく、自分が今できる最高の舞を舞おう。

 それだけを考えて、舞台の上で舞を舞っていた。

 そして、徐々に楽器の音が小さくなっていく。最初に太鼓の音が鳴りやみ、次には琴の音がやんだ。最後には千佳子が鳴らしている鈴の音だけになっていた。

 鈴の音が止まると同時に、御樹も動きを止めた。

 儀式が終わったことを示すために、御樹は優雅に一礼する。

 御樹が頭を上げると、それまで静まり返っていた会場に拍手が鳴り響いた。

 御樹が舞台を降りてもその拍手が鳴りやむことが無かった。


「終わりましたか」


 舞台から降りた御樹は、大きく息を吐いていた。

 緊張から解き放たれたこともあって、脱力してその場に座り込んでしまいそうになった。


「御樹さん、良かったよ。本当に」


 感極まったのか、千佳子が御樹に駆け寄ってきた。心なしか、その瞳が潤んでいるようにも見えた。


「千佳ちゃんも、良い演奏でしたよ。それにしても、いつ演奏を学んだのですか」

「いつか、こんな日が来ると思っていたから、空いた時間を見て練習してたんだ」

「そうでしたか」

「御樹さん、あれだけの舞の後だから、疲れたでしょ。後のことは他の人達に任せて、休んで来たら」

「そういうわけにもいきませんよ」

「そう言うと思った。でも、その恰好で後片付けとか手伝うつもり?」

「それは……」


 千佳子に指摘されて、御樹は言葉を詰まらせていた。舞を舞うのを妨げないようになっているから、動きを阻害するような衣装ではない。ただ、後片付けなどに適しているかと聞かれれば誰もが首を縦には振らないだろう。


「だから、早く着替えてきたら」

「わかりました」


 千佳子に促される形で、御樹は控えの間へと向かった。


「閑斗さん、来てくれたのでしょうか」


 控えの間で着替えながら、御樹は呟いていた。

 今日儀式があること、そしてそれを御樹が取り仕切ることは一応連絡していた。閑斗の方からも是非とも行くよ、という返事をもらっていた。

 舞台の上から観客を見渡したが、人が多すぎて閑斗の姿は確認できなかった。


「考えていても、仕方ありませんね。他の皆さんを手伝いましょうか」


 御樹は軽く頭を振ると、後片付けをしているであろう皆を手伝うべく外へと出た。

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