後処理
「お前が、砕下を倒しただと?」
御樹が砕下を倒したとの報告を聞いて、孝蔵は疑うような視線を向けた。
「孝蔵さん、そんな言い方をしなくても」
その態度があまりにあからさまだったので、沙樹は思わず口を出していた。
「お前の意見など聞いてはいない。儂が聞いているのは、それが事実か否か。ただそれだけだ」
孝蔵はそんな沙樹を一蹴する。
この人は、本当に人の話を聞き入れませんね。
御樹は溜息をつきそうになるのを何とか堪えた。
「御樹、遅かったじゃない。それに、所々服も汚れているし。どうしたの」
あの日、帰りが遅かった御樹を沙樹が心配してどうしたのか、と聞いてきた。
「あ、えっと」
御樹は霧業ともう一体の砕下を倒したことを、どう報告したものか迷っていた。服は霧業と戦った時に汚れたり傷ついてしまったので、下手な言い訳もできない。
「まさか、砕下と戦ったの」
「どうして、そう思うのですか」
「あなたがそんなに汚れて帰ってくるなんて、それくらいしか考えられないもの。変な男の人に絡まれても、余程の相手じゃなきゃ簡単に対処できるでしょう」
「はい」
「それがあなたの仕事でもあるから、止めろとは言わないけど。一言相談して欲しかったわ。何かあった時、心配になるから」
「すいません」
沙樹が御樹のことを心底心配しているのがわかって、御樹は頭を下げていた。
「責めているわけじゃないのよ。私が心配性なだけかもしれないし。それで、砕下は倒せたのかしら」
頭を下げた御樹に、沙樹は優しくそう言った。
「はい、砕下は……二体いましたが、千佳ちゃんと協力したこともあって何とか倒すことができました」
御樹は閑斗のことは伏せることにした。その存在がイレギュラーだし、高宮の人間に閑斗の存在が知られたら迷惑をかけそうだった。
「千佳子ちゃんと一緒に? そういえば、あの子は御樹を手伝いたいって自分から言ってくれたのよね。とてもありがたいことだけど……二人で協力して砕下を倒した、ってことでいいのかしら」
「はい」
「それなら、孝蔵さんに報告しないといけませんね。御樹一人だと信じてくれないかもしれないけど、千佳子ちゃんが一緒だった、といえば信じてくれるかもしれないわ」
沙樹は御樹が認められるかもしれない、と思ったのかどこか嬉しそうだった。
そして、今に至る。
「まあ、さすがに二人掛かりで虚偽をでっち上げるということもないだろうが」
孝蔵は御樹をじろりと見る。
「わたしのことを疑っていますか」
その視線を真っ向から受け止めて、御樹はそう返した。
以前の御樹だったら、萎縮してしまいこんなことを言えなかっただろう。砕下を倒したということもあるが、閑斗はや千佳子のおかげで自分に自信を持てるようになったことを実感していた。
「お前の技量では、砕下に勝てるとは思っていなかった。御琴に比べると、明らかに劣っていたからな」
「確かに、そうでしょうね。ですが、劣っているなら劣っているなりに、やり方次第ではどうにかなるものですよ」
「言うようになったな。たかが一回砕下を倒しただけで、大きく出たものだ」
御樹に言い返されたことに驚いたのか、孝蔵の表情が僅かに変わった。
「どのような形であれ、わたしは結果を出しました。わたしのことを認めて欲しいとは言いませんが、事実は事実です。それだけは認めてくれませんか」
「どうやって倒した」
孝蔵に聞かれて、御樹は御琴の扇子をすっと差し出した。
「これは、御琴の物だな。どうして、お前がこれを持っている」
御琴の扇子を目の当たりにして、孝蔵の目がすっと細くなった。
「お姉ちゃんが亡くなる少し前に、形見だといって扇子を頂きました。この扇子と高宮の舞を用いました」
御樹は扇子を懐にしまうと、淡々とそう言った。実際は閑斗から譲られたものだったが、当然ながらそのことは伏せる。
「御琴がお前に扇子を渡していたとはな。お前に可能性を見出していたということか」
孝蔵は考え込むように顎に手を当てていた。
「孝蔵さん、御樹のことを認めてはくれませんか。今回もこうして結果を出したわけですし」
その様子を見てか、沙樹が懇願する。
「……いいだろう。お前が砕下を倒したことは認めよう。だが、まだお前のことを完全に認めるわけにはいかない」
「孝蔵さん、それはあまりに酷すぎます」
頑なに御樹を認めようとしない孝蔵に、沙樹は抗議の声を上げた。
「今までが今までだからな、簡単に認めるわけにもいくまい」
今までの経緯からか、孝蔵は中々御樹を認めようとはしない。
「そんな……」
「構いませんよ」
なおも抗議しようとする沙樹を止めるように、御樹は口を開いた。
「すぐに認めてもらおうとは思いません。ですが、今回わたしは結果を出しました。ですから、次の機会を与えてはくれませんか」
「次の機会、か。いいだろう、そこまで言うのなら次も結果を出して見せろ」
御樹にそう言われて、孝蔵は仕方ないというように言った。
「はい、善処します」
普通ならここで礼を言うところなのだろうが、御樹は敢えてそうしなかった。礼を言う必要はないと感じていたし、今までの扱いからもそういう気になれなかった。
「孝蔵さん、ありがとうございます」
御樹の代わりに沙樹が頭を下げた。その必要はないのに、と御樹は思っていたがもちろん口に出すことはしない。
「そろそろ、高宮神社における鎮魂儀式の時期なのは知っているな」
不意に孝蔵が話題を変えた。
「はい」
御樹は頷いた。閑斗にはあんなことを言ってしまったが、今回の儀式を自分が任せられるとは思っていなかった。咄嗟に取り繕うためだったとはいえ、結果的に噓をつくことになってしまった。
「今回の儀式、お前に任せる」
だが、孝蔵はそう言った。
「えっ?」
全く予想外の言葉に、御樹は思わず聞き返していた。
「何度も同じことを言わせるな。今回の儀式はお前に任せる。砕下を倒した褒美だと思え」
孝蔵はそれだけ言うと、部屋から出て行ってしまう。
孝蔵の言ったことが信じられずに、御樹は何もできずにいた。
「御樹、良かったじゃない。儀式を任せられるなんて、名誉なことよ」
沙樹に言われるまで、御樹はそれが事実だと受け止められなかった。
「わたしが、儀式を……」
御樹は自分の胸元に手を当てる。色々な感情が入り混じって、上手く言葉にできなかった。
「頑張りなさい、御樹」
沙樹が御樹の肩にそっと手を置いた。
「はい、全力を尽くします」
そこでやっと事実だと受け入れることができて、御樹は力強く言った。




