激突
「宮瀬さん、始める前に一ついいですか」
今にも戦いが始まろうかという直前、御樹はそう言った。
「何かな」
「この戦いでわたしが勝ったら、聞いて欲しいお願いがあるんです」
「お願い? 御樹ちゃんのお願いなら、大抵のことなら聞いてあげられるよ」
御樹がお願いがあると言うと、閑斗から事も無げにそう返ってきた。
「そんな簡単に安請け合いしないでください。悪い人に騙されそうで不安になりますから」
あまりに自然にそう言われたこともあって、御樹は閑斗のことが心配になってしまう。
「誰にでも、こんなことを言うわけじゃないさ。俺は御樹ちゃんのことを信頼しているから、こんなことを言えるんだよ」
「本当に、もう。佳奈さんがたらしって言ったのが、何となくわかった気がします」
閑斗の台詞が良い意味で胸に刺さるようなものだったので、御樹は少し胸の鼓動が高鳴ってしまった。同時に、佳奈がたらしだと指摘したことを妙に納得していた。
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
「もう少し、言動に気を使ってください。女の子が勘違いしてしまいますから」
「……そうだね。少し、気を付けようか。俺の事を好きになる女の子がそういるとは思えないけど、万が一勘違いさせたら悲しい思いをさせるからね」
閑斗は一瞬何とも言い難いような表情をするが、すぐに取り繕ってそう言った。
「まだ、お姉ちゃんのことを……いえ、そう簡単に忘れられませんよね。そうでしたら、なおさら気を付けてくださいね。宮瀬さんは、素敵な人なんですから」
御樹から見ても閑斗は外見こそ平均的、あるいはそれより少し上といったくらいでそれほど目立つわけではない。だが、自然なのか計算なのかはわからないが、その言動は女性を惹きつけるようなものが多すぎた。
御樹も御琴の彼氏だった、ということを知らなかったら惹かれていたかもしれなかった。
「褒めても何も出ないよ。それで、聞いて欲しいお願いって何かな」
御樹の言葉をお世辞と受け取ったのか、閑斗はさらりと受け流した。
「わたしが勝ったら、改めてお願いします。多分、宮瀬さんにとって受け入れがたいようななことをお願いすると思いますので」
本心からなんですけどね、と思いつつも御樹はそう言った。そして、自分の頼みを聞いたら閑斗が苦い顔をするだろうとも予想していた。
「そうか。それは俺も本気で戦わないといけないね」
「はい。本気でやってもらわないと意味がありませんから」
二人の間に、僅かの時間沈黙が流れた。
「このままお見合いしていても仕方ないし、俺の方から行かせてもらおうかな」
閑斗は一歩を大きく踏み込んだ。
突如として間合いを詰められたが、御樹は慌てずに閑斗の動きを凝視する。扇子で攻撃してくるか、それとも空いた右手で攻撃してくるか。今までの閑斗の戦い方からして、扇子で攻撃してくる可能性が高い、と御樹は予想していた。
御樹の予想通り、閑斗は閉じたままの扇子を水平に薙ぎ払った。
上体をずらしてそれをかわすと、閑斗の扇子は空を切った。
扇子が空を切った隙を付くように、御樹は大きく踏み込んだ。そのまま上から被せるように右手を振り下ろす。
「その程度かな」
閑斗は空いている右手で御樹の右手を受け止めた。
御樹はすぐさま左手で閑斗の胸元に突きを放つ。
閑斗はその突きを開いた扇子で受け止めた。
「痛っ」
扇子は砕下に対して効果があるだが、人間に対しては全くの無害なものだ。それでも扇子は固い素材でできているのか、左手に鈍い痛みが走った。
「宮瀬さんだけ武器使うのは、ちょっとずるくないですか」
御樹は場違いだとは思ったが、思わずそう非難してしまった。
「そうかな。俺と御樹ちゃんの技量差を考えれば、これくらいのハンディがあって丁度いいくらいだと思うけど」
「本気でそう思っています?」
御樹は閑斗が本気でそう言っているとは思えずにいた。砕下の力で身体能力が上がっていることといい、かなり戦い慣れていることといい、むしろ御樹の方にハンディが必要ではないかとも思っていた。
「もちろんだよ、御樹ちゃん。俺はこれといった技術はないからね。それに比べて、御樹ちゃんは高宮の舞を習得しているし、それに加えて体術の心得もある。普通に考えたら俺の方が圧倒的に不利だよね」
「その言葉だけ聞くと、わたしの方が有利に聞こえますけど。宮瀬さん、自分の都合が悪いことを無視しないでくれませんか。お姉ちゃんの舞を間近で見てきた人が、わたしの舞を見切れないはずもないですし」
何だか上手いこと言いくるめられたような気がして、御樹は鋭い言葉を投げかけた。
「ああ、そういえば御琴も御樹ちゃんも、同じ高宮の舞だったね。その点は考えてなかったよ。まあ、それを含めても俺と御樹ちゃんは五分だと思っているよ」
閑斗は扇子を御樹に突き付ける。
「本気でそう思っていますか」
御樹は軽く息を吐くと、左手だけを顔の前に構えた。右手は力なくだらんと垂らしている。
「行きます」
今度は御樹の方から動いた。大きく踏み込んだり、すっと半歩引き下がったりと、足さばきだけで幻惑するように動いていく。
あくまで幻惑するのが目的なので、すぐに攻撃を仕掛けるようなことはしなかった。
「嫌らしい動きだね」
閑斗は最初こそ釣られそうになっていたが、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「なら、これでどうです」
御樹は半歩引き下がると同時に、力なく垂らしていた右手で横から巻き込むように殴りつけた。
「なっ」
普通ならあり得ない動きをされて、閑斗は思わず声を上げていた。
横からの攻撃だったこともあって、扇子で防ぐことができなかった。咄嗟に右手で御樹の腕を受け止める。
「これなら」
御樹は攻撃の手を緩めない。体勢を大きく低くすると、閑斗の足元を右足で払いに行った。受け止められるだけでこちらにダメージがあるから、極力扇子には付き合わない。
閑斗は大きく飛び退いて御樹の足払いをかわしていた。
御樹は半ば強引に右足で床を蹴って閑斗との間合いを詰める。
そのまま左手を閑斗の腰付近に向けて突き出した。
「中々、やるね」
御樹の拳を右手でどうにか防ぐと、閑斗は御樹を称賛した。
「宮瀬さんこそ。今の一連の流れを全て捌かれるとは思いませんでした」
少なくとも一撃は入れられると思っていただけに、御樹も閑斗に称賛の言葉を贈る。
「長引くと俺が不利だからね。そろそろ決めさせてもらうよ」
このままだと不利になると思ったのか、閑斗はそんなことを言う。
いよいよ、本気で来ますか。
御樹は固唾を飲むと、それを受け止められるように意識を集中した。




