共闘
「さすがに、ここまで剣を使わされるとしんどいね」
何回目になるかわからない雷撃を切り裂いて、閑斗は額の汗を拭った。
「わたしからすると、簡単にやってるように見えるけど」
「傍から見ればそうかもしれないね。でも実際結構疲れるんだよね、これ」
「なら、早く砕下に追いつかないとね」
愚痴っぽく言う閑斗に、千佳子は淡々と言った。
「それもそうか」
「あ、また逃げた。距離は縮んでいるけど、中々捕まえられないね」
「全くもう、面倒だな」
「ほら、ぐちぐち言っていないで追いかけるよ。御樹さんだって、頑張っているんだから」
「はいはい」
閑斗の方が年上なのだが、このやり取りを見る限りでは千佳子の方が年上のようにも見えた。
「ったく」
再度飛んできた雷を切り裂いて、閑斗は息をついた。
「一応、倉島君の方に雷が行かないようにしてるけど、万が一があるから気を付けてね」
「今更それを言うの。まあ、気は付けているけど……どういうこと? こっちに近付いてきてる」
今まで逃げに徹しながら雷を撃ってきていた砕下が接近していることに、千佳子は疑念を抱いていた。
「近付いてきている、か。好都合ではあるけど、逆に何を考えているかわからないのが怖いね」
千佳子の言葉に、閑斗もまた同じように疑念を抱いた。
「どうするの」
千佳子は閑斗の方を見やった。
「どうするも何も、向こうから近付いてくれるんだから、そこは素直に受け入れようか。罠の可能性があっても、ね」
それを受けて、閑斗はそう答える。
「わかった」
千佳子は頷いた。
「まるで、オレの居場所がわかっているかのように追いかけてくるな。このまま逃げ回っていても、まるで埒が明かん」
しばらくすると、雷使いの砕下が姿を現した。
「それでも、逃げていれば君が有利だったとは思うけど。わざわざ姿を現すなんて、どういう風の吹き回しかな」
「霧業の霧も範囲があるかならな。オレが優位に狙撃できるのは、その霧の範囲内だ。このまま逃げていても、霧の範囲から外れるだけだ」
「それで、自分から出向いてきたってわけか。なら、俺達が追いかけたのも無駄じゃなかった、ってことかな」
「オレが狙撃するだけしか能がない、と思っているようだが」
砕下は右手に雷を宿らせた。
「並の人間が、オレと真っ向から渡り合えるとでも」
「それができるから、こうして君を追いかけてきたわけだけど」
閑斗は左手の扇子をすっと砕下に突き付けた。
「随分な自信だな。だが、並の人間がオレの雷に触れたら……貴様、どうしてオレ達と同じ気配を纏っている」
そこで、砕下は閑斗が砕下と同じ気配を纏っていることに気付いた。
「今更気付いたのかな。君は霧業に比べると鈍いようだね」
「どういう理屈かは知らんが、それならお前の強気も理解できる。だが」
砕下は雷を宿らせた右手を繰り出した。
閑斗は扇子を開いてそれを受け止める。
「くっ」
扇子でも雷を遮断しきれなかったのか、閑斗の左手を感電したような痺れが襲った。
閑斗は咄嗟に扇子を砕下の右手から離した。
砕下の方は雷が防護壁の役割を果たしたのか、扇子に触れてもダメージになっていないようだった。
「しばらくはまともに左手が動かせそうにないか」
閑斗の左手の痺れは戦闘不能になるほどのものではなかったが、しばらくは満足に動かせそうになかった。
「その扇子、中々の業物のようだが。それでも雷を捌き切ることはできなかったようだな」
砕下は再度雷を宿らせた。
「その状態では、オレの攻撃を捌けまい」
「宮瀬さん、下がって」
千佳子が砕下に独楽を投げつけた。
「こんな玩具で」
砕下は千佳子が投げつけた独楽を右手で弾き返した。独楽になにかしらの力が込められていたのか、砕下の右手に宿っている雷が消えていた。
「ただの玩具ではなかったか」
自分の雷が消されたのを見て、砕下が意外そうに呟いた。
「手、動く?」
「もう少し、かかると思う」
千佳子に声をかけられて、閑斗はそう答える。すぐに収まると思っていが、意外に時間がかかりそうだった。
「なら、わたしが時間を稼ぐよ」
「でも、倉島君は接近戦ができるのかい」
「そこまで得意じゃないけど、時間を稼ぐくらいならできるよ」
心配する閑斗をよそに、千佳子はあっさりと言ってのけた。
そして、長い紐を独楽に向けて投げる。それはまるで吸い付くかのように独楽に取り付いた。千佳子が手首を返すと、紐と一緒に独楽が千佳子の手元に戻ってきた。
「器用な真似をする」
それを見た砕下が感心するように言った。
「感心するのはいいけど、わたしの独楽を簡単に捌けるかな」
千佳子が持っている独楽は一つではなかったようで、両手に独楽を持っていた。
「行くよ」
千佳子は独楽を時間差で投げつけた。
「この程度で」
砕下は時間差で投げつけられた独楽を次々と弾き返した。千佳子は弾かれた独楽に紐を投げると、すぐにそれを回収する。
そして、間髪入れずに独楽を投げつけた。
休む間もなく次々と投げつけられる独楽に、砕下は対処するだけで手一杯だった。
ように見えた。
砕下は独楽の軌道を見切ったのか、両手で二個の独楽をつかみ取った。
「中々に器用な真似をするが、所詮は子供の遊戯だな。さて、飛び道具を失ってどうするかね」
砕下は独楽を後ろに投げ捨てると、千佳子との間合いを詰めた。
千佳子に向けて拳が振り下ろされる。
千佳子は大きく飛び退いてそれをかわした。
「まさか、独楽が二個だけだとでも思ったの」
どこに隠し持っていたのか、千佳子は三個目、四個目の独楽を取り出した。
「倉島君、下がって」
完全に痺れが消えたわけではなかったが、閑斗は千佳子と砕下の間に立つ。
「宮瀬さん、もういいの」
「お陰様でね」
閑斗は扇子を開いて閉じることで、手が回復したことを示した。
「なら、わたしはサポートするよ」
「よろしく」
千佳子が自らサポートを買って出たので、閑斗はそれを受け入れる。
「二対一か。なら、こちらも本気を出さなければならんか」
砕下は右手と左手、双方に雷を宿らせる。
「わたしが雷を消すから、宮瀬さんはその隙を付いて」
そう言うなり、千佳子は砕下に独楽を投げつけた。だが、独楽に触れば雷が消えると思ったのか、砕下は独楽をかわした。
咄嗟に千佳子は紐を独楽に投げて、あらぬ方向に飛んでいきそうになった独楽を回収する。
「その玩具には、雷を打ち消す力があるようだが。何も馬鹿正直にそれを受け止める義理はないからな」
「これは困ったね。俺の扇子じゃ、雷を打ち消すことはできないし。どうしたものかな」
二対一ではあったが、決して有利ではない状況に閑斗はそう口にしていた。




