再戦
「近いよ。ここまで来れば、御樹さんもわかるよね」
千佳子に案内されて着いた場所は、街はずれの倉庫だった。いかにも砕下が隠れるには丁度いい場所ともいえた。
「はい、確かに二体いるようですね。どういうわけか、少し離れた位置にいるようですが」
御樹にも察知できるということは、砕下がかなり近くにいることになる。ただ、その二体が微妙に離れた位置にいることが気になった。
「わたしも、それが気になっているんだけど。このまま踏み込むのは、ちょっと気が引けるかな」
千佳子も同じことが気になっていたようで、これ以上進むことに二の足を踏んでいるようだった。
「そうだね。無策で踏み込むのはちょっと考え物だね」
閑斗も二人に同意する。
「ここまで来るのを提案したわたしが言うのもどうかと思いますが、ここは一旦……」
撤退しましょう、と御樹が言いかけた時、周囲が霧に包まれ始めた。
徐々に悪くなる視界に、御樹と閑斗は顔を見合わせる。
「どうやら、誘い込まれたみたいだね」
「はい。ですが、前ほど霧が濃くないようです。どういうことでしょう」
御樹は閑斗にそう聞いていた。
この霧は霧業の仕業に間違いはないが、前は周囲を視認することが困難なほど濃い霧だった。だが、今回は視界こそ悪いものの周囲を視認できないほどではない。
「誘っている、のかな。それとも、他に理由があるのか」
「待って、一体がこっちに近付いてきてる」
閑斗も状況が掴めずにいると、千佳子がそう声を上げた。
「どうやら、向こうもこちらに気付いているようだね。どうしようか」
「この視界の悪い中撤退することは、難しいのではないでしょうか。あちらの思惑に乗るようで癪ではありますが、迎え撃ちましょう」
そう聞いてくる閑斗に、御樹は少し考えてから答えた。倉庫が立て並ぶ中、この視界が悪い状況で撤退するのは困難だ。
「そうだね。幸い、人数的にはこちらが優位だから、何とかなるんじゃないかな」
閑斗は扇子を取り出すと、砕下の力を解放する。
「うん、もう一体が動いてないのは気になるけど……やるしかないよね」
千佳子も独楽を取り出した。
「では、二人とも。よろしくお願いいたしますね」
これといった準備が必要のない御樹は、少しでも自分を落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「何だ、今回は一人増えているな。だが、そんな小娘がまともに戦えるのか」
姿を現したのは予想通り霧業だった。霧業はこちらを見るなり、鼻で笑うように言った。
「ふうん、試してみる」
千佳子は自分が馬鹿にされたと気付いて、霧業を軽く睨みつけた。
御樹は千佳子が霧業の挑発に乗ったのではと心配になったが、千佳子の様子からしてそれはなさそうだった。
「全く、その歳でその態度か。食えないガキだ」
霧業も千佳子が自分の挑発に乱されないのを見てか、そんなことを言う。
「さて、どうするのかな。現状三対一だけど。さすがにこの状況で勝てると思うほど、君は愚かではないだろう」
「オレもそこまで馬鹿じゃない。だが、何の策もなしにお前達を誘い込んだわけでもない」
霧業がそう言うと同時に、遠くで何かが光ったのが見えた。
「何?」
「御樹ちゃん! 避けて」
閑斗は何かを察したのか、御樹にそう叫んだ。
「避けるって……」
突然のことに、御樹は全く反応できずにいた。
すぐ目の前に、光る何かが迫ってきていた。
閑斗は咄嗟に扇子をその光る何かに向けて投げつける。
大きな音がして扇子と光がぶつかり合い、扇子は大きく弾かれて宙を舞った。
「今のは……電気?」
その音が雷が落ちた時とほぼ同じだったので、御樹はそう呟いていた。
「今ので一人、やれたかと思ったがな。本当にお前は厄介だ」
霧業は舌打ちする。
「なるほど、もう一体の砕下は雷使いか。お前が視界を塞いで、遠距離から雷で仕留める。そういうことかな」
「もう一体いることに気付いていたか。それでも逃げなかったのは、ただの馬鹿か。それとも、余程の自信か。いずれにしてもオレには好都合だが」
「敢えて霧の濃度を下げたのは、俺達が逃げないようにするためかな」
「オレの霧もそこまで万能ではないからな。範囲を広げれば、その分濃度も薄くなる」
「いいのかな。君の能力のことをそんなにべらべらと喋って」
「構わんよ。どうせ、お前達はここで死ぬ」
霧業はそう言うと、すっと構えた。
「いつ、そしてどこから飛んでくるかわからない雷を警戒しながら、オレと戦えるかな」
「固まっていたら的になる、散らばろう」
閑斗の言葉で、三人はお互いの距離を取った。
その直後、三人が固まっていた位置に雷が飛んできた。
地面が火花を上げ、青白い光が飛び散った。
「こんなものをまともに受けたら、無事ではいられませんね」
それを見て、御樹はそう呟いた。状況的にはこちらが有利なはずだが、遠距離からの狙撃があるというだけで、それを覆されている。
「これは思ったよりも厄介だね」
閑斗も御樹に同意するように言う。
「千佳ちゃんは、少し下がってください。あの砕下は近距離戦が得意ですから」
千佳子は独楽を使った中距離戦を主としていることもあって、御樹はそう言った。
「わかった」
千佳子もそれを自覚しているのか、素直に御樹の言葉に従った。
「御樹ちゃん、攻めるよ」
「はい」
閑斗の言葉に御樹は頷くと、二人は同時に霧業を攻め立てる。前の時よりも視界は悪くないから、霧業の姿を確認できないほどではない。
御樹は踏み込むと、霧業の肩口に手刀を振り下ろした。
霧業は右手でそれを受け止めると、左手で御樹の胸元に正拳突きを放った。
御樹は雷のことを考慮して、大きく飛び退いてそれをかわす。
御樹と入れ替わるように、閑斗が霧業に左手を振り下ろした。
「宮瀬さん、扇子」
それが扇子を持っていること前提の動きだったので、御樹はそう言っていた。
「あっ」
閑斗もそれに気付いて、振り下ろした左手を止める。
「らしくないな。武器を手放したのを忘れるとは」
閑斗の動きが止まったのを見て、霧業がここぞとばかりに回し蹴りを放った。
「宮瀬さん」
御樹は咄嗟に前に出ていた。右腕で霧業の回し蹴りを受け止める。
すると、霧業が御樹の右腕をがっしりと掴んだ。
「なっ」
御樹はそれを振りほどこうとするが、霧業の力が思いの外強く中々外れない。
こんな状態で、雷に狙われたら……
そう危惧する御樹に向けて、雷が飛んでくる。
ここまで、なのですか。
御樹は思わず目を閉じていた。
「仕方ないか」
閑斗はそう呟くと、御樹を庇うように雷と御樹の間に立った。そして、本当に何気なく右手を横に薙いだ。
たったそれだけで、雷が二つに割れていた。片方は空へと飛んでいき、もう片方は地面にぶつかって青白い火花を上げた。
「お前、何をした?」
目の前で雷が二つに割れたのを見て、霧業は信じられないというように言った。
「見ての通りだよ」
対して、閑斗はさしたるものではない、というように答えた。




