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意図せぬ呼び出し

「この家に戻ってくるのは、何年振りになるのでしょうね」


 かつての生家の門構えが全く変わっていないのを見て、鈴川御樹はそう独り言ちた。

 門構えからしても、家全体からしても相当に歴史のある家だということが伝わってくる。もっとも、それが原因となって御樹がこの家を離れることにもなったのだが。

 門に手をかけようとして、御樹の手が止まった。


「わたしは、本当に必要とされているのでしょうか」


 自分に力がなかったから、半ば追い出されるような形でこの家を去ることになった。そして、状況が一変したことで急遽呼び戻されることになった。それはこの家からしても予定外のことで、ある意味では苦肉の策ともいえた。

 それでも、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 御樹は意を決して、門を開いた。

 よく手入れされた庭を通って、玄関へと向かう。かつての生家だから、道に迷うようなこともない。

 玄関に到着して呼び鈴を鳴らすと、奥の方から誰かがやってくるような気配があった。


「はい、どちら様……御樹?」


 玄関を開けた中年の女性は、御樹の姿を見て一瞬驚いていた。


「お帰りなさい、あなたには、たくさん苦労をかけてしまったわね」


 そして、申し訳なさそうな、労うような口調で言った。


「お母さん」


 出てきたのが自分の母親だったので、御樹の口からは自然とそう言葉が出る。

 ここでただいま、と素直に言えればどれだけ良かったか。それでも、御樹はその言葉を口に出せなかった。


「上がりなさい。ここは、あなたの家なのよ。遠慮する必要はないわ」

「はい」


 母親に促されて、御樹は遠慮がちに家に上がった。

 軽く周囲を見渡してみたが、自分が家を出た頃と何も変わっていなかった。


「鈴川の家では、どんな生活をしてたの」


 廊下を歩く傍ら、母親が聞いてくる。


「これといって、特に変わったようなことはありません。鈴川の家の意向で、啓志女学院に通わせてもらっています」


 御樹は簡単に近況だけを説明した。


「あの難関私立中学に。すごいわ、御樹。勉強も頑張ったのね」


 啓志女学院はこの地域では難関私立中学として有名だった。そんな学校に娘が通っていると聞いて、母親は御樹を称賛した。


「わたしは、この家には必要とされませんでしたから。なら、他のことは頑張ろう、ってそう思っただけです」

「御樹……」


 御樹の言葉を聞いて、母親は言葉を詰まらせる。


「すみません、お母さんを責めるつもりはありませんでした。ただ、事実を言っただけで」

「ごめんね、御樹。私やお父さんが、もっとあの人を説得するべきだったのに」

「お母さんが謝る必要はありません。全ては、わたしに力が無かったのが悪いんですから」


 母親が謝るのを見て、御樹は弱々しく首を振った。

 母親が言うあの人の権力は絶対だから、御樹の両親がどれだけ説得しても無駄だっただろう。それに、御樹の父親も母親もこの家では立場が弱い方だ。そんな人間が説得できるはずもない。


「ここで、待っていてちょうだい。お茶でも入れてくるから」


 御樹を居間に案内すると、母親はお茶を入れるために出ていった。


「そういえば、ここは来客用でしたね。もしかしたら、初めて入ったかもしれません」


 あまり見覚えがない部屋に、御樹はそう呟いた。

 六畳一間、にしては部屋が大きすぎるからその倍くらいはあるのだろうか。調度品も決して派手ではないが、しっかりとした物があてがわれているのがわかった。

 大き目の座卓をぼんやりと眺めながら、御樹はこれからのことを考えていた。この家に呼び戻されたということは、今までとは生活が大きく変わることはわかっている。ただ、それがどのような形になるかまでは想像できずにいた。


「お待たせ」


 そうこうしていると、母親が盆を片手に戻ってきた。


「お茶菓子も用意できずに、ごめんなさいね」

「いえ、お構いなく」


 御樹は差し出された湯吞みに映る自分の顔を、何気なく見つめてみた。そして、今度は母親の顔を見てみる。

 わたしは、お父さんに似たのでしょうか。

 母親違いの姉とは、よく似ていると言われていた。姉も自分も、父親に似ていたのだろうか。


「どうしたの」


 御樹がそんなことを考えていると、母親が不思議そうにこちらを見ていた。


「ちょっと、考え事を」


 御樹はそれだけ言うと、湯吞みに口を付けた。


「随分と、いいお茶を使っていますね。わたし相手にそこまで気を使わなくても」


 それが思っていたよりも良い茶葉を使っていたので、思わずそう口にしていた。


「何言っているの。あなたは私の娘なんだから。それに、こうして会うのも久しぶりなんだし、これくらいしても罰はあたらないわ」


 母親は大きく首を振った。


「ありがとうございます」


 御樹は頭を下げる。

 家の事情で大っぴらにはできないにしろ、母親が自分を大切に思っていることは痛いほど伝わってきた。思えば、御樹がこの家を去る時も最後まで手を握ってくれていた。


「それで、あなたが呼び戻された理由だけど、大体見当は付いているわよね」

「はい」

「……親子なんだから、そんな他人行儀にする必要はないわよ。普通に接して構わないわ」


 先程からずっと御樹の言葉が丁寧過ぎることに、母親はそう言った。


「いえ、これはもう習慣というか。鈴川の家でそう教育されてきましたので。最初こそは苦労しましたが、今ではこちらに慣れてしまっていますから」

「鈴川らしい、と言えばそれまでだけど。私としては、そう丁寧に接せされるとちょっと距離を感じるのよね」

「それは、おいおい直していく、ということで」

「そうね。これからはずっと一緒にいるわけだし、焦る必要はないわね」

「はい」


 母親は笑みを浮かべるが、御樹はそれを素直に受け取れずにいた。御樹が呼び戻されたのは、この家にとって最善の手というわけではない。必要がなくなれば、また追い出されるだろうことは想像に難くなかった。

 母親とて、それがわかっていないわけではないだろう。それでもそんなことを言うのは気休めなのか、それとも実際は何もわかっていないのか。いずれにしろ、それをわざわざ指摘するのは無粋に感じられた。


「それで、あなたが呼び戻された理由だけど……」


 母親が口を開きかけた時、襖が乱暴に開かれた。

 二人がそちらを見やると、高齢の男性がそこに立っている。


「戻ってきたか、御樹」


 男性は御樹に冷ややかな視線を送っていた。


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