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《第三話》恩師

以下、楠木さんの自己紹介の内容である。


名前は楠木美星(くすのき みそら)、年齢は17歳の高校二年生。彼氏は今はいなく、部活には所属していない。


B82・W56・H79とかいう脅威のスタイルの良さを持ち、運動より勉強が得意で、テストの学年順位は毎回20位以内。


好きな食べ物はお寿司で、嫌いな食べ物は緑黄色野菜全般。


友達はほぼいなくて人間不信、人と関わることが何よりも嫌いで何よりも好きなのは星空。


自身の名前についている「星」の文字からか、幼い頃から夜空を眺めるのが習慣になっているという。


ちなみに好きな星座はさそり座。


その中でも頭部にあるグラフィアスという重星が推しだと。


一等星のアンタレスももちろん好きだが、暗い場所で観察した時にやっとハッキリ見える二等星の儚さが推しポイントらしい。


ここまでの長々とした自己紹介をマシンガンの如くされた優希だが、星の話に入った途端にオタクモードに入り、それまでの内容を忘れてしまった。


結果として自己紹介の半分は星の話になってしまったのだ。


因みに、スリーサイズについてはハッキリと覚えている。82,56,79だ。


「やっぱり冬といえばふたご座流星群だよね、冬だから空気も澄んでて凄く綺麗に──」


「ねぇ優希君?さっきの話に戻るけど」


大好きな星の話に熱中し、周りが見えなくなっていた優希は言葉を遮られたことで我に返った。


さっきの話…?いつの話?


「優希君は人が好きなんだよね」


「あぁ、まあね」


その話か。もう少しふたご座流星群について話したかったんだけどな、ちなみに双子座といえばカストルとポルックスが……


「なんで人を好きでいられるの?」


「─なんでかぁ。少し長い話になるかもだけど、大丈夫?」


「うん、聞かせて」



そうして優希が語ったのは8年前。優希がまだ小学4年生だった頃の話である。


その夏の日、山崎家は総出でキャンプ場に訪れていた。


気温は30°Cを超え、とてもではないが屋外で激しい運動をすべき日ではない。


まだ幼い子─優希の妹にあたる─がいる山崎家は、新設されたばかりのロッジを予約していた。


そこはキャンプ場ながら、照明やコンロ、クーラーやテレビまで完備されており、さながら森の中のホテルのような雰囲気だった。


優希は小学4年生でこの頃にはもうキャンプ慣れをしていて今回は初めて火起こしから調理に挑戦すると意気込んでいた。


それでも一番楽しみなのはやっぱり天体観測で、今回は運よくペルセウス座流星群とド被りの日程で予約ができたため、優希は鼻歌交じりにスキップしながら荷下ろしを行っている。


今回はテントもBBQセットも持ってきておらず身軽なため直ぐに荷物をすべて運び終わり、ロッジの設備確認に移った。


一番重要な望遠鏡もしっかりと設置されており、これで心置きなく天体に溶け込める。


この場所には優希含む山崎家のロッジのほかに二つ同様のロッジが建てられており、今日はその二つとも宿泊客がいる。


そして荷物の整理が終わった優希はというと、さっそく水着に着替えていた。


というのもこの近くには川が流れており、場所によっては川釣りができたり川に入って川遊びができたりするところもあるのだ。


これだけのロケーションでなぜ今までキャンプ場として利用されていなかったのかが不思議なくらいである。


優希は祖父からもらった麦わら帽子を被り、準備を一足先に終わらせた。


そのまま妹を手伝い、両親が釣具や日焼け止めなど諸々の準備を終わらせたところで家族揃って車で川辺へ出発した。


ロッジからは歩いて10分ほどの所にあるため釣り具などを持ち歩くには少しばかり遠いのだ。


こうして一泊二日のキャンプが始まったのだが、この時は誰もあのような事件が起こるとは思ってもみなかった。



♦♦♦



優希たちが川遊びに夢中になっている時、少し離れたところでは父が夕飯のおかずの一つになる魚の調達に勤しんでいた。


最近キャンプ場として開拓し始められたばかりの所なので、入れ食い状態を予想していたのだが殊の外そんなことはなく……


今までの釣果は小さな鮎が二匹だけという残念なもので、このまま帰っては夕飯が少し寂しくなってしまう。


一家の大黒柱としてそんな失態を犯すわけにはいかないため、先ほどからポイントをあちらこちら転々としている。


流れが緩く、魚のたまり場になってそうな箇所に竿を投げては釣れずにポイントを変える。


そんなことをしているうちに優希たちが遊んでいる場所からすっかり離れてしまっていた。


川がカーブしているため優希たちの姿も確認できない。


しかし、あちらは子供だけではなく母がついている。


水場だが万一のことがあったとしても流れも遅いし浅瀬なので大丈夫であろう。


と考えた父は優希たちのほうに戻ることなく釣りを再開してしまったのだった。



そして優希たちはというと、母と妹の三人で水を掛け合ったり、魚を探したりして久しぶりのキャンプを満喫していた。


子供二人はライフジャケットを着用しており、安全面はバッチリである。


否、そのはずだった。


優希が妹を驚かせようと少し離れたところに移動した。


まだ幼い妹は母との会話に夢中であり、まるで優希のことなど頭にない。


そこに背後から忍び寄る優希。


完全に意地悪なお兄ちゃんだが、小学生の悪戯心なんてこんなものかと母も多めに見ていた。


そして、妹の背後にたどり着いた優希は精一杯の水をすくい上げ、妹にぶちまけた。


作戦は大成功。油断していた背後からいきなり奇襲を受けた妹は、これまでにないほどの声を上げて驚いていた。


その反応に優希はやってやったという顔を見せるが、直後。その顔は一気に焦りに塗り替えられた。


驚いた拍子に小学校低学年の幼い妹は腰を抜かし、足を滑らせてしまった。


石や岩がごろごろと転がっている川に後頭部から転倒。


すぐさま母が駆け寄り妹を抱きかかえた。


幸い尖った岩に刺さることはなく、頭部からの出血は見られなかった。


しかし打ったところは大きなこぶとなり、当の本人は大号泣。


母が必死に宥めるも一向に泣き止む気配はなく、優希は居ても立っても居られないといった様子でそこに立ち竦んでいた。


謝るにも本人がこうでは謝れない。


というか自分は悪いのか?


遊んでいる最中で起きた事故だし、驚かせたのは自分でも、転んだのは妹の勝手じゃないか。


自分はただ少し水をかけただけで、それならさっきまでやっていたことと同じだ。


それなら自分は悪くない。


小学4年生にとって自分の非を認めて相手に謝罪をするというのはとても恥ずかしいことで、例え相手が家族でも簡単にできるようなものではなかった。


事故の直後なら言えないこともないが、こう我に返ると無理だ。


ならばどうするか。


答えは一つ、言い訳をするしかない。必死に脳をフル回転させ理由を考える。


すぐにしょうもない理由を思いつき母に向かって言い訳を吐くが、必死に考えた言い訳もすべて聞き流され頭ごなしに叱られてしまった。


そして母は優希を叱るのもそこそこに妹の看病に徹していた。


いくら血が出ていないとはいえ、後頭部を勢いよく石にぶつけているのだ。


後遺症が残らないとも限らないため、すぐに魚を冷やす用の氷を取り出して後頭部に当てている。


それでも痛みが引かないのか、妹はまだ泣き止む様子がない。


その場に誰一人として優希の味方となってくれる人物がいなく、途方もない孤独感を感じた優希は、いつの間にか……走り出していた。


その場にいたくない、どこか遠くへ逃げて誰にも怒られたくない。


その一心で走った。ただひたすらに走った。


邪魔なライフジャケットを投げ捨てて。


ただ、ここは見慣れた近所ではない。


どこに行っても見覚えのない風景が広がるだけの森の中である。


一心不乱に走っていても、流石にこの森の中に一人で迷子になることだけは避けなければならなかった。


優希の中の理性がそれを必死に訴え、優希が向かった先は結局父親が釣りをしているであろう方角だった。


走り出した途端背中に制止の声を受けたような気もしたがこの状況では止まれない。


どうせ止まって戻ったとしても母親に怒られるだけで、それなら父親に事情を説明して味方になってもらうほうが良い。


そう考えた優希は川に沿って全力疾走した。


途中足場が悪く何度か転びそうにもなったが何とか耐え、数百メートル進んだところで体力切れした。


しかしおかしい。


結構走ったはずなのだが父親が見当たらない。


一人で釣り道具を運んでいるためそこまで遠くには行っていないはずなのだが。


優希は直ぐに合流できると思っていた父親と会えないことに少しずつ不安を感じ始めていた。


周りはいくら見渡しても木ばかりで、聞こえるのは川の水が流れる音と煩わしい蝉の鳴き声だけ。


人がいる気配は一切ない。


いつもなら父親か母親と常に共に行動していたため、はぐれることはなかった。


だからここまで一人になるのは初めての経験である。


そう思った途端に優希の中の不安がどっとこみあげてきた。


諦めて元来た方向に戻ればいいだけなのだが、それはそれで気が進まない。


かといってこのまま進み続けて万が一遭難でもしたら、命の危険にさえなってしまう恐れがある。


それでも父親はこの先にいるはずで、以前優希を連れて数キロ先のポイントまで移動した事だってある。


熟考の末、優希は再度歩き出した。



♦♦♦



優希は妹と母に謝るためのセリフを考えながら自身が走ってきた道を戻っていた。


あのまま進めば父と合流できたかもしれないが、万一のことを考えると単独での行動は危険が大きすぎたのだ。


父に普段からキャンプについて教わっていた優希だからこそ落ち着いて判断ができた。


そして一人になって考えてみれば、ただ一言妹に謝ればそれだけで済む話で、なにも難しい要求はされていない。


ただ自分が少し恥ずかしいから、というしょうもない理由で逃げてしまったことが、逆に恥ずかしくなってくる。


自身の行動に羞恥を感じつつ優希は川沿いを一人、とぼとぼと歩いていた。


夏の暑い日差しの中、数百メートルの全力ダッシュしてそのあとのウォーキング。


当然のように優希の喉は水分を欲していた。


しかし水筒母親のいるところにまとめておいてあるし、そこまで行くにもまだ見えていないため耐え難い。


そうなったら川の水を飲むしかなくなってしまった。


今までのキャンプでも何回かは川の水を飲んだことはあるし、幸いこの川は鮎が生息できるほど水質が良かった。


優希は川に近づき両手いっぱいに水をすくう。


手に取って見てもやっぱり水は透き通っており、水道水と並べてみても大差はないほどである。


そんな水を目の前にした優希はためらいなくそれを口に運んだ。


乾ききった喉に冷たい水が流れ込む。


森の中の新鮮な空気と共に優希の体を満たすのは心地よい自然の味。


全身に潤いが齎され、頭が冴え渡ったような気がした。


立ち上がって深呼吸をすると荒くなっていた息がだんだんと落ち着いてくる。


水分補給も終わり、また母親の所へ歩き出す。─と、その瞬間だった。


今までほとんど無風だったことが嘘のような突風が優希を襲った。


といっても人が飛ばされるような風ではないため普段であれば実害はなかったのだが、優希にとっては命運を分けるような風であった。


優希の被っていた麦わら帽子が風によって吹き飛ばされてしまったのだ。


これは優希が祖父から譲り受けた大切なもので、優希がこの世で一番大切にしているものといっても過言ではないものだった。


風に飛ばされた麦わら帽子はそのまま川下の方角へと離れていく。


優希は全力疾走の疲労も感じさせないほどのダッシュで麦わら帽子を追いかけた。


風に乗って面白いように飛んで行った帽子は運よく川原に着地した。


その対岸で息を荒げる優希は川に流されなかったことにひとまず安堵する。


結局歩いた分戻ってきてしまったが、帽子をなくすことと比べたら優希にとって些細なものであった。


しかし帽子が落下したのは優希が今いる岸の対岸であり、間の川はちょうど流れが速く水深も深くなっているところだった。


不幸中の幸いが起き続ける優希のこの日の運勢やいかに。


暫く時間が経っても優希はただ対岸の帽子を眺める事しか出来なかった。


キャンプの基本中の基本に、「流れの速い川には絶対に入るな」という父からの教えがあるからだ。


水深は膝下まであれば、余裕で溺れることもあり得る。


それを知っている優希だからこそ、この判断が出来ていた…筈だった。


いつの間にか、優希の足先は川へと向いていた。どうしても大切な麦わら帽子は諦めきれない。


橋を渡ったり、両親を呼びに行ったりする隙にまた風で飛ばされでもしたら、見つかる確率はぐんと低くなる。


散々父に教えられた教訓は、優希の宝物への想いに負けてしまう。


多少流されてもいいよう、少し川上の方へと上る。流れが緩やかそうな所を見つけ、足を入れてみた。


夏の暑い日差しの中にいたため、足首が冷えて気持ちがいい。


それと同時に、母や妹と遊んでいたところよりも深くて流れが速いことに気がついた。


しかし歩けないほどではなく、慣れてきたところで対岸へと向かい歩き始める。


最初は順調で、少し転けかけながらもゆっくりと対岸に渡ることに成功した。


お目当ての帽子も飛ばされておらず、やっと自分のところに戻ってきたことに優希は涙目になった。


少しの間戻ってきた帽子に抱きつき、今度は飛ばされないようしっかりと紐を首にかけた。


これで準備は万端。あとは対岸へ渡り、母のところに戻るだけ。


そう思い、優希が川に足を踏み入れる。


もう既に一度は渡ったことのある川だ。何も問題は無い。優希はそう考えていた。


帽子を拾えたことに気を取られていた優希は、母の所に戻ってから渡ればいいものをその場で渡る決断をしてしまった。


しかも元々渡ってきた川上寄りの所ではなく、流れの速い所に。


二、三歩進んだ所で流れの速さに気づき、戻ろうとした。─その瞬間。


優希は足を滑らせ、川の底から離れてしまった。


突然の浮遊感に混乱し、全身の動きが悪くなる。


気づいたら尻餅をつくほどまでにバランスを崩していた。


瞬間で察する。



"溺れる"



その意識が焦りに変わり、さらに体の動きが鈍くなる。先程までの疲労も影響し、状況は最悪。


動かない体に打ちつけられる激しい川の流れ。それは小学生の体をいとも簡単に押し流してしまった。


普通に立てば股下までしかない水深が、体勢を崩した優希の顔面にまで届く。


次の瞬間、焦りで呼吸が早くなる優希の口にその水が入ってしまった。気道に水が入り、優希は大きくむせかえる。


体は思うように動かないため、ジタバタとするのが精一杯だった。


呼吸ができない。苦しい。怖い。たすけて。


そう思う間にも、どんどん体は流されていく。


必死に水面に出ようとするも、水が入ってくるため息もろくに出来ない。


死ぬ。川に流されて、息が出来なくて、死ぬ。


嫌だ。怖い。死ぬのは怖い。


苦しい。いやだいやだいやだ。たすけて……



段々と体を動かす力が抜けてきた。

手足が痺れる。


何も考えられない。


自分はこのまま死ぬんだ。


そんなことを考えたような気がするまま、優希は意識を手放してしまった。





「…とまあこんな話」


「…へ?それじゃ優希くん死んじゃってんじゃん」


「うん。あ、生存ルートがご希望で?」


あまりにも真剣な顔で聞いてくれる楠木さんに、何故かいい所で話を区切ってしまった。


女子にここまで見つめられる経験がなかった優希は、それこそ溺れた時なみに動揺していたらしい。


「こんな真剣な話してる時に冗談言う?優希くん友達いないでしょ」


「なんでそうなる」


「こっちのセリフ」


楠木さんに、あまり見つめないでと注意してから、優希は自分の命の恩人を思い浮かべる。




変な所で切ってごめんなさい。キリがよくないのですよ(?)

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